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第15話③「抱え込みすぎの処方箋」

午後の仕事は、

データ結合会社《L&Tシンク》への訪問だった。


ここは、

ジロウと同じくユカの昔の仲間――

リサとトモが共同で立ち上げた会社だ。


ガラス張りのモダンなオフィス。


床には柔らかな光が反射し、

空中には複数のデータホログラムが漂っている。


エントランスへ入ると、

リサがいつもの笑顔で手を上げた。


だが。


その隣に立つトモの表情は、

明らかに険しい。


「ユカ」


「はい?」


「発注データ、

届いてないわよ」


「えっ……?」


ユカの顔から、

一瞬で笑みが消える。


「そんなはずは……!」


すぐに端末を開く。


送信履歴。


処理状況。


受領確認。


焦って画面を追うユカの横で、

ピコが素早く通信ログへ接続した。


「経路を確認します」


複数の通信ラインが、

空中に展開される。


その一部が、

途中で途切れていた。


「原因を検出」


ピコの声が変わる。


「経路上にデータ断層があります。

リカバリーを開始します」


指先が動く。


崩れていたデータラインへ、

細い光が走る。


一本。


また一本。


途切れていた経路が、

少しずつ再接続されていく。


数分後。


「復旧、完了しました」


停止していたホログラムが、

正常な光を取り戻した。


「……よかったぁ」


ユカが、

大きく息を吐く。


だが。


リサの表情は、

まだ完全には緩んでいなかった。


「ユカ」


「……はい」


「ちょっと厳しいこと言うよ」


真正面から、

視線がぶつかる。


「こういうこと、

繰り返しちゃいけない」


ユカの肩が、

わずかに下がる。


「仕事ってね」


リサは続ける。


「結果だけじゃなくて、

“ちゃんと届くこと”まで含めて仕事だから」


「……はい」


「こういうのが続けば、

信用に関わる」


ユカは、

ぎゅっと唇を結ぶ。


そして。


「……再発防止、ですよね」


リサの目が、

少しだけ柔らかくなった。


「うん」


短く頷く。


「それがちゃんと出てくるなら、

大丈夫」


トモも、

腕を組んだまま言う。


「最近、

一人で抱え込みすぎてない?」


「え?」


「全部自分で確認して」


一本。


「全部自分で判断して」


二本。


「全部自分で何とかしようとしてる」


ユカは、

何も言えなかった。


図星だった。


「抱え込むとさ」


トモが続ける。


「どうしたって、

視野は狭くなるよ」


リサも頷く。


「自分一人じゃ、

どこか抜ける」


「……」


「だから」


リサの声が、

少し柔らかくなる。


「誰かを信じて、

任せるのも――」


ユカを見る。


「“仕事のうち”だよ」


その言葉が、

ゆっくり胸へ落ちていく。


全部やらなきゃ。


ちゃんとしなきゃ。


迷惑をかけちゃいけない。


そう思うほど、

気づけば仕事を抱え込んでいた。


(そっか……)


ユカは、

小さく息を吐く。


(私、ちゃんとやろうとするあまり、

一人で抱えすぎてたんだ)


