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第17話③「立ち止まってもいい場所」

山頂を渡る風が、

汗ばんだ頬をやさしく撫でていく。


眼下には、

巨大なクレーターを抱く

セラフィム・シティ。


その向こうには、

幾重にも連なる山々。


ユカは景色を眺めながら、

リュックから包みを取り出した。


「いっただきまーす!」


元気よく開く。


そして現れたのは――


巨大なおにぎり。


隣で見ていたレンが、

思わず眉を上げた。


「……ん?」


もう一度見る。


「ユカ。

お前のだけ、やたらでかくないか?」


「えっ、そう?」


ユカは自分のおにぎりと、

レンのものを見比べる。


「ちゃんと同じくらいに

作ったつもりなんだけど」


ピコが、

おにぎりの周囲をぐるりと飛ぶ。


「計測結果」


「なに?」


「子どもの頭部に近いサイズです」


「そんなに!?」


「もはや携帯食ではありません」


少し考えて。


「鈍器です」


「食べ物を武器扱いしないでよ!」


レンが、

こらえきれずに吹き出した。


「ははっ!」


「もう!」


「いや、ごめん」


そう言いながらも、

笑いが止まらない。


「ほんと、

ユカらしいな」


「どういう意味よ」


ユカは頬を膨らませる。


そして。


巨大なおにぎりを、

豪快に一口。


「一週間がんばった自分への

ご褒美サイズってこと!」


「そういうことにしておきましょう」


「ピコ!」


三人の笑い声が、

山頂を吹き抜ける風へ溶けていった。


***


しばらくして。


巨大なおにぎりも、

驚くほど順調に小さくなっていた。


ユカは景色を眺めながら、

ぽつりと言う。


「ねえ、レン」


「ん?」


「カイへのプレゼントなんだけどさ」


ここ数日、

ずっと考えてきた。


ネクタイ。


料理。


新しい趣味。


巨大データゴーレム。


最後の一つは、

さすがに候補から外したけれど。


いろいろ考えて。


いろいろな人に聞いて。


今なら、

少しだけ分かる気がする。


「やっぱり……」


ユカは、

手の中のおにぎりを見る。


「“形に残るもの”より、

“気持ちが伝わるもの”が

いい気がする」


レンは少し考えてから、

ゆっくり頷いた。


「俺も、

それがいいと思う」


「ほんと?」


「ああ」


レンは、

山の下に広がる街を見る。


「カイさんなら、

何をもらったかより」


ユカへ視線を戻す。


「ユカが自分のことを考えて

選んでくれたことのほうが、

嬉しいんじゃないかな」


「…………」


ユカの表情が、

少しだけやわらかくなる。


「そっか」


そして笑った。


「ありがとう、レン」


「俺は、

大したこと言ってないけど」


「ううん」


首を振る。


「なんか……

スッキリした」


今週ずっと、

答えを探していた。


仕事のこと。


自分のこと。


カイへのプレゼントのこと。


ちゃんと考えなきゃ。


ちゃんと答えを出さなきゃ。


そう思えば思うほど、

頭の中がいっぱいになっていた。


でも。


山へ登って。


風に吹かれて。


知らない花を見て。


セラ・バードを眺めて。


巨大なおにぎりを食べて。


気づけば、

答えは少しずつ見えていた。


ユカは立ち上がる。


山頂から、

もう一度世界を見渡した。


広い。


本当に、

びっくりするくらい広い。


自分が悩んでいたことが、

ほんの少しだけ小さく見える。


この世界には。


走る場所もある。


頑張る場所もある。


そして――


ちゃんと。


立ち止まってもいい場所も、

用意されている。


「……よし」


ユカは、

小さく笑った。


***


下山後。


セラフィム・シティ駅。


夕陽が、

山々の稜線へ沈みかけている。


古代遺跡の石柱も。


最先端のタワーも。


駅のホームも。


すべてが、

やわらかな金色に染まっていた。


発車を知らせるベルが響く。


「レン」


ユカが振り返る。


「ありがとう」


少しだけ、

名残惜しそうに笑う。


「本当に……

最高の週末だった」


そして。


「私、明日から」


胸の奥へ、

深く息を入れる。


「またちゃんと、

がんばれる気がする」


「……それなら、

よかった」


レンは少し照れたように、

視線を外した。


「俺も、

楽しかった」


それから、

小さく付け足す。


「……また来いよ」


「うん」


ユカは、

迷わず答えた。


「絶対」


たったそれだけ。


でも今は、

それだけで十分だった。


もっと何か、

言えそうな気もする。


もう少しここに、

いたい気もする。


けれど。


列車は、

待ってくれない。


そんな二人の間へ。


ピコが元気よく飛び込んできた。


「では次回は!」


「ん?」


「標高三千メートル級に

挑戦しましょうね~!」


「えっ」


ユカの顔が引きつる。


「い、いや!

それは……遠慮しとく!」


「なぜです?」


「今日ので十分きつかったから!」


「でも先ほど、

また来ると」


「山の話じゃない!」


レンが吹き出した。


ユカも、

つられて笑う。


少しだけ張りつめていたものが、

その笑い声でほどけていった。


やがて。


列車のドアが閉まる。


窓の向こう。


レンが、

小さく手を上げた。


ユカも、

手を振り返す。


ゆっくり。


列車が動き出す。


レンの姿が、

少しずつ遠ざかっていく。


それでもユカは、

見えなくなるまで手を振っていた。


夕焼けに染まった風が、

開いた窓から入り込む。


やさしく。


少しだけ、

切なく。


胸の奥を吹き抜けていった。


立ち止まったからこそ。


また、

歩き出せる。


そんなことを。


ユカは今、

少しだけ分かった気がしていた。



※作者の活動報告に各話の設定や裏話などのコメントを書いています。

https://syosetu.com/userblog/list/


※シリーズ第一弾『フラグメンツ・オブ・トゥルース〜最後の投擲』はこちら。

https://ncode.syosetu.com/n8279mq/



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