第11話①「Analog Mind Café」
やわらかな光が滲んでいた。
まぶたの裏に、
あたたかな明るさを感じる。
ユカは、ゆっくりと目を開けた。
「……あれ……私……?」
身体を起こそうとして、
ふわりと毛布に包まれる。
柔らかい。
あたたかい。
それだけで、
張りつめていた身体から少し力が抜けた。
けれど――
すぐに記憶が蘇る。
闇。
どこまでも続く落下。
凍えるような寒さ。
そして――
自分へ伸ばされた手。
「……カイ……」
あの手を掴んだ。
確かに、
カイに抱き止められた。
そのあと、
辺りが光に包まれて――
そこから先が思い出せない。
「……ねえ、ピコ……?」
いつもなら、
呼べばすぐに返事が返ってくる。
けれど。
何も聞こえなかった。
「……ピコ?」
不安が胸をよぎる。
ユカは毛布を抱いたまま、
周囲を見渡した。
木目の床。
やさしい色の照明。
使い込まれたテーブル。
壁際には、
ずらりと並ぶボードゲームの箱。
そして鼻をくすぐる、
焙煎したコーヒーと紙の匂い。
「……ここって……」
胸の奥がざわめく。
知っている。
大切な人たちの思い出が、
たくさん詰まった場所。
「……Analog Mind Café……?」
見覚えのある店内。
けれど、
ユカが知っている店よりも、
どこか輪郭がやわらかい。
夢の中の景色のようで、
それでいて不思議なほど落ち着く。
その時。
カウンターの奥から、
足音が聞こえた。
一人の女性が姿を現す。
ユカは息を止めた。
穏やかな笑顔。
セラ博士を思わせる面影。
そして何より――
毎日、
机の上の写真で見ていた顔。
女性はユカを見ると、
心から安心したように微笑んだ。
「よかった……ちゃんと目を覚ましたのね」
ユカの唇が震える。
「……ユナ……お姉ちゃん……?」
写真でしか知らない。
会ったことなんて、
一度もない。
それなのに。
胸の奥が、
この人を知っていると告げていた。
ユナは、
少し嬉しそうに笑った。
「ふふ。何気に“初めまして”なのよね、ユカ」
そう言って、
ユカの顔を覗き込む。
「でも……全然、そんな気がしないわ」
ユカも、
つられるように笑った。
「……うん」
目の奥が熱くなる。
「私も……そんな気がしない」
しばらく顔を見つめてから、
ユカは我に返った。
「あっ! レンは!? ピコは!?」
身を乗り出す。
「二人は無事なの!?
それに、ここはいったい――」
「大丈夫」
ユナが、
落ち着かせるように微笑む。
「二人とも無事よ」
「……ほんと?」
「ええ。あとでちゃんと会えるわ」
その言葉を聞いた瞬間、
ユカの肩から力が抜けた。
「……よかったぁ……」
大きく息を吐く。
そんなユカを見て、
ユナは楽しそうに立ち上がった。
くるりと一回転。
両手を大きく広げる。
「そして、ここはね――」
いたずらっぽく笑う。
「“好きなときに入れて、好きなときに出ていける場所”」
ユカが目を丸くする。
ユナは満面の笑みを浮かべた。
「Analog Mind Caféへ、ようこそ!」
「……ふふっ」
ユカは、
思わず吹き出した。
不思議だった。
さっきまで胸の中にあった不安が、
少しずつ溶けていく。
まるで――
ずっと昔から、
ここへ帰ってきたかったような。
「カイーっ!」
突然、
ユナが店の奥へ声を飛ばした。
「ユカ、起きたわよー!」
その名前を聞いた瞬間。
ユカの心臓が、
きゅっと跳ねた。
(……カイ……)
闇の中で、
自分の手を掴んでくれた人。
ずっと会いたかった人。
ユカは毛布を握りしめる。
そして、
ゆっくりと息を吸った。
***
「そうか、よかった!」
カウンターの奥から、
聞き慣れた声が返ってくる。
けれど今は、
その声が妙に胸へ染みた。
「ちょうど最後の分が焼き上がったところだ」
カイが姿を現す。
ユカは何か言おうとして――
その向こうに広がる光景を見て、
完全に言葉を失った。
テーブルいっぱいのオードブル。
湯気を立てる料理。
そして。
「……え?」
ホールケーキ。
ホールケーキ。
ホールケーキ。
まだある。
さらにある。
「……えええ?」
数えてみる。
一、二、三――
十。
ホールケーキが、
十個並んでいた。
カイが、
少し気まずそうに頭をかく。
「遅くなったけど……」
ユカを見る。
「17歳の誕生日、おめでとう。ユカ」
「わあ……!」
ぱっと表情が輝いた。
瞳がきらきらする。
身体が勝手に前へ出る。
――が。
「…………」
ユカは止まった。
何かを思い出す。
次の瞬間。
ぶんぶんぶんっ!