***


仕事を終え、

オフィスの外へ出る。


午後の光が、

思った以上に眩しい。


ユカは目を細めた。


建物の中にいたときより、

少しだけ呼吸がしやすい。


一度外へ出たことで、

ようやく自分自身を

少し離れたところから見られた気がした。


そのまま帰ろうとしたところで、

リサが声をかけた。


「ユカ」


「はい?」


「今日、

このあと予定ある?」


「特には」


「じゃあ飲みに行こう」


「えっ?」


トモも笑う。


「反省会じゃないから安心して」


「ほ、本当に?」


「たぶんね」


「たぶん!?」


***


連れてこられたのは、

かなり年季の入った居酒屋だった。


壁一面に、

手書きの短冊メニュー。


カウンターの奥からは、

名物女将の張りのある声。


炭火で焼かれた魚の香りが、

店中に広がっている。


「こういう店、

初めてかも……」


ユカが周囲を見回す。


リサとトモは、

迷わずビール。


ユカはソフトドリンクを手にした。


三つのグラスが、

軽くぶつかる。


「お疲れ」


「お疲れさま」


「お疲れさまです!」


喉を潤したところで、

リサが口を開いた。


「仕事ってさ」


「はい」


「ひとりで“完璧”にするもんじゃないよ」


ユカが、

グラスを置く。


「チームでぶつけて」


リサが指を一本立てる。


「削って」


もう一本。


「磨いていく」


トモも笑う。


「失敗しても、

次に活かせれば経験値アップ」


「ゲームみたいですね」


「そうそう。

同じミスを繰り返さなければ、

ちゃんとレベルは上がる」


ユカは、

少し考えてから頭を下げた。


「……今日は、

いろんな意味で勉強になりました」


その素直な姿を見て、

リサの表情が緩む。


「ねえ、ユカ」


「はい?」


「私たちのところに来たの、

三歳のときだったっけ」


ユカが顔を上げる。


「……ええ。

たしか、そのくらいだったと思います」


リサは、

グラスを見つめた。


「あの頃、

私たちはアストラ・シティの

地下都市に出入りしててね」


ユカは黙って聞く。


「ある日、

“トラン爺”って呼ばれてた

街の有力者から――」


少しだけ、

昔を思い出すように目を細める。


「あんたを預かった」


ユカの胸が、

強く鳴った。


「……私を?」


「そう」


リサは頷く。


「“知り合いの娘を預かったけど、

自分じゃ育てられない。

お前たちで育ててやってくれ”って」


ユカは、

言葉を失った。


孤児だった自分。


その始まりを、

こんなふうに聞くのは初めてだった。


「その子がさ」


リサは、

ゆっくり笑う。


「カイやセラ博士に育てられて」


指を折る。


「シン統治教と戦って」


もう一本。


「虚無データと戦って」


さらに一本。


「世界まで救って」


ユカが、

恥ずかしそうに視線を下げる。


「それで今は、

私たちと肩を並べて仕事してる」


リサは、

小さく息を吐いた。


「……正直、

信じられないよ」


「ほんと、その通り」


トモも、

ビールを一口飲んで頷く。


ユカは、

困ったように笑った。


「そんな……」


視線が下がる。


「私なんて、

まだまだ半人前です」


その言葉に。


リサが、

少しだけ眉を上げた。


「ユカ」


「はい?」


「あんたのそういうところ」


ユカを見る。


「いいところでもあるけど、

悪いところでもある」


「えっ……」


「謙虚なのはいい」


リサは、

グラスを持ち上げる。


「でも、

行き過ぎると卑屈になる」


ユカの目が、

わずかに揺れる。


「今日のミスは、

ちゃんと反省すればいい」


「……はい」


「でも」


リサの声が、

少し優しくなる。


「それと、

今までやってきたことまで

否定するのは別の話だよ」


ユカは、

黙って聞く。


「自分の成果には」


リサが微笑む。


「ちゃんと自信を持っていい」


「……」


「あんたはもう、

それだけのことをやってきてるんだから」


その言葉が、

胸の奥へゆっくり染み込んでいく。


今日の失敗。


今までの成功。


できなかったこと。


できるようになったこと。


全部を一緒にして、

自分をダメだと決めなくていい。


「……そっか」


ユカは、

少しだけ照れたように笑った。


「自信、か……」


その表情には、

さっきまでなかった柔らかさがあった。


抱え込みすぎた仕事も。


抱え込みすぎた責任も。


そして――


自分に対する厳しすぎる評価も。


少しずつ、

手放していけばいいのかもしれない。



※作者の活動報告に各話の設定や裏話などのコメントを書いています。

https://syosetu.com/userblog/list/


※シリーズ第一弾『フラグメンツ・オブ・トゥルース〜最後の投擲』はこちら。

https://ncode.syosetu.com/n8279mq/


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