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第14話③「みんながくれたありがたいヒント」

仕事を終えたユカは、

アストラ・シティ郊外にある

セラ博士の自宅を訪れていた。


竹林に囲まれた古民家。


伝統的な梁の向こうには、

最新鋭の研究設備が覗いている。


過去と未来が、

当たり前のように同居する場所。


縁側では、

着物姿のセラ博士が抹茶を点てていた。


しゃか、しゃか。


茶筅の音に、

竹林を抜ける風が重なる。


それを聞いているだけで、

ユカの胸に溜まっていたものが

少しずつほどけていく。


「お仕事、がんばっているようね」


「うん……がんばってはいるんだけど」


ユカは膝を抱える。


「なんか、

うまく回らなくて」


セラ博士は手を止めず、

穏やかに頷いた。


「がんばるのは、

若い証拠よ」


それを聞いて、

ピコは複雑な顔をする。


若い頃のセラ博士――

まだユリと呼ばれていたころを、

ピコはよく知っている。


(ユリの場合、

“がんばる”というより、

ほぼ自爆特攻でしたけどね……)


だが、

そこで気づく。


あれほど無茶苦茶だったユリが、

今ではこうして、

ユカを包む側に立っている。


(……ということは)


今日、

サクラと一緒にいたユカを思い出す。


(ユカが成熟した大人になる可能性も、

十分あるということですね)


そのとき、

セラ博士が口を開いた。


「でもね」


「ん?」


「仕事には、

“忘れる場”も必要なのよ」


「……忘れる?」


「ずっと仕事の中にいると、

見えるものまで歪んでくるの」


庭へ視線を向ける。


「だから、

お茶を点てたり」


竹が風に揺れる。


「散歩したり」


柔らかな日差しが、

縁側へ落ちる。


「そういう時間が、

自分の軸を戻してくれるの」


ユカは首を傾げた。


「……忘れる、かあ」


まだ、

よく分からない。


でもセラ博士は、

それ以上説明しなかった。


***


やがて、

湯気の立つ茶碗が差し出された。


ユカは恐る恐る口をつける。


次の瞬間。


「にっがーい!」


顔を思い切りしかめた。


「あいかわらずお子ちゃまですね」


「そんなことないもん!

背だって伸びてるし!」


ピコは考える。


(やはり成熟した大人になるのは、

もう少し先でしょうか……)


そして、

ふと疑問が浮かぶ。


(そもそも抹茶ラテは大好きなのに、

なぜ抹茶はダメなのでしょう)


