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第15話②「こだわりすぎと最適解」

ユカが向かったのは、

昔の仲間――ジロウの店。


《RAMEN JiROU》


昼下がり。


暖簾をくぐった瞬間、

濃厚なスープの匂いと熱気が

身体を包み込んだ。


カウンターの向こうでは、

巨大な寸胴鍋から

白い湯気が立ちのぼっている。


そして。


ユカの目の前には――


山。


いや。


ラーメンだった。


もやし。


キャベツ。


その上に、

分厚い《ブタ》。


ガッツリ系ラーメンでは、

チャーシューをそう呼ぶことがある。


その巨大な塊が、

今にも野菜の山から

滑り落ちそうになっていた。


「いただきます!」


ユカは箸を構える。


まずは麺。


ずずずっ!


「……おいしい……!」


目を輝かせる。


その食べっぷりを、

ジロウが満足そうに眺めていた。


「聞いたぞ」


「ん?」


「その歳で、

もう一人前のデータ修復士だって?」


ジロウが腕を組む。


「大したもんじゃねぇか」


「えへへ……」


ユカは少し笑った。


でも。


すぐに視線が下がる。


「でもね」


「ん?」


「最近、

なんだか空回りしてる気がして」


箸で野菜をつつく。


「ちゃんとやろうって思うほど、

うまくいかないっていうか……」


ジロウは、

少しだけ目を細めた。


「俺も最初はそうだったぞ」


「ジロウさんも?」


「ああ」


寸胴の火を調整する。


「こだわりすぎてな」


湯気が、

ジロウの顔を横切った。


「味は完璧」


「うん」


「でも――」


火力を少し落とす。


「客が来ねぇ」


「……え?」


ユカが箸を止めた。


「味は完璧なのに?」


「完璧だと思ってたのは、

俺だけだったってことだ」


ジロウは苦笑する。


「材料に金かけて」


「うん」


「仕込みに時間かけて」


「うん」


「自分が納得するまで

ひたすら作り込んで」


「うん」


「結果、

値段は高ぇ。

提供は遅ぇ。

客は待ちきれねぇ」


「あっ……!」


ユカの顔に、

納得の色が浮かぶ。


「どれだけ自信作でも」


ジロウは言った。


「食べてもらえなきゃ

意味がねぇんだ」


ユカは、

巨大なブタを持ち上げる。


重い。


箸がぷるぷる震える。


「……こだわりと、採算のバランス……

私の仕事の進め方も同じかも」


「そういうことだ」


なんとかブタを攻略しながら、

ユカは考える。


「前に言っただろ」


ジロウが続ける。


「“Lose-Winはダメだ”って」


「……うん」


それは、

以前にユカがこの街を訪れたときに

ジロウから教わった言葉。


自分だけが我慢する。


相手だけを勝たせる。


それでは、

長く続かない。


「でもな」


ジロウは、

少し照れくさそうに頭をかいた。


「あれ、

おまえに言ってたようで」


「うん?」


「実際は、

昔の俺に言い聞かせてたようなもんだ」


ユカの手が止まる。


自分のこだわり。


自分の理想。


人の役に立ちたいという気持ち。


それが強すぎるあまり、

自分自身を追い込んでいた。


「……私も」


ユカは、

ラーメンを見つめる。


「こだわりすぎてたのかも」


そして。


箸を深く差し込む。


「よっ……!」


ぐるり。


山盛りのヤサイが沈み、

下に隠れていた麺が持ち上がる。


見事な天地返し。


スープの湯気が、

一気に立ちのぼった。


「おお」


ジロウが感心する。


「腕上げたな」


「えへへ」


「でも」


隣でピコが口を挟む。


「ユカのこだわりは、

少し厄介なんですよね」


「厄介って何よ」


「“人のためのこだわり”だからです」


ユカが、

少し黙る。


「自分が満足したいだけなら、

諦めることもできます」


ピコが続ける。


「でもユカは、

誰かの役に立ちたいと思って

がんばりすぎる」


「……」


