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第14話①「憂鬱な宙曜日」

宙曜日の午前。


今日の現場は、

アストラ・シティ郊外にある

巨大なデータアーカイブ施設。


天井まで伸びた記録層が、

青白い光を放ちながら並んでいる。


その一角。


ユカは端末の前に座ったまま、

完全に止まっていた。


画面を見る。


カーソルが点滅する。


ユカは動かない。


そんなユカの視界へ、

ピコがそっと滑り込んできた。


「ユカ」


「……なに?」


「朝から演算速度が、

平常時より約三十パーセント低下しています」


「……人間も、たまにはバグるの」


いつもの勢いがない。


肩も下がっている。


ピコが、

少し首を傾げた。


「今日は《宙曜日》ですよ?」


「知ってるよ……」


「広がりと可能性を意味する日なのに、

ずいぶん冴えませんね」


ユカは頬杖をついた。


「私だって……」


ぼそっと呟く。


「広がりと可能性、

感じたいよ……」


ぴこん!


「原因を特定しました」


ピコの目が光る。


「アラン部長ですね?」


「……うん」


大きなため息。


そして。


「昨日の報告書……」


ユカは、

机へ突っ伏した。


「めっちゃダメ出しされたぁ……」


そのまま顔を伏せる。


「ふえーん……」


***


今朝。


呼び出された会議スペース。


ユカの提出した報告書を前に、

アランはいつもの冷静な口調で言った。


「ここの構成が甘い」


赤字。


「データの読み込みと分析が浅い」


さらに赤字。


「次回は、

もっとロジカルにまとめてくれ」


「…………」


返却された報告書は――


真っ赤だった。


修正。


指摘。


コメント。


また修正。


画面をスクロールしても、

赤。


赤。


赤。


「……こんなに……?」


自分では、

かなり頑張ったつもりだった。


だからこそ。


赤文字で埋め尽くされた画面が、

いつもよりずっと重く見えた。


***


「私なりにさ……」


現在。


机に突っ伏したまま、

ユカが呟く。


「がんばったんだけどなぁ……」


ピコが、

慰めるように近づいた。


「アランさんは、

“真面目すぎるくらい真面目”ですから」


「うん……」


「普通にチェックをお願いすると、

すべての不備を

全力で拾ってしまうタイプです」


ユカが、

少しだけ顔を上げる。


「“全力で拾う”って……

ちょっと優しい言い方だね」


「事実を、

少しだけマイルドに表現しました」


「助かる……」


ピコは、

赤字だらけの報告書を見る。


「でもユカ」


「ん?」


「次は、

“全部直そう”としないでください」


「え?」


ユカが起き上がる。


「どういうこと?」


「迷っているポイントを

先に絞るんです」


ピコが画面を表示する。


《構成》


《分析》


《結論》


《根拠》


「たとえば、

“この構成をどう直せばいいですか?”」


一項目が光る。


「あるいは、

“この分析の深さで足りますか?”」


別の項目が光る。


「最初から全部まとめて

“どうでしょうか?”と聞くより、

欲しい答えが返ってきやすくなります」


「……なるほど」


ユカは、

赤字だらけの画面を見る。


全部ダメ。


さっきまでは、

そう見えていた。


でも。


よく見れば、

指摘には種類がある。


構成。


分析。


根拠。


書き方。


ひとつずつなら、

直せる気がする。


「“全部じゃなくて、

聞くところを決める”……か」


少し考えてから、

ユカは頷いた。


「それ、

すごく勉強になるな」


ピコが、

得意げに胸を張る。


「質問の設計も、

立派な仕事スキルです」


「へえ〜」


「えっへん」


さらに胸を張る。


「こう見えて、

“新米社会人サポートAI”ですので」


ユカは、

思わず吹き出した。


そして。


両手を合わせる。


「ははーっ!」


ぺこり。


「ピコさま、

ありがたや、ありがたや〜」


「もっと崇めてもいいですよ」


「調子乗った!」


さっきまで沈んでいた声に、

ようやくいつもの明るさが戻る。


落ち込んだ時。


真面目に話を聞いてくれる。


必要なら、

具体的な方法も教えてくれる。


そして最後には、

くだらないことで笑わせてくれる。


ユカは、

そんな小さな相棒を見る。


(……やっぱり、最高だな)


***


少しして。


ピコが、

ふと思い出したように言った。


「そういえば……」


「ん?」


「アランさんには、

カイへのプレゼントについても

相談したんですよね?」


「あー、聞いた聞いた」


ユカが、

苦笑しながら頷く。


「“あいつは身だしなみに無頓着だから、

ネクタイがいい”って」


「…………」


ピコが黙る。


「なに、その間」


「カイ、

ネクタイしますかね?」


「……だよねぇ」


二人で想像する。


カイ。


作業着。


工具箱。


ドライバー。


配線。


その首元だけに、

なぜか高級ネクタイ。


「…………」


ユカが、

耐えきれず吹き出した。


「やっぱ変!」


「完全同意です」


「ネクタイより、

ドライバー持ってる方が

百倍しっくりくるもん」


「否定できません」


二人で顔を見合わせ、

また笑う。


さっきまで重たかった空気が、

ほんの少しだけ軽くなっていた。


ユカは、

もう一度端末を見る。


赤字は、

まだ消えていない。


指摘された事実も、

変わらない。


それでも。


さっきよりは、

少しだけ違って見えた。


全部を一気に直さなくてもいい。


分からないなら、

聞けばいい。


「……よし」


ユカは椅子に座り直す。


「もうちょっと、

やってみよっか」


「はい!」


ピコが元気よく答える。


朝から憂鬱だった宙曜日。


それでも――


広がりと可能性は、


思っていたより、

近くにあるのかもしれなかった。



※作者の活動報告に各話の設定や裏話などのコメントを書いています。

https://syosetu.com/userblog/list/


※シリーズ第一弾『フラグメンツ・オブ・トゥルース〜最後の投擲』はこちら。

https://ncode.syosetu.com/n8279mq/


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