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第12話①「歴史の真相」

セラフィムの里。


巨大なクレーターの底に、

石造りの家々が円を描くように並んでいる。


その縁。

最も高い場所に、

ひときわ大きな屋敷が建っていた。


セラ一族の族長が暮らす居館。


その奥にある研究室で、

ひとりの少女が淡い光を見つめていた。


若き族長――セラ・セラフィム。


後に、

《賢妃セラ》と呼ばれる人物である。


傍らには、

従者ピコリオが控えていた。


――一か月前。


セラ一族が生み出した禁忌の技術、

《虚無データ》。


その暴走を、

セラは辛うじて封印したばかりだった。


机の中央で、

小さな結晶が淡く脈動している。


《MELIORA》。


「……封印は、できました」


セラは結晶を見つめたまま続ける。


「ですが、あれはいずれ復活します」


ピコリオの表情が強張った。


「そして、その時――

今のままでは止められません」


セラが《MELIORA》へ手をかざす。


「封印の際に、

この力を使い切ってしまいましたから」


「そ、それでは……」


「新たな力を込めます」


「新たな力……ですか?」


セラは目を閉じた。


「人の想いです」


そして、

確信を込めて告げる。


「“強い希望”を――込めます」


***


「世界の平和を――」


…………。


何も起こらない。


「……反応、ありません」


「……あれ?」


セラの眉が寄る。


「では――人類の幸福を」


…………。


変化なし。


「争いのない未来を――」


…………。


《MELIORA》は、

淡い光を放ったままだった。


世界の繁栄。


人々の安寧。


一族の未来。


どれも、

反応しない。


やがてセラは、

机に突っ伏した。


「……ダメですね」


「これほどセラ様が

強く願っているのに……」


「……ええ」


頬を机につけたまま、

セラが結晶を見る。


「強く込めているのに……

どうして響かないのでしょう」


しばらくして。


「……お腹、空いた……」


お腹を押さえる。


「……ラーメン、食べたい……」


その瞬間。


カッッッ!!


「なっ!?」


《MELIORA》が、

爆発するような光を放った。


「えええーーっ!?」


先ほどまでとは、

明らかに違う。


脈動。


共鳴。


明確な応答。


「共鳴率……最大値です!」


「……成功……?」


セラは呆然と解析画面を見つめる。


「どうして……?」


直前に何を考えていたのか。


思い返す。


「…………」


やがて呟いた。


「……ラーメン……?」


《MELIORA》は、

誇らしげに光っている。


「……なるほど」


「何かわかったのですか?」


「ええ」


セラは結晶を優しく見つめる。


「“リアルにイメージできていること”でなければ、

ダメなのですね」


「リアルに……?」


「世界平和も人類の幸福も、

本気で願っています。

ですが――」


少し考える。


「その完成した姿を、

私は具体的に思い描けていなかった」


セラは微笑んだ。


「必要だったのは、

想いの強さでも、

願いの正しさでもない」


「“リアルさ”だったのです」


ピコリオが頷く。


「それが今回は……」


二人の視線が合う。


「ラーメンだった、と」


「……ええ」


セラは少し頬を赤くした。


「間違いありません」


《MELIORA》を見つめる。


「心から具体的に描ける願い」


その光を瞳に映す。


「それが――

世界を動かす力……」


ピコリオが、

ふと記録装置を見る。


「……セラ様」


「はい?」


「この実験、

すべて公式記録として保存されています」


「……え?」


画面には――


『ラーメン、食べたい』


音声波形まで、

完璧に残っていた。


「…………」


「このままでは後世に、

《MELIORA》は

“セラ様の食欲によって起動した”と――」


「消して」


「はい?」


「今すぐ」


「ですが!