激しく首を振り、
毛布を引き寄せる。
そのまま、
すっぽり頭まで潜った。
毛布の隙間から、
じとーっとした目だけを出す。
「……」
「……ユカ?」
カイが首を傾げた。
「どうした?」
本気で分かっていない顔だった。
ユナが、
額に手を当てる。
「……もう。本当に鈍いんだから」
「え?」
「17歳の女の子が、
どれだけ大変な思いをしたと思ってるの?」
ユナが腰に手を当てる。
「まず、ちゃんと事情を説明してあげなさい」
カイの顔が固まる。
「……あっ」
ようやく気づいたらしい。
「そ、そうだった!」
慌てて姿勢を正す。
「すまん、ユカ!」
毛布の中から、
まだ目だけが見ている。
カイは、
これまでの事情を話し始めた。
潜入任務のため、
急遽家を空けることになったこと。
指輪の出力が落ちていたため、
本当は修理を頼むつもりだったこと。
けれど通信障害によって、
それを伝えられなかったこと。
さらに、
リサたちと協力しながら、
善審査システムを破壊する機会を探っていたこと。
ところが――
そこへユカたちが飛び込んできた。
「特に善審査システムは厄介だった」
カイの表情が引き締まる。
「場合によっては、
バルジと直接ぶつかることも想定してた」
毛布の中で、
ユカが黙って聞いている。
「だから俺は……」
カイはユカを見る。
「お前に、“善とは何か”を調べて、
自分で考えてもらおうと思ってたんだ」
少し苦笑する。
「まあ、それも通信不良で、
結局伝えられなかったけどな」
「…………」
「でも」
カイの声が、
少しやわらかくなる。
「結果的に――」
毛布が、
もぞっと動く。
「一番“善”について深く考えて、
答えを見つけたのは」
カイは笑った。
「お前だったみたいだな」
「……えへへ……」
毛布の中から、
小さな笑い声が漏れる。
ユカが、
そろそろと顔を出した。
「でも……」
少し照れながら笑う。
「みんながいてくれたおかげだよ」
カイは、
しばらくそんなユカを見つめた。
「……まさか、バルジ相手に勝つとはな」
そして。
「本当によくやった」
その言葉に、
ユカの目が少し見開かれる。
「誇りに思うぞ、ユカ」
ユナも、
優しく微笑んだ。
「ええ。本当に立派だったわ」
「……っ」
ユカが何か言うより先に、
カイの手が伸びてくる。
くしゃっ。
頭を撫でられた。
「ちょ、ちょっと……!」
抗議する。
けれど――
その手を振り払おうとはしなかった。
むしろ。
ユカは少しだけ目を細めて、
とても嬉しそうに、
笑っていた。
※作者の活動報告に各話の設定や裏話などのコメントを書いています。
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※シリーズ第一弾『フラグメンツ・オブ・トゥルース〜最後の投擲』はこちら。
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