第13話① 「翠曜日の空回り」
《Analog Mind Café》――
そこは、
この世とあの世のあいだ。
生きている人と、
もういない人の魂が、
ほんの少しだけ、
同じ時間を過ごせる場所。
私の育て親、
カイの恋人だったユナお姉ちゃん。
私が小さいころに、
亡くなってしまった人。
写真でしか知らなかった。
声も知らなかった。
どんなふうに笑うのかも、
本当は知らなかった。
でも――
あの日。
私は確かに、
ユナお姉ちゃんと会った。
《Analog Mind Café》で。
***
「十回やって――」
ボードゲームの盤を囲みながら、
ユカは指を折る。
「私が五勝!」
一本。
「ユナお姉ちゃんが五勝!」
もう一本。
そして――
最後の指を、
カイへ突きつけた。
「カイ、ゼロ勝!」
「おまえら強すぎだろ!」
カイが頭を抱える。
「ちょっとは手加減しろって!」
「あら?」
ユナは涼しい顔で笑った。
「ちゃんと手加減してるわよ」
「してるしてる!」
ユカもすぐに乗っかる。
二人で顔を見合わせ――
「ねー?」
声が重なった。
カイは頭をかきむしる。
「絶対ウソだろ……」
悔しそうで。
でも、
どこか嬉しそうだった。
ユナが笑う。
ユカも笑う。
カイも、
最後にはつられて笑った。
なんでもない時間だった。
世界の危機もない。
戦いもない。
ただ三人で、
ボードゲームをしていただけ。
でも――
たしかに。
幸せだった時間。
***
ノートの端。
小さな女の子の落書き。
その隣には、
少し歪んだ文字が残っている。
《負けるなカイ!》
***
この世界の一週間は、
《七律曜日》でできている。
週の始まりは燈曜日。
炎曜日。
翠曜日。
宙曜日。
影曜日。
夢曜日。
そして最後が、
静曜日。
今日は――
翠曜日。
***
アストラ・シティ。
雲より高く伸びるビル群。
幾重にも交差する空中回廊。
街中を流れる無数のデータ光。
世界連合政府の首都は、
朝から忙しく動き始めていた。
その郊外。
少し古びた二階建ての建物。
入口には、
見慣れた看板が掛かっている。
《Kai Seiran : AI Troubleshooting & Innovation》
――カイ・セイランのAI問題何でも屋。
一階は仕事場。
二階は、
ユカとカイが暮らす場所。
朝。
窓の外は、
すでに淡いデータ光で満ちていた。
鏡の前で、
ユカが制服の襟を整える。
「よし……」
そして。
胸元に付けられたIDタグへ、
そっと指を触れた。
《三級データ修復士》
半年ほど前までは、
《見習い》。
でも今は違う。
試験に合格した。
資格も取った。
単独で担当できる仕事も増えた。
もう、
誰かの後ろについて歩くだけじゃない。
ちゃんと――
一人前。
……のはずだ。
ユカは、
鏡の中の自分を見る。
「……よし!」
両頬を軽く叩く。
「今日も、がんばろっ!」
にこっと笑う。
でもその声には、
ほんの少しだけ――
自分自身へ言い聞かせるような響きが、
残っていた。
***
アストラ・シティ郊外。
空中回廊沿いに建つ、
古いデータ中継塔。
ユカは制服から、
専用の防護服へ着替えていた。
腰には修復ツール。
腕には解析端末。
隣ではピコが、
作業データを確認している。
今日は――
三級データ修復士になってから、
初めて任された単独現場。
もちろんピコはいる。
でも、
現場責任者はユカだ。
「記録領域、接続!」
ユカが端末を操作する。
無数のログが、
空中に展開される。
破損箇所。
欠落データ。
異常なループ。
ひとつずつ確認し、
修復していく。
迷った時は立ち止まり。
もう一度確認して。
また進む。
やがて――
ピコン。
解析結果が表示された。
ピコの目が明るく光る。
「バグ検出率、九十六パーセント!」
ユカが顔を上げる。
「ほんと?」
「はい!」
ピコが、
くるりと空中で回った。
「もう一人前ですね!」
「……ありがと、ピコ」
ユカは笑った。
でも。
その笑顔が、
少しだけ弱い。
ピコが首を傾げる。
「嬉しくないんですか?」
「嬉しいよ」
「では、なぜその顔を?」
「うーん……」
ユカは、
修復したデータ群を見上げた。
九十六パーセント。
悪くない。
むしろ、
初めての単独現場なら十分すぎる結果だ。
それでも――
「私ってさ」
「はい?」
「ちゃんと一人前……
なのかな」
「三級データ修復士ですよ?」
「それは分かってるんだけど」
ユカは苦笑する。
「なんか……
余裕がない気がして」
「スキル的な問題ですか?」
「ううん」
少し考える。
胸の奥を探すように。
そして、
小さく首を振った。
「気持ちのほう」
ピコが、
じっとユカを見る。
「仕事はできるようになったし、
前より失敗も減った」
「はい」
「資格も取れたし、
一人でも現場に来られる」
「はい」
「なのに……」
ユカは、
少し困ったように笑った。
「もっとちゃんとしなきゃって、
ずっと思ってる感じ」
「なるほど」
「がんばってるのにさ」
視線を落とす。
「なんか……
空回りしてる感じなんだよね」
ピコは、
少しだけ首を傾げた。
ユカ自身も、
まだうまく説明できなかった。
旅を終えて。
少し成長して。
できることも増えた。
なのに――
なぜか、
自分だけが前へ進めていないような。
そんな感覚。
ユカは、
ふるふると首を振った。
「ま、考えてても仕方ないか!」
工具を片づける。
「作業完了!」
いつもの笑顔を作る。
「報告書、書こっか!」
「はい!」
ピコが元気よく返事をする。
翠曜日は、
まだ始まったばかりだった。
※作者の活動報告に各話の設定や裏話などのコメントを書いています。
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※シリーズ第一弾『フラグメンツ・オブ・トゥルース〜最後の投擲』はこちら。
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