第13話② 「オシャレカフェで報告書を書く私、かっけー」
データ管理省ビル。
雲を突き抜けるほどの高層階。
全面ガラス張りのフロアには、
官公庁らしい無機質さと、
民間テナントの華やかさが混ざり合っている。
その一角にあるのが、
カフェ《アストラ・ブレンド》。
仕事帰りの職員。
打ち合わせ中の技術者。
端末を広げる研究者。
そんな人たちに混じって、
ユカも窓際の席に座っていた。
目の前には端末。
その横にはピコ。
そして――
「お待たせしました」
小型ドローンが、
紙カップをテーブルへ置く。
《抹茶ラテ・ミルク多め》
「きたー!」
ユカの顔が、
ぱっと明るくなる。
一口飲む。
「ん〜っ!」
満足そうに頬を緩める。
それから、
改めて端末へ視線を戻した。
画面には、
先ほど終えたデータ修復作業の報告書。
ユカはキーボードを叩きながら、
ふと窓へ映る自分を見る。
高層階。
夕暮れ前の街。
抹茶ラテ。
仕事用端末。
ちょっと真剣な顔の自分。
「……ふふ」
「どうしました?」
ピコが首を傾げる。
ユカは、
少しだけ胸を張った。
「“オシャレカフェで報告書を作る私、
かっけー”」
「なるほど」
ピコの目が光る。
「SNSに投稿しますか?」
「だめだめ!」
慌てて手を振る。
「たぶん、気のせいだから」
「自己評価が早いですね」
「こういうのは雰囲気が大事なの!」
「では写真だけでも」
「撮らなくていいー!」
ピコが、
ぴこぴこと明滅する。
ユカは笑いながら、
また報告書へ向き直った。
***
しばらくして。
ピコが、
ふと思い出したように言った。
「そういえば」
「ん?」
「先ほど現場で言っていた、
“空回りしてる感じ”って、
具体的にはどういう状態なんです?」
ユカの指が、
少し止まる。
ストローをつまみ、
抹茶ラテを一口飲む。
「うーん……」
窓の外へ目を向ける。
「自分では、
結構がんばってるつもりなんだけどさ」
「はい」
「思ってるほど、
役に立ててる感じがしないっていうか」
「本日のバグ検出率は、
九十六パーセントでしたが」
「数字の話じゃなくて」
ユカは苦笑する。
「もっとこう……
余裕を持って仕事できると思ってたんだよね」
旅に出る前より、
できることは増えた。
資格も取った。
一人で現場にも出られる。
それでも――
「一人前になったら、
もっと“できる人”っぽくなると思ってた」
「できる人っぽく?」
「うん」
ユカは、
少し照れながら笑う。
「こう……
何でもテキパキやって、
困ってる人をパパッと助けて、
余裕の笑顔で帰ってくる感じ」
「かなり理想化されていますね」
「だよねえ」
自分でも分かっている。
でも。
理想が高いほど、
今の自分との差ばかり目につく。
ピコが少し考える。
「それは、
目指しているレベルが高すぎて、
がんばりすぎているのでは?」
「……たぶんね」
ユカは、
カップの中を見つめる。
「でもさ」
ストローを、
くるくる回す。
「がんばるのやめたら、
それって……私じゃない気がして」
抹茶ラテの表面が、
小さく揺れた。
ピコは、
すぐには何も言わなかった。
ユカ自身も、
答えを求めているわけではない。
ただ。
今はまだ、
そんな自分をどう扱えばいいのか、
分からなかった。
***
しばらくして。
ユカの表情が、
ふっとほどける。
「あっ、そういえば!」
「はい?」
「来週ね」
少し嬉しそうに笑う。
「初給料もらうんだ♪」
ピコの目が、
ぱっと明るくなる。
「おめでとうございます!」
「ありがと!」
ユカは、
両手でカップを包む。
「それでさ」
「はい」
「カイに、
何かプレゼントしたいなって思ってるんだ」
「お礼ですか?」
「うん」
少し照れくさそうに笑う。
「ずっと育ててもらったし」
仕事を教えてもらった。
怒られた。
助けてもらった。
背中を見て、
たくさんのことを覚えた。
「だから、
初めて自分で稼いだお金で
何か返したいなって」
ピコが頷く。
「本人に直接、
欲しいものを聞くという方法もあります」
「それじゃ味気ないじゃん」
ユカは、
いたずらっぽく笑う。
「サプライズがいいの!」
「では、
周囲の方々へヒアリングしてみては?」
「ヒアリング?」
「カイが普段欲しがっているものや、
興味を示しているものを
聞いて回るんです」
ピコの目が、
楽しそうに光る。
「観測データとしても興味深いです」
「そっちが本音でしょ?」
「否定はしません」
「もう!」
ユカは笑った。
「あ、それならいいかも」
指を折る。
「明日、
アランさんと打ち合わせあるし」
もう一本。
「サクラさんとも、
ランチミーティングするし」
顔を上げる。
「その時、
聞いてみよっか!」
「賛成です」
ユカは、
少し楽しそうに端末へ向き直った。
***
やがて。
最後の一文を書き終える。
誤字確認。
添付ファイル。
作業時間。
修復率。
全部チェック。
「……よし」
ユカは、
少しだけ背筋を伸ばした。
そして。
《送信》
ボタンを押す。
「送信完了です」
ピコが告げる。
「お疲れさまでした」
「ふぅ〜……」
ユカは、
椅子の背もたれへ身体を預けた。
「がんばったぁ……」
残っていた抹茶ラテを手に取る。
そして。
窓ガラスへ映る自分を、
もう一度見る。
「今日の私は……」
少し考える。
「まあまあ、“かっけー”!」
「自己肯定指数、
上昇中です」
「えへへ」
ユカは笑った。
「この勢いなら、
明日はもっと“うまくやれる”気がする」
窓の外。
夕暮れのアストラ・シティ。
高層ビル群の間を、
橙色の光が流れていく。
ユカは、
紙カップを小さく掲げた。
旅をして。
仕事を覚えて。
少しずつ、
大人になっていく。
その一口は――
ほんの少しだけ、
“大人の味”がした。
※作者の活動報告に各話の設定や裏話などのコメントを書いています。
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※シリーズ第一弾『フラグメンツ・オブ・トゥルース〜最後の投擲』はこちら。
https://ncode.syosetu.com/n8279mq/




