第12話②「父親の気持ちってやつ」
その後。
カイと合流したユカとピコは、
セラフィム・シティの静かな路地を歩いていた。
目的地は、
古びた骨董品店。
旅の始まりで、
ユカがレンと出会った場所だった。
カラン――
扉を開ける。
店の奥から、
何かを落としたような音がした。
続いて、
慌ただしい足音。
「ユカ!」
レンが飛び出してくる。
「よかった……!」
ユカの姿を確かめるように、
頭から足元まで見る。
「本当に……無事だったんだな」
「レン……!」
ユカも、
ほっとしたように笑った。
あの黒い亀裂に飲み込まれた時。
もう会えないかもしれないと、
少しだけ思った。
だから今。
こうして目の前にいる。
それだけで、
胸の奥が温かくなる。
「ありがとう」
ユカが笑う。
「あなたと旅ができて、
本当に楽しかった」
レンの表情が、
少しだけ柔らかくなった。
「俺のほうこそ」
照れくさそうに視線を逸らす。
「ありがとな」
そして、
もう一度ユカを見る。
「一緒に過ごせて……
本当によかった」
二人は、
自然に笑い合った。
それだけで、
伝わるものがあった。
それなのに――
そこから先の言葉が出てこない。
ユカは指先をもじもじさせる。
レンは、
棚の骨董品を意味もなく眺める。
「…………」
「…………」
その様子を、
ピコが交互に見る。
「……どうしたんですか?」
二人の顔を覗き込む。
「話すことがないなら、
そろそろ帰りますか?」
「あっ!」
ユカが慌てる。
「い、いや、その……!」
「そ、そうそう!」
なぜかレンまで慌てる。
「なんていうか……
その……!」
「……?」
ピコが首を傾げた。
少し離れた場所で見ていたカイが、
苦笑する。
ユカは胸元に手を当てた。
そして。
勇気を出すように、
レンを見る。
「……ねえ」
「ん?」
「私……」
声が、
少し小さくなる。
「時々、
会いに来ても……いいかな?」
「……!」
レンが固まった。
顔がみるみる赤くなる。
「それが……」
言いづらそうに口を開く。
「実は俺、
しばらくここを離れるんだ」
「え?」
「一族の掟でさ」
レンは、
少し困ったように笑った。
「隠れ里にこもって、
セラ一族の技術を
本格的に学ばなきゃいけない」
「……そっか」
「しかも」
さらに言いづらそうになる。
「ネットも繋がらない」
「ええっ!?」
ユカが目を丸くする。
「ネットも!?」
「そこに一番驚くのかよ!」
「だって、それじゃ連絡できないじゃん!」
言ってから。
ユカの表情が、
少し曇った。
しばらく。
会えない。
旅の途中では、
当たり前のように隣にいた。
朝起きれば。
何か起これば。
振り返れば。
そこにレンがいた。
その時間が、
終わる。
「……そっか……」
ユカが俯く。
レンも、
そんなユカを見て言葉に詰まる。
やがて。
「でも……」
ユカが顔を上げる。
「ん?」
「手紙は書く」
「……手紙?」
「ああ」
レンは、
少し照れながら笑った。
「ネットがなくても、
手紙なら送れる」
ユカの目が、
大きくなる。
「だから――」
レンは、
まっすぐユカを見る。
「会えなくても、
ちゃんと書くよ」
不器用な言葉だった。
でも。
それはレンなりの、
精一杯の約束だった。
「…………」
ユカの目に、
涙が溜まっていく。
「ユカ?」
次の瞬間。
ぎゅっ。
「っ……!?」
ユカが、
レンへ抱きついた。
レンの身体が、
完全に固まる。
「ゆ、ユカ!?」
「……ごめん」
そう言いながらも、
離れない。
「ちょっとだけ……」
レンの顔が、
さらに赤くなる。
どうすればいいのか分からず、
両手を宙に浮かせる。
やがて。
ゆっくりと。
ユカの頭へ手を置いた。
そして、
柔らかな髪を撫でる。
「……大丈夫」
ユカの肩から、
少しだけ力が抜ける。
「ちゃんと書くから」
「……うん」
少し離れた場所では。
カイが、
