第18話③「サウナとオロポと整いと」
帰り道。
夕焼けに染まったアストラシティの街並みが、
ガラス張りのビル群に反射して、
橙色の光をきらきらと跳ね返していた。
「すごい一日でしたね」
隣を飛ぶピコが、
どこか満足そうに言う。
「報告書は大筋OK。
幹部会でのプレゼンも成功」
少し間を置いて。
「これはもう、
完全勝利と言っていいのでは?」
「えへへ。そうかなぁ」
ユカも、
まんざらではない顔で笑う。
そのときだった。
「……っ!!」
ピキーン!
右足に、
鋭い痛みが走った。
ユカの動きが止まる。
「ユカ?」
「…………」
「どうしました?」
ユカは、
ぎこちなく足を押さえた。
「きた……」
「何がです?」
「昨日の登山の筋肉痛……」
顔をしかめる。
「完全に遅れてきたやつ……!」
一歩。
「いったぁ……!」
もう一歩。
「足、
バッキバキなんだけど……!」
「昨日あれだけ歩きましたからね」
「なんで昨日じゃなくて
今日くるのぉ!?」
仕事では、
少し先を読めるようになった。
しかし。
筋肉痛だけは、
予測不能だった。
ユカは足を引きずりながら、
勢いよく顔を上げる。
「だめ!」
「はい?」
「今すぐサウナ行く!」
「判断が速すぎです!」
***
アストラ・シティ温泉施設。
木の香りが残るサウナ室。
ユカはタオルを頭に巻き、
ベンチに座っていた。
「…………」
じっとしているだけなのに、
汗が次々と流れていく。
額から。
首筋から。
背中から。
熱い。
とにかく熱い。
なのに。
さっきまで頭の中を占領していた、
報告書。
幹部会。
質問。
ゴーグル。
予算。
そんなものが、
少しずつ遠ざかっていく。
聞こえるのは、
自分の呼吸と鼓動。
「……ふぅ」
しばらくして。
サウナ室を出る。
その先に待っているのは――
水風呂。
ユカは、
恐る恐る足を入れた。
「ひゃっ!!」
肩が跳ねる。
「つ、冷たっ!!」
それでも、
意を決して体を沈める。
「うひゃああああっ!」
全身がきゅっと縮む。
「これ、
グルシンじゃない!?」
「温度表示を見る限り、
そこまでは低くありません」
「体感はグルシンなの!」
「体感基準ですか」
***
そして。
外気浴。
ユカは椅子へ深く腰を下ろした。
「……ふぅ〜……」
夜風が、
火照った頬をなぞる。
遠くには、
アストラ・シティの夜景。
高層ビルの光。
流れていく車列。
空を横切る交通艇。
さっきまで熱かった体が、
少しずつ落ち着いていく。
腕も。
足も。
頭の中まで。
ふわりと、
余計な力が抜けていった。
「…………」
何も考えていない。
なのに。
妙に気持ちいい。
ユカは、
椅子に沈み込んだ。
「これかぁ……」
「何がです?」
「ととのうってやつ……」
***
施設内のカフェスペース。
テーブルの上には、
大きなジョッキ。
中身は――
オロポ。
オロナミン系の炭酸飲料と
スポーツドリンクを混ぜた、
サウナ後の定番ドリンクだ。
ユカはジョッキを持ち上げる。
「いただきます!」
ごくごくごくごく。
「ぷはぁっ!!」
テーブルへ置く。
そして。
「くぅぅ〜っ……!」
満面の笑み。
「ととのったーっ!!」
ピコが、
じっとユカを見る。
「完全に
《オヤジモード》ですね」
「いいじゃん、おいしいんだから!」
ユカは、
もう一口飲む。
「でもさ」
ジョッキを眺めながら、
首を傾げる。
「サウナの“ととのう”って、
不思議だよね」
「といいますと?」
「頭が空っぽになるのに」
少し考える。
「妙に冴えてるっていうか」
「なるほど」
ピコが説明を始める。
「サウナ、水風呂、休憩による
温冷刺激で、
心拍や血流、自律神経の働きが
大きく変化します」
「うんうん」
「その結果として、
リラックス感や爽快感を
感じる人は多いようです」
「へぇ〜」
ユカはオロポを飲む。
「じゃあ、
ちゃんと理由があるんだ」
「ただし、
無理は禁物です」
即座に付け加える。
「長時間の利用や、
体調不良時の水風呂は避けてください」
「はいはい」
「水分補給も重要です」
「してるでしょ?」
ユカが、
ジョッキを持ち上げる。
「オロポで!」
「できれば水も飲んでください」
「細かいなぁ」
そう言いながら。
ユカは、
もう一度ジョッキを傾けた。
仕事で頭を使い。
山で足を使い。
サウナで全部ほどいて。
燈曜日は――
なんとも濃い一日になった。
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※シリーズ第一弾『フラグメンツ・オブ・トゥルース〜最後の投擲』はこちら。
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