「だから、

どこまでやれば十分なのか

分からなくなるんです」


ジロウが短く頷いた。


「だな」


そして、

ユカを見る。


「だからこそだ」


「?」


「“これが正解”なんてものはねぇ」


ユカの目が、

ジロウへ向く。


「あるのは」


ジロウは、

寸胴の中をゆっくりかき混ぜる。


「その時」


ぐるり。


「その場所」


また、

ぐるり。


「その相手にとっての――」


ユカが、

麺を持ち上げる。


「最適解だけだ」


「……最適解」


湯気の向こう。


麺から、

小麦の香りが立ちのぼる。


ユカは、

その言葉を噛みしめるように

ゆっくり頷いた。


「完璧じゃなくていい」


「そういうことだ」


「その時に、

一番いい答えを探す」


「そうだ」


ユカは、

麺をすすった。


「……おいしい!」


「今それ言います?」


ピコが突っ込む。


「だって、天地返しして、

スープとなじんだ麺は格別だよ!」


ユカは箸を掲げ、にっと笑う。


「これが今、この一杯の最適解!」


「そりゃそうだ!」


ジロウが笑った。


***


しばらくして。


ユカが、

ふと思い出したように顔を上げる。


「そういえば、

ジロウさん」


「ん?」


「初給料で、

カイにプレゼントを買おうと思ってて」


「へえ」


「何がいいと思います?」


ジロウは腕を組み、

天井を見上げた。


「そうだなぁ……」


しばらく考える。


「こだわりの

“お取り寄せグルメ”とかどうだ?」


「食べもの?」


「男の腹は正直だ」


ジロウは断言する。


「うまいもん食わせりゃ、

だいたい機嫌が良くなる」


「それ、

ジロウさん基準じゃない?」


「俺は男代表だ」


「かなり特殊な代表だね」


ユカは笑う。


でも、

すぐに少し考え込む。


「できればね」


「ん?」


「形に残るものが

いいかなって思ってるんだ」


「形かぁ……」


ジロウが、

また考える。


そして。


にやり。


「じゃあ、

これだ」


カウンターを

ぱんっと叩いた。


「この店の

《ラーメン永久割引券》」


「え?」


「特別に作ってやる」


ユカは、

思わず吹き出した。


「ありがとう」


「おう」


「でもそれ」


口元を押さえながら笑う。


「たぶん、

私が先に使っちゃうと思う」


「それでいいじゃねぇか」


ジロウは肩をすくめた。


「二人して通ってくれりゃ、

俺も助かる」


そして、

にやりと笑う。


「まさに――

Win-Winってやつだ」


ユカの表情が、

少しだけ変わった。


Win-Win。


旅の中で、

何度も考えてきた言葉。


それが今は、

ラーメン屋の永久割引券に

使われている。


「ふふっ」


ユカが笑う。


「なんか、

すごく平和なWin-Winだね」


「平和が一番だろ」


「合理的かつ、

持続可能な関係構築ですね」


ピコも真面目に頷く。


三人の笑い声が、

湯気の向こうに広がった。


少しして。


ユカが、

店の外から入ってくる潮風を感じる。


「……サザン・シティの風って」


「ん?」


「なんだか、

人をやわらかくしますね」


ジロウが鼻で笑った。


「そりゃそうだ。

何てったって潮とラーメンの匂いが

混ざってるからな」


「それ、

絶対違うと思う」


「効くんだよ」


「ほんとかなぁ」


ユカは笑いながら、

また麺をすすった。


スープの湯気。


潮の匂い。


南から吹く風。


その全部が、

店の中でゆっくり混ざり合っていた。



※作者の活動報告に各話の設定や裏話などのコメントを書いています。

https://syosetu.com/userblog/list/


※シリーズ第一弾『フラグメンツ・オブ・トゥルース〜最後の投擲』はこちら。

https://ncode.syosetu.com/n8279mq/


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