第14話②「分けて、並べて、味わって」
午前の作業を終え、
ユカはサクラとの
ランチミーティングへ向かった。
庁舎内の会議室。
大きなガラス窓の向こうには、
アストラ・シティの空が広がっている。
その奥にある簡易キッチンでは、
サクラがエプロン姿で
手際よく料理をしていた。
フライパンから、
香ばしい匂いが立ち上る。
ユカとピコはテーブルの端に座り、
そろって鼻をひくつかせた。
「どう?」
料理をしながら、
サクラが振り返る。
「三級データ修復士としての仕事は」
「……やりがいはあります」
ユカは素直に答えた。
「ちゃんと意味のあること
やってる感じもあって」
でも。
そこで言葉が止まる。
「ただ……」
指先を組む。
「なんだか、
空回りしてる気がして」
取り繕わず、
そのまま口にした。
サクラは驚かなかった。
むしろ、
最初からそう言うと分かっていたように
ユカを見る。
「で?」
「え?」
「あなたのことだから、
もう対策は考えてるんでしょ?」
「えっと……」
ユカは指を折る。
「段取りを見直すとか」
一本。
「朝に集中する時間を作るとか」
もう一本。
「仕事の優先順位を
もっとちゃんと決めるとか……」
サクラは小さく笑った。
木べらを置く。
「うん」
「?」
「それ、
私も若いころ全部やったわ」
「えっ!?」
ユカの目が丸くなる。
「サクラさんも!?」
「もちろん」
さらりと答える。
「最初から何でも上手にできる人なんて、
ほとんどいないわよ」
そして、
ユカを見る。
「でもね」
「はい」
「私なら、
最初にやるのは“分析”かな」
「分析……?」
「そう」
サクラは、
まな板の上に並べた食材を指さす。
「どこまではできていて、
どこから崩れているのか」
トマト。
葉物。
チーズ。
ひとつずつ、
きれいに分けられている。
「細かく分けて、
整理するの」
「整理……」
「“全部ダメ”って思った瞬間、
視界って一気に狭くなるから」
その言葉に、
ユカの表情が変わった。
「……あ」
ノートを開く。
「私、
“ぜんぶできてない”って
思い込んでたかも」
「でしょ?」
「でも実際は……」
書きながら考える。
「できてるところも、
ちゃんとある」
「そういうこと」
サクラが微笑む。
「焦ると、
誰でも全部まとめて
悪く見えちゃうのよ」
そのとき。
ふわりと、
いい香りが広がった。
「はい、できた」
サクラが皿を運んでくる。
「今日は特別。
手作りパスタとサラダ」
「わあ……!」
色鮮やかな野菜。
湯気の立つパスタ。
見るだけで、
さっきまで縮こまっていた気持ちが
少しほどけていく。
「これ、
サクラさんが作ったんですか?」
「そうよ」
サクラが、
少し照れながらピースする。
「すごい……!」
ピコも料理を見つめる。
「香り成分による
心理的なリラックス効果が期待できます」
「わかる〜」
ユカは大きく頷いた。
「いい匂いって、
それだけで元気出るもん」
フォークでパスタを巻く。
一口。
「……おいしい!」
目が輝く。
「優しい味。
なんか、すごく落ち着きます」
そんなユカを見て、
サクラは穏やかに笑った。
「料理ってね」
「はい?」
「混乱してるときほど、
“分けて”“並べて”“味わう”の」
ユカがフォークを止める。
「分けて、並べて、味わう……」
「料理も、
仕事も案外同じよ」
ユカは、
その言葉を噛みしめるように頷いた。
そして――
もう一口。
「うん。おいしい」
「そっちも、
ちゃんと味わってるわね」
「もちろんです!」
***
食事が進み、
空気もすっかり和らいだころ。
サクラが、
何気ない口調で聞いた。
「ところで」
「はい?」
「レンとはどうなの?」
「……んがっ!?」
ユカの動きが止まる。
「少しは進展した?」
「ん、んっ!?」
パスタが喉につかえ、
慌てて胸を叩く。
すぐにピコが、
水の入ったグラスを差し出した。
「どうぞ」
「んっ……ありがと……!」
水を飲み、
なんとか息を整える。
その横でピコが、
淡々と答えた。
「サクラさん。
残念ながら、
まったく進展しておりません」
「ピコ!」
ユカの顔が真っ赤になる。
