第15話④「この想いはノー・ネーム」
その後も、
仕事の話や昔話は続いた。
酒も料理も進み、
居酒屋の空気がすっかり温まった頃。
話題は自然と、
ユカの初給料へ移っていった。
「そういえば……」
ユカがグラスを置く。
「初給料で、
カイにプレゼントしようと思ってて」
「へえ」
リサが笑う。
「いいじゃないか」
横からピコが補足した。
「ただ、
何を贈るかで絶賛迷走中です」
「迷走って言わないでよ!」
ユカは頬を膨らませる。
「ジロウさんにも聞いたんだけど、
まだピンとこなくて……」
「じゃあさ」
トモが身を乗り出した。
「最新のデジタルガジェットとかどう?」
「ガジェット?」
「私、
スマートリンク端末を買おうと思ってて。
今いろいろ調べてるんだけど、
最近のやつすごいよ」
「うーん……」
ユカは考える。
そして、
カイが作業場で何かを組み立てている姿を
思い浮かべた。
「たぶんカイ、
自分で作っちゃうと思う」
以前。
現場に量子分析アナライザーがなかった時も、
カイは廃材とジャンクパーツをかき集め、
即席で組み上げてしまった。
複雑な専門装置でさえ、
あの調子だ。
市販のガジェットを渡したところで、
「これなら自分で作れるな」
と言い出す未来が、
簡単に想像できる。
「あー……」
トモも納得した。
「完全に職人タイプだもんね」
「そうなんですよ……」
ユカが困ったように笑う。
すると。
つまみを口へ運んでいたリサが、
ふと尋ねた。
「じゃあさ」
「はい?」
「カイが最近、
欲しがってたものって何かない?」
「欲しがってたもの……」
「あるいは、
困ってたこと」
ユカは、
少し首を傾げた。
「困ってたこと?」
「贈りたい気持ちは大事よ」
リサはグラスを置く。
「でもね、
プレゼントって」
ユカを見る。
「“自分が何を贈りたいか”より、
“相手が何を求めてるか”のほうが
大事だったりする」
「……相手が、
何を求めてるか」
ピコが、
ふわりと浮き上がる。
「ですが、
それを本人へ聞いてしまうと
サプライズではなくなります」
「そうなんだよね」
ユカも頷く。
「聞いた瞬間、
答え分かっちゃうし」
するとリサが、
ぽつりと言った。
「ステークホルダーマネジメント」
「……え?」
ユカが目を瞬く。
「あ、それ知ってる!」
少し嬉しそうに指を立てる。
「プロジェクトマネジメントの
考え方ですよね?」
「そう」
リサが頷く。
「関係者の要望って、
必ずしも直接
“何が欲しいですか?”って
聞かなきゃ分からないものじゃないの」
「というと?」
「普段の言動」
一本。
「何に時間を使ってるか」
二本。
「何に困ってるか」
三本。
「何を大事にしてるか」
リサが笑う。
「そういうところを見てれば、
案外見えてくるもんよ」
ユカは、
少し黙った。
カイの日常。
仕事。
癖。
ぼやき。
何気なく口にしていた言葉。
自分は今まで、
プレゼントそのものばかり見ていた。
「……そっか」
ユカの中で、
何かがすとんと落ちる。
「私」
視線を落とす。
「“自分が何を贈りたいか”ばっかり
考えてたかも」
「うん」
「カイが、
何を望んでるか……」
少し考える。
「ちゃんと見てなかった」
リサが、
柔らかく笑った。
「それに気づけたなら」
グラスを持ち上げる。
「もうプレゼントは、
半分決まったようなもんさ」
トモがすぐに反応する。
「出ましたね、名言!」
ジョッキを掲げる。
「はい、乾杯!」
「えっ、何に!?」
「ユカのプレゼント探しに!」
「まだ決まってないよ!」
「だからこそ!」
三つのグラスが、
軽い音を立ててぶつかった。
笑い声が、
居酒屋の喧騒へ溶けていく。
***
夜。
リサとトモに別れを告げ、
ユカとピコは
サザン・シティ駅へ向かって歩いていた。
潮風が頬を撫でる。
ネオンの光が、
黒い海の上で細長く揺れている。
「プレゼント」
ピコが言った。
「だいぶ方向性が見えてきましたね」
「うん」
ユカは、
夜の海を見ながら頷く。
「でも、
もう少し考えたいな」
「まだですか?」
「だって」
少し笑う。
「カイが本当に喜ぶもの、
ちゃんと見つけたいから」
「では、
続きは明日の課題ですね」
「うん」
「抱え込みすぎ禁止ですよ」
「分かってるって」
二人は顔を見合わせ、
笑った。
何を贈るか。
何を求めているのか。
どうすれば、
相手が喜んでくれるのか。
仕事でも。
プレゼントでも。
結局は、
相手を見ることから始まるのかもしれない。
***
しばらく歩いて。
ユカが、
ふと思い出したように口を開いた。
「……いよいよ明日だね」
「何がです?」
「もう」
ユカが、
ちょっとだけ照れる。
「セラフィム・シティ」
待ちに待った週末。
そして――
「久しぶりに、
レンに会えますね」
ピコのその言葉に、
ユカの歩幅が少しだけ小さくなる。
「……うん」
レン。
旅の途中で出会った、
セラ一族の少年。
不器用で。
ちょっとぶっきらぼうで。
でも、
誰より優しいところがある。
一緒に戦った。
一緒に笑った。
別れ際には、
手紙を書く約束をした。
「キャンプ……楽しみだな」
ユカの声が、
少しだけ柔らかくなる。
その横で。
ピコのレンズが――
きらーん。
「顔面温度、
通常値より上昇」
「……え?」
「心拍数も微増」
「ピコ?」
「ユカ」
妙に楽しそうな声。
「“恋する女の子モード”へ
移行していますね」
「なっ……!」
ユカの顔が、
一気に赤くなる。
「もう!
ピコ、からかわないで!」
「うわっ!」
ピコが高速で後退する。
「今度は
“ビーストモード”です!」
「待てーっ!」
「逃げろー!」
夜の街を、
ユカが追いかける。
ピコが笑いながら飛んでいく。
二人の声が、
潮風に乗って夜空へ溶けていった。
カイやセラ博士への想いには、
《感謝》という名前がある。
リサ、ジロウ、トモへの想いには、
《信頼》という名前がある。
では。
明日会う少年へ向けた、
胸の奥のこの想いは――
まだ、
ノー・ネーム。
名前をつけるのは、
もう少し先でいい。
《第15話・終わり》
次回予告
「セラフィム・シティ――
再会と、
少しだけ特別な週末。
“相手が何を喜ぶか”
その答えを探しながら、
私はまた一歩、進んでいく。
でも、
その途中で起きるのは――
私も知らない企みと、
思いもよらないトラブル!?
でも、
大事な人がいる。
だから、迷わない。
そして夜――
焚き火の前で気づく、
自分の中の想い。
次回、
「フラグメンツ・オブ・メリオラ〜ユカの旅〜」
第16話
「夢曜日:友達以上、恋人未満の週末」
この距離は――
変わらないけど、
変わり続ける。」
※作者の活動報告に各話の設定や裏話などのコメントを書いています。
https://syosetu.com/userblog/list/
※シリーズ第一弾『フラグメンツ・オブ・トゥルース〜最後の投擲』はこちら。
https://ncode.syosetu.com/n8279mq/