なんとも言えない顔をしていた。
腕を組む。
眉間に皺が寄る。
「…………」
ピコが、
空中でぽよんと浮かぶ。
「カイ?」
「いや……」
カイは、
抱き合う二人を見る。
「なんていうか……」
さらに複雑な顔になる。
「……これが」
小さく息を吐く。
「娘を持つ父親の気持ちってやつか……」
ピコが、
しみじみと頷いた。
「複雑ですねえ〜」
「おまえに分かるのか?」
「データ的には」
「それ絶対分かってないだろ」
ようやくユカが、
レンから離れる。
袖で涙を拭く。
それでも、
最後には笑った。
「手紙、待ってるからね」
レンも笑う。
「ああ」
少し強く頷いた。
「必ず書く」
二人の間には、
まだ言葉にできないものが残っていた。
でも。
それでよかった。
全部を言葉にしなくても。
離れていても。
きっと、
届くものはある。
***
セラフィム・シティ駅。
高い天井の下に、
銀色の空中列車が停車していた。
ユカ、ピコ、カイ、リサ、トモが
車両へ乗り込む。
ユカたちが腰を下ろしたのは、
向かい合わせの座席が並ぶボックス席。
窓側にユカ。
その向かいにカイ。
ピコは、
二人の間のテーブルの上を
ふわふわと漂っている。
そして通路を挟んだ隣のボックス席には、
リサとトモが並んで座っていた。
窓の外。
ホームには、
レンが立っている。
発車ベルが鳴った。
プシュッ――
扉が閉まる。
列車が、
ゆっくりと動き始める。
「レンーっ!!」
ユカは窓際の席から身を乗り出すようにして、
両手を大きく振った。
ホームのレンが、
顔を上げる。
「ユカ!!」
そして――
走り出した。
列車に沿って。
「元気でなーっ!!」
「レンもーっ!!」
ホームが流れていく。
柱が過ぎる。
駅の景色が、
どんどん遠ざかる。
それでもレンは走った。
ユカも窓に張りつくようにして、
懸命に手を振る。
「手紙ーっ!」
「書くーっ!!」
「絶対だからねーっ!!」
「わかってるーっ!!」
やがて。
レンの姿が、
小さくなる。
それでも。
最後の最後まで。
彼は手を振っていた。
ユカも――
その姿が見えなくなるまで、
ずっと。
ずっと、
手を振り続けた。
やがてレンの姿が、
完全に見えなくなる。
ユカはしばらく窓の外を見つめていた。
向かいに座るカイは、
そんなユカを何も言わず見守っている。
ピコも、
珍しく口を挟まない。
その時。
通路の向こうから、
くすっと笑う声が聞こえた。
ユカが振り向く。
隣のボックス席で、
リサが頬杖をつきながら笑っていた。
「……青春だねえ」
その向かいでは、
トモも穏やかに微笑んでいる。
「うん」
もう見えなくなったホームの方へ目を向ける。
「青春だね」
「……?」
ユカが、
通路越しに二人を見る。
「何が?」
リサとトモは顔を見合わせた。
そして――
同時に笑う。
「なんでもない」
「なんでもないよ」
「えーっ?
なにそれー!」
ユカは納得できない顔で頬を膨らませる。
その向かいで、
カイが小さくため息をついた。
「……本人だけ、
全然わかってないんだよなあ」
「カイまで何!?」
ピコが、
ぴこぴこと明滅する。
「解析しますか?」
「しなくていいーっ!」
車内に、
笑い声が広がった。
窓の外では、
セラフィム・シティの街並みが
ゆっくりと遠ざかっていく。
出会い。
別れ。
言えなかった言葉。
交わした約束。
そして――
まだ名前のついていない想い。
そのすべてを乗せて。
今、万感の思いを込めて列車が行く。
一つの旅は終わり、
また新しい旅立ちが始まる。
※作者の活動報告に各話の設定や裏話などのコメントを書いています。
https://syosetu.com/userblog/list/
※シリーズ第一弾『フラグメンツ・オブ・トゥルース〜最後の投擲』はこちら。
https://ncode.syosetu.com/n8279mq/