「余計なこと言わないで!」
「事実を報告しただけですが」
「報告しなくていいの!」
サクラが、
楽しそうに笑う。
「ふーん」
「な、なんですか、その顔……」
ユカは視線を泳がせる。
そして。
少しだけ小声になる。
「……でも」
「うん?」
「今週末、
久しぶりに会うんです」
サクラの表情が柔らかくなる。
「それはいいじゃない」
「……はい」
今度は、
ユカも素直に笑った。
ピコが横から加える。
「何かあるといいですね」
「こら!」
会議室に、
明るい笑い声が広がった。
***
食後。
サクラは、
少し真面目な表情に戻った。
「さっきの話だけど」
「はい」
「もう一つだけ」
ユカがノートを開く。
「“空回りしてる”っていう
課題の置き方」
「課題の置き方?」
「少し曖昧なのよ」
ユカは首を傾げる。
「何が、
どう空回っているのか」
サクラは、
指で机を軽くなぞる。
「そこまで言葉にできると、
次に何をすればいいかが
かなり見えやすくなる」
「……なるほど」
ユカが書き込む。
《空回りしている》
その下に。
《具体的には何が?》
「課題を……
具体化する」
「そう」
サクラが頷く。
「大きな塊のままだと、
人は怖くなるから」
「分ける」
「そう」
「並べる」
「そうそう」
「それで、
ひとつずつ見る」
「合格」
ユカは、
少し嬉しそうに笑った。
「ありがとうございます」
ノートを閉じる。
「頭の中、
だいぶ整理できました」
「よかった」
サクラは、
食後のカップを手に取る。
「悩む時間もね」
「?」
「ちゃんと味わえば、
全部あとで糧になるわよ」
***
食器を流しへ運びながら、
ユカが思い出したように声を上げた。
「あ、そうだ」
「なに?」
「来週、
初給料が出るんです」
「あら」
サクラが振り返る。
「おめでとう」
「ありがとうございます!」
ユカはスポンジを手に取る。
「それで……
カイに何かプレゼントしようと思って」
「いいじゃない」
「何がいいと思います?」
サクラは少し考える。
「そうねえ……」
天井を見上げる。
「凝った手料理なんてどう?」
「手料理?」
「普段作ってるものじゃなくて、
ちょっと特別なもの」
「あー……」
ユカは泡のついた皿を洗いながら、
考える。
「それもいいなって
思ったんですけど……」
少し迷ってから、
正直に続けた。
「できれば、
“形に残るもの”がいいかなって」
サクラは、
その答えを否定しなかった。
「うん」
柔らかく笑う。
「いいと思う」
「え?」
「何を贈るかより」
サクラは、
ユカを見る。
「“考えてる時間”が、
いちばんのプレゼントだったりするから」
「考えてる時間……」
「迷って」
「うん」
「悩んで」
「うん」
「相手の顔を思い浮かべて」
サクラが微笑む。
「それって、
すごくあたたかい時間でしょう?」
ユカは、
少しだけ目を伏せた。
昨日からずっと。
何がいいだろう。
これは違う。
あれなら喜ぶかな。
何度も何度も、
カイの顔を思い浮かべていた。
「……そっか」
ユカも、
ゆっくり笑った。
少し離れたところで、
そのやり取りを見ていたピコは思う。
(さすがサクラさん)
否定しない。
押しつけない。
相手の言葉を受け止めてから、
ほんの少しだけ視野を広げる。
(これが、
“大人の余裕”というやつですね)
そして。
ユカを見る。
(ユカもいつか、
こんな成熟した大人に――)
想像してみる。
大盛りラーメンを、
満面の笑みで平らげるユカ。
チャイを一口飲んで、
「うぇぇ……」
と顔をしかめるユカ。
ケーキを何個も並べて、
目を輝かせるユカ。
ピコは考え直した。
(……まあ)
小さく首を振る。
(もう少し先ですね)
※作者の活動報告に各話の設定や裏話などのコメントを書いています。
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※シリーズ第一弾『フラグメンツ・オブ・トゥルース〜最後の投擲』はこちら。
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