第11話②「愛という調律」
ユカは、
胸の奥に溜めていたものを
全部吐き出すように、
身を乗り出した。
「カイ、ユナお姉ちゃん!」
二人が、
同時にユカを見る。
「私ね、この旅で――
本当にたくさんの人に会って、
いっぱい、いっぱい学んだの!」
その真っ直ぐな声に、
カイとユナは顔を見合わせた。
カイが、
少し嬉しそうに笑う。
「……そうか」
テーブルの料理を指さす。
「じゃあ、食べながら聞かせてくれ」
「うん!」
ホールケーキの上に、
十七本のロウソクが灯される。
ユカは、
揺れる炎をしばらく見つめた。
そして――
ふうっ。
一息で吹き消す。
カイとユナが拍手する。
「おめでとう、ユカ」
「十七歳、おめでとう!」
「えへへ……ありがと!」
三人の前に、
温かなコーヒーが置かれる。
カップを掲げる。
「ユカの誕生日と――」
カイが言う。
ユナが続けた。
「ユカの旅に――」
三人で笑う。
「乾杯!」
カップが、
小さな音を立てて触れ合った。
コーヒーの湯気の向こうで、
ユカは旅の話を始めた。
***
最初は――
サザン・シティ。
「私ね、あの頃は、
誰かのために自分が我慢するのが
“善”だと思ってたんだ」
ジロウと出会い、
それがLose-Winの善だと気づいた。
自分を犠牲にして、
相手だけを勝たせる。
それでは、
いつか誰かが壊れてしまう。
次は、
サンサーラ・シティ。
良いことをしたはずなのに、
その先で誰かが不幸になることもある。
「善って、
やれば終わりじゃないんだって知った」
その結果まで、
見届けなければならないこと。
そして――
ラヴィという、
不思議な少年に出会ったこと。
セラフィム・シティでは、
レンと出会った。
「最初はね、
ほんっとに感じ悪かったんだから!」
「お前が言うのか?」
カイのツッコミに、
ユカが頬を膨らませる。
「だって本当だもん!」
それでも。
レンのWin-Loseの善と、
自分のLose-Winの善。
正反対の二人がぶつかり合ったからこそ、
その間にある答えを探した。
「それで初めて、
Win-Winっていう考え方に
ちゃんと辿り着けたんだと思う」
シャリーア・シティでは、
さらに難しいことを知った。
正しい者と、
間違った者が戦うとは限らない。
正しさと正しさが、
ぶつかることもある。
どちらかを完全に否定するのではなく、
完璧ではなくても、
前へ進める形を作る。
そして――
レッド・シティ。
レンやピコと一緒に、
データシンドロームの患者たちを救った。
バルジと、
善審査システムの中で戦った。
「バルジの善も……
全部が間違ってたわけじゃなかった」
秩序。
安定。
全体を守ること。
どれも必要なものだった。
けれど――
「そこに、
“人”がいなかったんだ」
誰が傷つくのか。
誰が選ぶのか。
誰が苦しむのか。
それを忘れてしまえば、
どれだけ正しく見える善でも、
人を押し潰してしまう。
そして最後に。
虚無データと出会った。
***
ユカの話は、
途切れることなく続いた。
その間にも。
ケーキは一個。
二個。
そして――
三個。
きれいに消えていった。
三個目のホールケーキを完食し、
ユカは満足そうにフォークを置いた。
「それでね」
少しだけ、
声が柔らかくなる。
「自分でも一番びっくりしたのが……
虚無データを“誰か”として
感じられたことなの」
カイとユナが、
ユカを見る。
「最初は怖かったよ」
世界を飲み込む黒い存在。
何もかも消してしまう力。
普通なら、
倒すことしか考えなかった。
「でも……
声が聞こえたんだ」
《タスケテ》
あの声を思い出す。
「怖くて、苦しくて……
どうしていいかわからなくて」
ユカは、
自分の胸に手を置く。
「たぶん私……
この旅をしてなかったら、