貴重な実験記録ですよ!?」


セラは、

にっこり微笑んだ。


「これは――

内緒にしておきましょう」


「えええっ!?」


「後世の人たちも、

きっと辿り着けます」


《MELIORA》へ視線を戻す。


「私たちと同じように」


こうして。


《MELIORA》には、

新たな“希望”が刻まれた。


だが――


その希望の正体が、

とんこつ醤油のガッツリ系ラーメンだったことを知る者は、


セラとピコリオ。


ただ二人だけだった。


「……でも、あとで食べましょう」


「やっぱり食べるんですね」


「もちろん」


きっぱり答える。


「とんこつ醤油のガッツリ系で」


「……そこはブレないんですね」


その夜。


屋敷の厨房には、

湯気と濃厚な香りが漂っていた。


「セラ様、できました」


ピコリオが丼を置く。


窓辺に立っていたセラが振り返り、

満面の笑みを浮かべた。


「ありがとう、ピコリオ」


***


「この人が……賢妃セラ……」


時は流れ――


セラフィム美術館。


高い天井から柔らかな光が差し込む、

荘厳な展示室。


その中央に、

一枚の巨大な肖像画が飾られていた。


《賢妃セラと従者ピコリオ》


作者――

ディエゴ・スロネスケス。


セラ一族を代表する肖像画家であり、

歴代族長の肖像を数多く残した人物である。


華美な装飾でモデルを飾り立てるより、

暗い背景と抑えた色彩の中から、

その人物そのものを浮かび上がらせる。


衣装の豪華さよりも、

視線。


立ち姿。


表情。


そこに宿る知性や威厳、

そして人間性を描くことを得意とした。


その最高傑作とされるのが、

目の前の肖像だった。


窓辺に立つ賢妃セラ。


わずかに伏せた視線。


流れるようなドレス。


気品。


威厳。


触れることさえためらうような神聖さ。


それでいて――


過剰に美化されているわけではない。


そこに本当に一人の人間が立っている。


そんな不思議な存在感があった。


ユカは、

ぽかんと見上げる。


「……すごい」


思わず呟いた。


「なんか……

めちゃくちゃ近寄りがたい雰囲気だね」


隣のピコが、

少し誇らしげに胸を張る。


「当然です。

この方こそ、

現在の“族長セラ”という称号の

由来となった伝説的人物」


さらに作品解説へ視線を向ける。


「そして、この肖像を描いた

ディエゴ・スロネスケスも、

当時を代表する天才画家です」


「スロネスケス?」


「はい。

人物を過剰に美化せず、

威厳と人間らしさを同時に描くことで

知られていました」


ユカは、

もう一度肖像画を見る。


「へえ……」


その端には、

控えめに少年が描かれている。


「あれ?

この隣の人は?」


「従者ピコリオです。

賢妃セラを陰で支えた人物とされています」


「ピコリオ……」


ユカが、

ピコを見る。


「ピコと、ちょっと似てるね」


「そ、そうでしょうか……?」


なぜかピコは、

少し照れたように視線を逸らした。


「賢妃セラは偉大な科学者でもあり、

《MELIORA》を生み出した人物とも

伝えられています」


「……そっか」


ユカは胸元へ手を添えた。


ペンダントの中で、

《MELIORA》が静かに光っている。


「……あ」


何かを思い出した。


「ねえ、ピコ」


「はい?」


「虚無データと戦った時さ」


首を傾げる。


「これを発動させた瞬間――」


ユカは真剣な顔で言った。


「なんか急に、

ラーメン食べたくなったんだよね」


「……はい?」


ピコの目が点になる。


「いや、ほんとに」


「なぜそこでラーメンが?」


「私にもわかんない」


ユカは、

再び肖像画を見上げた。


気高く。


美しく。


神聖な賢妃セラ。


「もしかしてさ」


嫌な予感がしたのか、

ピコがユカを見る。


「賢妃セラって――」


大真面目な顔で言った。


「ラーメン好きだったりするのかな?」


「いやいやいやいや!!」


即座に全力否定。


「この肖像画をご覧ください!

この気品! この神聖さ!」


ピコは両手を広げる。


「しかもスロネスケスが描いた

歴史的傑作ですよ!」


「それ、ラーメンと関係ある?」


「ありません!

……まったく!」


「えーっ?」


ユカは納得しない。


「でも、すっごくリアルだったよ?」


目を閉じる。


「湯気とか……

スープの匂いとか……

こう、こってりした感じとか」


「気のせいです!

完全に気のせいです!」


「そうかなあ……」


ユカは、

もう一度肖像画を見上げた。


窓辺に佇む、

近寄りがたいほど高貴な女性。


スロネスケスが描いたその口元が――


ほんの少しだけ。


やわらかく笑っている。


後世の美術史家たちは、

それを《民を慈しむ賢妃の微笑》と評したという。


ユカは首を傾げた。


「……でも、この顔」


少し笑う。


「なんか美味しいもののこと

考えてるようにも見えるけど」


「そんなわけありません!!」


「絶対そうだってー!」


「違います!」


二人は言い合いながら、

展示室の奥へ歩いていく。


誰にも知られていない、

歴史の真相を――


ほんの少しだけ、

かすめながら。



※作者の活動報告に各話の設定や裏話などのコメントを書いています。

https://syosetu.com/userblog/list/


※シリーズ第一弾『フラグメンツ・オブ・トゥルース〜最後の投擲』はこちら。

https://ncode.syosetu.com/n8279mq/


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