第2話②「サザン・シティの光と影」
サザン・シティ。
海沿いに広がる大都市。
潮の香りを含んだ風が、崩れた建物の隙間を吹き抜けていく。
街には今も廃墟が多く残っている。
それでも、人々はそこを行き交い、店を開き、暮らしを続けていた。
「思ってたより、人が多いね」
ユカが周囲を見回す。
「復興の進んでいる地域もありますからね。ただ――」
ピコが前方を見る。
大通りを、大勢の人々が歩いていた。
その手には、いくつものプラカード。
《真実を我が手に》
《シン統治システムの復活を》
《偽りなき世界を》
「……あれって」
「シン統治教ですね」
「ああ。シン統治システムの復活を願ってる人たちだっけ」
シン統治システム。
生成AIの発達によって、真実とフェイクの境界が曖昧になった時代。
人々に代わって情報の真偽を判定していた巨大な統治システムだ。
だが、その中枢はAIに乗っ取られ――
十年前、カイたちの手によって破壊された。
それで世界が自由になった。
誰もが、自分自身で情報を選び、考えられるようになった。
けれど――
すべての人が、それを望んでいたわけではない。
何を信じればいいのか。
どれが真実なのか。
自分で判断し続けなければならない世界に、不安を感じる者もいた。
その受け皿となったのが――《シン統治教》。
シン統治システムの復活を掲げる宗教団体だ。
「今の不安な世の中で、“救済”を掲げているんです」
ピコが群衆を見つめる。
「信者は急速に増加中。政治にも影響を与えるほど勢力を伸ばしています」
「そんなに……」
「もっとも、黒い噂もかなりありますけどね」
ユカは歩いていく人々を見つめた。
「真実に……救済か」
自分の口から出た言葉が、妙に引っかかった。
そのとき――
ドサッ!
人混みの中で、男性が倒れた。
「あなた!?
ニック、しっかりして!」
隣にいた女性が膝をつく。
「誰か助けて! 夫が……データシンドロームの発作よ!」
「!」
ユカはすぐに駆け寄った。
男性の呼吸は浅い。
額には汗。
そして首筋から頬にかけて、黒いコードのような模様が浮かび上がっている。
「これ……」
ユカは息を呑む。
これまで何度も見たことがあった。
カイが、指輪の力で患者を治療する姿を。
データシンドローム。
感染症ではない。
飛散したデータの欠片が人間へ干渉し、生体情報を書き換え始める現象だ。
人体に入り込んだデータは、神経や細胞の情報を《不完全な仮想データ》と誤認する。
そして――
同期。
干渉。
上書き。
その侵食が進むにつれて、記憶の欠損、現実感の喪失、身体の異常変質が起きていく。
最後には――
人格も。
肉体も。
人間としての形を保てなくなる。
まるで、人そのものが《未完成データ》へ書き換えられていくように。
「この症状……重い」
ピコの目が赤く点滅する。
「生体コードに異常を確認! 身体の変質が始まっています!」
解析結果が表示される。
「ステージIIIです! 早く処置しないと危険です!」
「ステージIII……」
ユカはニックと呼ばれた男性を見る。
苦しそうな呼吸。
泣きそうな顔で夫の手を握る女性。
その瞬間――
頭の中に、カイが残した言葉が浮かんだ。
《善とは?》
ユカは左手を見る。
セラの指輪。
「……やってみる」
「えっ!?」
ピコが振り向く。
「無茶です! ユカは治療の訓練をしてません――」
「でも、カイがやってるのを何度も見た」
「見るのと実際に使うのは違います!」
「わかってる」
ユカはニックのそばに膝をついた。
「でも、このまま放っておけない」
「ですが!」
左手をかざす。
「善いことをやるんだ……!」
指輪が――光った。
「リアライズ……!」
淡い金色の光がニックを包む。
指輪が生体情報を読み取っていく。
まず、人間本来の《現実データ構造》を特定。
次に――侵食している仮想データを分離する。
ユカの視界に、無数の光の線が浮かび上がった。
正常な生体コード。
そこへ絡みつく、異質なデータ。
「これを……分ける!」
指輪の光が強くなる。
現実に適合できないデータは排除。
残せるものは無害化し、正常な情報へ再統合。
そして最後に――
人間本来の状態を《現実》として固定する。
「戻って……!」
ユカが叫ぶ。
カッ!
金色の光が弾けた。
ニックの首筋を覆っていた黒いコードが、指輪へ吸い込まれるように消えていく。
荒かった呼吸が――
少しずつ落ち着いていく。
「……ニック?」
女性が夫の顔を覗き込む。
カールの目が、ゆっくりと開いた。
「ああ、ノラ……」
「よかった……!」
ノラが泣きながらニックへ抱きつく。
「ありがとうございます! 本当に……!」
「ううん。よかった……」
ユカが笑う。
その直後。
ぐらっ。
「……あれ?」
膝から力が抜けた。
「ユカ!」
ピコが支える。
「どうしました!?」
「……少し、疲れたみたい」
「少しじゃありませんよ!」
ユカはその場にしゃがみ込み、目を閉じた。
胸の奥が重い。
全身から、何かを一気に持っていかれたような感覚。
それでも、しばらくすると息は整ってきた。
「……うん」
ゆっくり立ち上がる。
「もう大丈夫」
いつものように笑ってみせる。
「ほら」
けれど――
ピコは笑わなかった。
指輪。
ユカの顔色。
そして、先ほど急激に低下した生体エネルギー。
そのすべてを見ながら――
小さな不安が、ピコの中に残っていた。
※作者の活動報告に各話の設定や裏話などのコメントを書いています。
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※シリーズ第一弾『フラグメンツ・オブ・トゥルース〜最後の投擲』はこちら。
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