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第15話①「南風の吹く影曜日」

影曜日の朝。


今日は、

サザン・シティへの出張だった。


南へ向かう空中列車。


ユカとピコは並んで、

大きな窓の向こうを眺めている。


眼下に広がるのは、

陽光を弾く碧い海。


その向こうには、

白い屋根が連なる南国の街並み。


水面のきらめきが、

ゆっくりと街を照らしている。


どこか、

街そのものが深呼吸しているようだった。


「南の方って」


ピコが窓の外を見る。


「空気だけじゃなく、

残留データまで、

なんだか“ゆるい”気がしますね」


隣ではユカが、

寝ぼけまなこのまま大きくあくびをした。


「ふああぁ……」


目をこする。


「私も、

少しはそうなりたいなぁ……」


「仕事中に“ゆるい”発言は、

アランさんやサクラさんに聞かれたら

即注意ですよ」


「やだなあ。

今ここにいないんだから、

いいじゃん」


するとピコは、

わざとらしく咳払いをした。


そして、

急に低い声になる。


「ユカ。

プロジェクトとは、

常に張り詰めた弦であるべきだ」


「…………」


ユカの口元が震える。


今度は、

声色が柔らかく変わった。


「“ゆるい”と自覚できているなら、

それは改善のチャンスよ」


「ぶっ!」


ユカが吹き出した。


「それ、

言いそう〜!!」


腹を抱えて笑う。


「特にサクラさん!

めちゃくちゃ言いそう!」


「再現度、

かなり高いと思うのですが」


「アランさんなんて、

眉の角度まで浮かんだもん!」


「そこまで再現した覚えはありません」


「脳内補完された!」


二人の笑い声が、

透明な車内へ広がっていく。


空中列車は、

雲の切れ間を抜けた。


その先に、

陽光に満ちたサザン・シティが

大きく姿を現した。


***


潮風が吹き抜ける、

サザン・シティ港湾区。


ユカたちが向かったのは、

巨大なデータ倉庫だった。


コンテナのような

大型データカプセルが整然と並び、

その間を無数のドローンが

忙しく飛び交っている。


遠くからは、

波の音。


近くでは、

機械の駆動音。


その二つが、

不思議なリズムで重なっていた。


「湿度、

アストラ・シティより高めですね」


ピコが周囲の環境データを確認する。


「データ腐食率も、

約二パーセント上昇しています」


「二パーセントかぁ」


ユカは、

巨大カプセルを見上げる。


「数字だけ聞くと小さく感じるけど、

この規模だと結構厄介だね」


「はい。

南方地域は、

修復士泣かせと言えます」


「よし」


ユカの表情が変わる。


さっきまでの眠そうな顔は、

もうない。


ARグローブを装着する。


指先を動かすと、

目の前の空間に

幾重ものデータ層が展開された。


その中に浮かぶのは――


無数のひび。


光の断層。


破損した情報同士の境界が、

細い亀裂となって走っている。


ユカは、

ひとつを指先でなぞった。


すると。


ぱらぱらと光の粒子が集まり、

断層の両側が少しずつ結びついていく。


ひとつ。


またひとつ。


焦らず。


順番に。


絡み合ったデータをほどき、

足りない部分を補い、

傷を縫い合わせていく。


やがて。


最後のひびが、

淡い光とともに消えた。


「……完了!」


ユカが腕を下ろす。


ARグローブを外し、

大きく息を吐いた。


「はぁ〜……」


倉庫の向こう。


港の海が、

太陽の光を受けてきらきらと瞬いている。


ユカは、

その景色を見ながら深呼吸した。


潮の匂いが、

胸いっぱいに広がる。


「やっぱり、

現場仕事って達成感あるね」


「結果が目に見えますからね」


ピコも、

海の方へレンズを向ける。


「データの海も、

現実の海も――」


少し間を取るように、

ふわりと浮かぶ。


「どちらも広いですね」


「……うん」


ユカは、

しばらく海を眺めていた。


アストラ・シティにいると、

つい目の前の仕事ばかりを

追いかけてしまう。


報告書。


締め切り。


評価。


失敗。


できなかったこと。


でも、

こうして遠くまで見渡していると。


「なんか……」


ユカが小さく笑う。


「心まで、

少し広がる気がする」


南から吹く風が、

ユカの髪を揺らした。


影曜日。


本来は、

自分の内側を見つめるための日。


けれど、

ずっと内側ばかり見ていると、

見えなくなるものもある。


少し遠くへ来て。


違う風に吹かれて。


初めて気づくことも、

あるのかもしれない。


そのとき。


キュルルル……。


「…………」


倉庫に、

妙に存在感のある音が響いた。


ピコのレンズが、

ゆっくりユカへ向く。


「どうやら」


「な、なに?」


「ユカの胃袋も、

順調に広がっているようですね」


「えへへ……」


ユカが頬をかく。


「バレた?」


「これ以上ないくらい

バレバレです!」


「いやぁ、

仕事したらお腹空いちゃって」


「いつものことです」


「よしっ!」


ユカが、

勢いよく拳を握る。


「じゃあ、

この荒ぶる胃袋を

治めに行きますか!」


「具体的には、

どこへ?」


ユカは、

いたずらっぽく笑った。


そして。


小さくウインクする。


「もちろん――」


南国の陽光を背に、

にっと笑う。


「“あそこ”だよ♪」


潮風が吹く。


二人の影が、

港の地面へ長く伸びていく。


その先には――


懐かしい味と、

懐かしい人が待っていた。



※作者の活動報告に各話の設定や裏話などのコメントを書いています。

https://syosetu.com/userblog/list/


※シリーズ第一弾『フラグメンツ・オブ・トゥルース〜最後の投擲』はこちら。

https://ncode.syosetu.com/n8279mq/


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