あの子をそういうふうには
見られなかったと思う」
旅で出会った人たち。
違う考え。
違う善。
何度も間違えて。
何度も迷って。
それでも、
相手の側から見ようとしてきた。
その全部が――
最後の瞬間に、
自分を支えてくれた。
セラ博士から教わった、
再発防止。
カイから教わった、
今あるリソースを活かすこと。
レン。
ピコ。
リサ。
トモ。
旅で出会った、
すべての人たち。
「だから、気づいたの」
ユカの目に、
確かな光が宿る。
「相手が誰でも……
たとえ虚無データでも」
微笑む。
「一緒に、
もっといい答えを探せる」
Win-Winの善。
どちらかを消さない。
どちらかだけを救わない。
「一緒に助かる方法を、
探せるんだって」
ユナが、
感心したように息を吐いた。
「……すごいわね」
そして、
少し身を乗り出す。
「じゃあユカ」
「ん?」
「《MELIORA》の
“心の共鳴”は、
どうやって起こしたの?」
「うーん……」
ユカは、
コーヒーカップを指先でくるくる回した。
「それが……
うまく説明できないんだよね」
言葉を探す。
虚無を抱きしめた時。
自分は、
何を考えていただろう。
倒したいとは思わなかった。
支配したいとも、
変えたいとも思わなかった。
ただ。
苦しまなくていいように。
ひとりじゃないと、
伝えたかった。
そして――
自然と言葉が出た。
「たぶん……」
ユカは、
ゆっくり顔を上げる。
「究極の善って、
“愛”なんだと思う」
カイが、
わずかに目を見開く。
ユナは何も言わず、
続きを待っている。
ユカ自身も、
少し驚いていた。
あの戦いの時は、
そこまで考えていなかった。
なのに今は。
その言葉が、
不思議なくらい自然に出てきた。
「でもね」
ユカは続ける。
「愛って、
相手を自分の思い通りに
変えることじゃないと思うの」
違うままでいい。
完全に同じにならなくてもいい。
それぞれの音を、
消さなくていい。
「違うもの同士が、
そのまま繋がって――」
ユカは、
指先を重ねる。
「お互いの音を聞きながら、
少しずつ合わせていく」
微笑む。
「共鳴っていうか……」
言葉を探し、
そして。
「“調律”みたいなものなのかな」
ユナの表情が変わった。
「……ユカ」
「え?」
「それ――」
ユナは、
静かに微笑む。
「賢妃セラが残した言葉と、
ほとんど同じよ」
「ええっ!?」
ユカが目を丸くする。
カイも、
考え込むように腕を組んだ。
「なるほどな……」
ユカを見る。
「システムと人の心を、
無理に一致させたんじゃない」
「うん」
「違うまま、
共鳴できる場所を作ったのか」
ユカは、
少し考えてから頷いた。
「……たぶん!」
「たぶんかよ」
「だって必死だったんだもん!」
カイが笑う。
ユナも、
柔らかく微笑んだ。
「それが――」
ユカを見る。
「“ユカ”という存在の
特異点なのかもしれないわね」
「えっ!?」
ユカが慌てて手を振る。
「ええっ!?
そ、そんな大したものじゃないよー!」
「ホールケーキを三個食べながら言われてもな」
「そこ関係ないでしょー!」
「あると思う」
「ユナお姉ちゃんまで!?」
三人の笑い声が、
《Analog Mind Café》に広がっていく。
テーブルの上には、
まだ七個のホールケーキ。
旅の話も。
ユカの十七歳の夜も。
まだ、
もう少し続きそうだった。
※作者の活動報告に各話の設定や裏話などのコメントを書いています。
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※シリーズ第一弾『フラグメンツ・オブ・トゥルース〜最後の投擲』はこちら。
https://ncode.syosetu.com/n8279mq/




