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第2話⑤「治すのは手、癒すのは心」

ある日の小休止。


ユカとピコは、海風の吹く坂道を歩いていた。


サザン・シティの《灯台坂通り》。


古い瓦屋根の家々が並び、その間には昔のまま残されたホログラム看板がちらほらと浮かんでいる。


崩れかけた階段の先。


白い灯台が、夕陽を受けて輝いていた。


「ここ、なんだか時間がゆっくり流れてるみたい」


ユカが辺りを見回す。


「サザン・シティでも、この辺りはシン統治システム崩壊の影響を比較的免れた区域らしいですよ」


ピコが周囲のデータを読み取る。


「昔の街並みや記録が多く残っているので、《記憶の通り》とも呼ばれているそうです」


「記憶の通り……」


ユカは足を止めた。


壁には、昔の写真を再現したホログラフ。


今よりずっと賑やかだった頃のサザン・シティ。


人々が手を取り合い、笑っている。


海を背景に。


色とりどりのジェラードを掲げながら。


「……こんな時代もあったんだ」


知らないはずの景色なのに、不思議と懐かしく感じた。


そのまま坂を上っていくと、小さな屋台が見えてきた。


看板には――


《珊瑚ジェラード》


と書かれている。


店番をしていた老婆が、にこやかに声をかけた。


「嬢ちゃん、旅の途中かい?」


「はい」


「だったら、冷たいのでもどうだい。今日はよく歩いた顔してるよ」


「そんな顔してます?」


「してるよ。私にはわかるんだ」


そう言って、ウインクをする。

ユカは思わず笑った。


「じゃあ、一つお願いします」


「糖分摂取は回復にも寄与しますね!」


「ピコも食べられたらいいのにね」


「気持ちだけいただきます」


渡されたジェラードは、淡い珊瑚色をしていた。


スプーンですくい、口へ運ぶ。


ひんやりした甘さ。


その奥から、ほんの少し塩味が広がる。


「……おいしい」


もう一口。


「これ、なんか海の味がする」


老婆が笑う。


「昔はね、この坂のすぐ下まで海が来てたのさ」


「へえ……」


ユカは坂の向こうに広がる海を見た。


夕陽に染まった水面が、どこまでも続いている。


その景色を見ているうちに――


ふいに、一人の青年の顔が浮かんだ。


ソウタ。


昔、ユカが大好きだったお兄さん。


『一緒に海を見に行こう』


果たされなかった約束。


「……ソウタ」


小さく名前がこぼれる。


「ユカ?」


「あ、ううん。なんでもない」


ユカは笑ってごまかした。


もう一度、海を見る。


約束はまだ、ユカの中に残っている。


果たされなかった約束や想いはどこに行くのだろうか。


そんなことを考えていると、老婆の声が聞こえた。


「珊瑚の粉をほんの少し混ぜると、心が落ち着くって言われててね」


「心が……落ち着く」


ユカはジェラードを見る。


そして――


左手の指輪へ視線を落とした。


ここ数日。


何人もの患者を治療した。


最初は無茶をして倒れた。


それから少しずつ、力の使い方を覚えてきた。


でも。


本当に自分がしていることは、《癒している》ことなのだろうか。


夕陽が海面に反射する。


赤く揺れる光が、指輪の金色と重なった。


「どうしました?」


ピコが尋ねる。


「ううん。ただ……」


ユカは少し考える。


「“癒す”って、無理に癒そうとすることじゃないのかもって思って」


「と言いますと?」


「うまく言えないけど……」


海を見る。


風の匂い。


冷たいジェラード。


昔の街の写真。


そして、忘れられない誰かとの約束。


そういうもの全部が、不思議と心を軽くしてくれている。


「誰かに“治してもらう”のとは、ちょっと違う気がする」


ユカは胸元へ手を当てる。


「もっとこう……その人の中から、自然に湧いてくるものなのかなって」


老婆が、その言葉を聞いて目を細めた。


「そうだねぇ」


ユカが振り返る。


老婆は海を眺めながら言った。


「治すのは手だけど――」


そして、自分の胸を軽く叩く。


「癒すのは心さ」


「……心」


ユカは、その言葉をゆっくり噛みしめた。


治すこと。


助けること。


癒すこと。


同じように見えて、たぶん全部少しずつ違う。


まだ答えは分からない。


でも――


前より少しだけ、見えてきた気がした。


そのとき。


遠くの灯台に明かりが灯る。


白い光が、ゆっくりと海と街を照らしていく。


ピコがユカの左手を見る。


「ユカ。最近、だいぶ指輪のコントロールが上手くなってきましたね」


「うん」


ユカは指輪を見つめる。


「次は、もっと上手くやれそうな気がする」


「また勘ですか?」


「今回は、ちょっと違う」


「ほう?」


ユカは笑った。


「経験込みの勘!」


「結局、勘なんですね」


「いいじゃん!」


二人は笑いながら、坂を下り始めた。


ユカは最後にもう一度だけ、海を振り返った。


ソウタを失ったときの心の傷。


それはまだユカの中に残っている。


なくなるのかどうかは、分からない。


(でも、いつか……この痛みとも、ちゃんと歩けたら)


背後では、灯台の光がゆっくりと回り続けている。


まるで――


果たされなかった約束の、その先まで。


そっと照らすように。



※作者の活動報告に各話の設定や裏話などのコメントを書いています。

https://syosetu.com/userblog/list/


※シリーズ第一弾『フラグメンツ・オブ・トゥルース〜最後の投擲』はこちら。

https://ncode.syosetu.com/n8279mq/


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