第16話④「友達以上、恋人未満の週末」
夕暮れ。
湖の向こうへ沈んだ太陽が、
空を茜色から深い群青へと変えていく。
キャンプ場では、
焚き火がぱちりと小さく音を立てていた。
揺れる炎を眺めながら、
ユカがぽつりと口を開く。
「今週さ……仕事で、
ずっと空回りしてる感じだったんだ」
向かいに座るレンが、
黙って顔を向ける。
「頑張ってるつもりなのに、
結果がついてこなくて」
薪の先が赤く燃えている。
ユカはそこを見つめながら、
少しずつ言葉を探した。
「アランさんとのことで
ピコから質問の仕方を教わって。
サクラさんには、
問題を分けて考えろって言われて」
指を折りながら続ける。
「セラ博士には、
仕事を忘れる時間も必要だって言われて。
ジロウさんには最適解。
リサさんたちには、
一人で抱え込むなって」
「それなら――」
レンが口を開きかけた瞬間。
「ストップ」
ユカが手のひらを向けた。
「……え?」
「アドバイスしてくれるのは、
すっごく嬉しいんだけど」
少し視線を落とす。
「今はまだ、
自分でも何に引っかかってるのか
分かってない気がする」
そして、
レンを見る。
「だから今は……
ただ聞いてほしい」
レンは少し驚いたようだったが、
すぐに頷いた。
「……分かった」
それからレンは、
何も解決しようとしなかった。
「うん」
「それで?」
「そうだったのか」
短い相槌だけ。
けれど、
それだけでよかった。
「私ね」
ユカの言葉が、
少しずつ増えていく。
「ちゃんとやらなきゃって思うほど、
全部自分でやろうとしてたのかも」
薪が崩れ、
火の粉が舞う。
「失敗したら、
まだまだダメだって思って」
「うん」
「でも、前よりできるようになったことも
いっぱいあるはずなのに」
「うん」
「そこは全然見てなくて……」
言葉にするたびに、
絡まっていたものがほどけていく。
誰かに説明しているはずなのに、
自分自身が初めて聞くような気持ちだった。
そして。
「……あれ?」
ユカが、
不思議そうに瞬きをする。
「どうした?」
「レンって、聞き上手だね」
「え?」
「なんかさ」
胸元に手を置く。
「自分でも気づいてなかったことが、
するする出てきた」
「そ、そうかな……?」
レンが照れたように頭をかく。
すると、
焚き火の横に浮かんでいたピコが、
待ってましたとばかりに前へ出た。
「それが《傾聴力》というものです」
「傾聴力……」
「人は悩みを話したとき、
必ずしも解決策を求めているとは限りません」
得意げに上下する。
「自分の気持ちを言葉にすることで、
頭の中が整理されることもあります」
「……そっか」
ユカは炎へ視線を戻した。
「一人で抱え込まなくても、
誰かに話すだけで
こんなに楽になるんだね」
「そういうことです」
「聞く側も、
すぐに答えを出そうとしないで」
ユカはレンを見た。
「ただ聞くことに徹するのも、
大事なんだ」
「そうそう」
ピコが頷く。
「ついアドバイスしたくなりますが、
まずは傾聴」
少し考え。
「これ、人付き合いTipsです」
「急に軽くなったな」
レンが突っ込む。
三人が笑う。
その様子を見ながら、
ピコは思った。
――サクラさん。
この二人、
ちゃんとつながっていますよ。
無理やり距離を縮めなくても。
きっと、
これでいいんじゃないでしょうか。
***
しばらくして。
ユカが思い出したように顔を上げた。
「そういえばさ」
「ん?」
「初給料でカイに何か
プレゼントしようと思っているんだけど、」
レンを見る。
「何がいいと思う?」
「カイさんへのプレゼントか……」
レンは腕を組み、
真剣に考え始めた。
そして。
「そうだ」
急に自信ありげな顔になる。
「修行の成果で、
いいものが作れそうなんだ」
「ほんと?」
「百メートル級の
データゴーレムを召喚できる指輪」
「…………へ?」
「目からレーザー」
指を一本立てる。
「ロケットパンチ」
二本目。
「空も飛べる」
ユカの頭の中に。
アストラ・シティのど真ん中へ出現する、
百メートル級巨大ゴーレム。
逃げ惑う市民。
飛び交う警備ドローン。
その中心で、
頭を抱えるカイ。
「いやいやいやいや!」
全力で首を振る。
「いらない!
絶対いらない!」
「えー?」
「そんなスーパーロボットみたいなの、
どこで使うの!?」
「守護用に便利だぞ?」
「何から守るつもりなの!?」
ピコも冷静に続ける。
「カイも、
突然そんなものを贈られたら
かなり困惑すると思います」
「そうかあ?」
レンは本気で不思議そうだ。
「ロマンの塊だと思うけど」
「ロマンで百メートルを出さないで」
ユカは呆れたように笑った。
でも。
「……でもさ」
少しだけ声を落とす。
「ん?」
「レンが、
私のために何か考えてくれたのは」
炎の向こうにいるレンを見る。
「嬉しいけどね」
「……ああ」
レンが、
少しだけ照れたように笑う。
ピコは何も言わず、
二人を交互に見た。
***
夜が深くなる。
頭上には、
無数の星。
焚き火の炎が、
ユカとレンの横顔をやさしく照らしていた。
「……レン」
「ん?」
「今日はありがとう」
ユカは、
炎を見ながら微笑む。
「来てよかった」
レンも、
少しだけ笑った。
「俺もだよ」
視線が重なる。
そして二人とも、
なぜか同時に焚き火へ目を戻した。
横からピコが、
小さな声で告げる。
「両名とも、
顔面温度が上昇しています」
「もう、ピコ!」
ユカが慌てて、
軽く小突く。
「事実を報告しただけです」
「報告しなくていいの!」
「焚き火のせいだろ!」
レンも、
必死になって弁解する。
「そうでしょうか?」
三人の声が、
夜の森へ溶けていく。
火の粉が舞い上がり、
星空の中へ消えていった。
友達より近い。
でも、
まだ恋人とは呼べない。
名前をつけるには、
もう少しだけ早い。
そんな二人の距離を撫でるように。
夜の森を、
やさしい風が吹き抜けていった。
《第16話・終わり》
***
次回予告
「レンとのキャンプ、二日目――!
そこで見つけたのは、
追いかけてくる報告書?
……じゃなくて!
“がんばらない時間”の大切さ。
走って。
登って。
見上げた景色は――
私の中にあった“答え”を、
そっと教えてくれた。
一人で抱えなくていい。
立ち止まってもいい。
それでも――
また、前に進める。
次回、
『フラグメンツ・オブ・メリオラ〜ユカの旅〜』
第17話
『静曜日:癒しと気づきの山登り』
休むことも――
きっと、強さのひとつ。
で。
帰りには、また……?」
※作者の活動報告に各話の設定や裏話などのコメントを書いています。
https://syosetu.com/userblog/list/
※シリーズ第一弾『フラグメンツ・オブ・トゥルース〜最後の投擲』はこちら。
https://ncode.syosetu.com/n8279mq/