セラ博士が、

くすりと笑った。


「でも、

苦味のあとに少し甘みが残るでしょう?」


「甘み……?」


ユカはもう一口。


「あるような……

ないような……」


「それが“余韻”」


セラ博士は微笑む。


「人生も、

案外そういうものよ」


「……なるほど」


ユカは茶碗を見つめる。


「深いな……たぶん」


続いて差し出されたのは、

淡い桜色の和菓子だった。


銀箔が光を受けて輝いている。


「わあ……きれい」


ユカの目が輝く。


「データの結晶みたい」


「和菓子は、

季節と心を形にする仕事なの」


「心を?」


「たった一口で、

“今”を伝える」


セラ博士は、

和菓子を見つめる。


「味や形だけじゃない。

感じてもらうことが目的なのよ」


ユカは、

和菓子をいろいろな角度から眺めた。


「人の心とデータのつながり。

私の研究にも、

とても近いところがあるわ」


ユカは小さく頷く。


「私も……」


和菓子を口へ運ぶ。


「こんなふうに、

誰かの心に残る仕事が

できるようになりたいな」


セラ博士は、

何も言わずに微笑んだ。


***


「そうだ」


ユカが思い出す。


「カイへのプレゼント、

何がいいかな?」


「ユカは何がいいと思うの?」


「出た、問い返し」


「ふふふ」


質問を質問で返す。


セラ博士の十八番だった。


「昨日ネットでも調べたんだけど、

情報が多すぎてさ」


ユカは肩を落とす。


「だから今、

みんなに聞いてるところ」


「そうねえ……」


セラ博士は茶碗を眺める。


「その人に、

新しい趣味を贈るのも一つの方法よ」


「新しい趣味?」


「たとえば、

この茶器みたいに」


ユカは真剣に想像する。


茶室。


正座するカイ。


茶筅を持つカイ。


「……うーん」


首を傾げる。


「カイがお茶点ててる姿、

あんまり想像できない」


そして、

急に吹き出した。


「『なんか物足りない』とか言って、

ウイスキーどぼどぼ入れそう」


「確率九十二パーセントです」


「そんなに!?」


セラ博士も笑う。


「でも、あの人、

私と初めて会ったときは、

ちゃんと作法どおりにいただいていたわよ」


「えっ!?」


ユカの目が丸くなる。


「あのカイが!?」


「ピコ的にも

データ更新が必要です!」


「人は見かけによらないものよ」


ユカは茶碗を両手で持つ。


土の感触。


手になじむ重さ。


形として残るもの。


そして、

そこから生まれる時間。


(形に残るだけじゃなくて……)


胸の中に、

ひとつの想いが浮かぶ。


(心にも残るものが、いいな)


***


「夕ご飯、

食べていく?」


「もちろん!」


ユカは即答する。


「あっ……じゃなくて、

ごちそうになります!」


「心の声が先に出ましたね」


「ピコは黙ってて!」


セラ博士が楽しそうに笑う。


「いいのよ。

私も楽しみにしてるんだから」


立ち上がる。


「じゃあ、

手伝ってくれる?」


「うん!」


「働かざる者、

食うべからずですね」


***


キッチンには、

割烹着姿のセラ博士と、

エプロン姿のユカ。


包丁の音。


鍋から立つ湯気。


時々混じる笑い声。


食卓には、

炊き立てのご飯。


焼き魚。


味噌汁。


煮物。


「おいしい~!」


幸せそうに頬張るユカを見て、

セラ博士は目を細める。


(……ユナも、

こんなふうに笑っていたわね)


一方、

ピコが思い出していたのは別の光景だった。


若い頃。


ジャングル。


焚き火。


トカゲの丸焼き。


そして、

スキットルからバーボンを流し込むユリ。


(あのユリが……)


今では、

こんな伝統的な和食を作っている。


(人生、

分からないものですね)


竹林の向こうで、

風鈴が鳴った。


***


帰り道。


ユカとピコを乗せたエアレールが、

アストラ・シティの夜空を滑っていく。


透過ガラスの向こうには、

無数の街灯り。


「今日の学び、

整理しておきますか?」


「うん」


ユカは指を折る。


「“相談は絞る”」


ひとつ。


「“原因は分析する”」


ふたつ。


「“課題は具体化する”」


みっつ。


そして。


「“仕事を忘れる時間も必要”」


ピコが頷く。


「どれも、

みんながくれたありがたいヒントですね」


「……そうだね」


ユカは夜景を見る。


「でもさ」


「はい?」


「セラ博士の言ってた

“忘れる場”って、

まだちゃんとは分からないんだ」


しばらく街を眺める。


そして。


「でも……」


窓の外。


高いところから見る街は、

昼間とはまるで違って見える。


「こうやって一歩離れて、

空の上から街を見ること」


ユカは小さく笑った。


「それ自体が、

“忘れる場”なのかもね」


「良い仮説だと思います」


「うん」


ユカは座席へ身体を預ける。


「答え合わせは、

もう少し先に取っておく」


街の光が、

ユカの頬を流れていく。


「今日も、

よくがんばりましたね」


ユカは目を細めた。


「……ありがと、ピコ」


エアレールは加速する。


朝は憂鬱だった宙曜日。


それでも最後には、


いろんな人の言葉を抱えて、

少しだけ遠くまで見えるようになっていた。


《第14話・終わり》



次回予告


「サザン・シティ――

そこは、南風と、

少しだけ心をほどいてくれる街だった。


仕事に悩んで、

こだわりすぎて、

抱え込みすぎて――


それでも、

みんながくれたヒント。


“正解”じゃなく、

その時の最適解を探すこと。


一人じゃなく、

誰かと進むこと。


そして――

大切な人を想うこと。


次回、

「フラグメンツ・オブ・メリオラ〜ユカの旅〜」


第15話

「影曜日:南風とこだわりすぎと抱え込みすぎ」


想いはきっと、

次の一歩を照らしてくれる――」



※作者の活動報告に各話の設定や裏話などのコメントを書いています。

https://syosetu.com/userblog/list/


※シリーズ第一弾『フラグメンツ・オブ・トゥルース〜最後の投擲』はこちら。

https://ncode.syosetu.com/n8279mq/


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