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第10話③「カイ」

そこは――

空間の狭間。


上下もない。


前も、後ろもない。


距離というものさえ、

意味を失ったような闇。


その中を、

ユカはどこまでも落ち続けていた。


目を閉じている。


身体が落ちているのか。


自分だけが止まっていて、

世界の方が遠ざかっているのか。


それすら、もうわからない。


(……どうしちゃったんだろう、私……)


手足に力が入らない。


指先の感覚も、

少しずつ薄れていく。


(ずっと……落ちてる……)


終わりがない。


底もない。


ユカは、

ゆっくりと目を開けた。


何も見えない。


どこを見ても、

闇。


自分の身体さえ、

輪郭が曖昧になっていく。


(寒い……)


両腕で、

自分の身体をぎゅっと抱きしめる。


(寒いよ……)


あんなに熱かった戦場が、

嘘みたいだった。


ピコの声も。


レンの声も。


ドローンの爆音も。


もう、

何ひとつ聞こえない。


(みんな……)


胸の奥が苦しくなる。


(みんなに……会いたい……)


頭に、

次々と顔が浮かぶ。


厳しいことを言いながら、

いつも見守ってくれていたアラン。


優しく笑うサクラ。


ぶっきらぼうなジロウ。


なんだかんだ面倒を見てくれるリサ。


いつも気遣ってくれるトモ。


そして――


セラ博士。


(……帰りたい……)


涙が頬を伝った。


拭う気力もなかった。


(……怖い……)


それを認めた瞬間、

もっと怖くなった。


ひとりだ。


本当に。


完全に。


ひとり。


(ピコ……)


いつも隣にいた小さな相棒。


(レン……)


旅の途中で出会い、

いつの間にか大切な仲間になっていた少年。


(どこ……?)


声を出そうとする。


けれど、

喉がうまく動かない。


それでも。


ユカは、

小さく口を開いた。


「……助けて……」


声は震えていた。


「ユナお姉ちゃん……」


旅の中で何度も助けてくれた人。


そして――


最後に、

どうしても浮かんでしまう名前。


「……カイ……」


闇は何も返さない。


声は、

そのまま吸い込まれていった。


反響すらない。


(届かない……)


ユカは目を閉じる。


どれほど落ちただろう。


一分。


一時間。


一日。


時間の感覚さえ、

少しずつ溶けていく。


寒さも。


怖さも。


やがて、

遠くなっていく。


意識が薄れる。


(もう……)


力が抜ける。


(……ダメなのかな……)


唇が、

かすかに動いた。


「……もう……ダメ……」


その時だった。


「――ユカ!」


声。


ユカの瞳が、

わずかに開く。


(……え……?)


気のせい。


そう思った。


でも――


「ユカ!!」


今度は、

はっきり聞こえた。


闇を貫いて。


まっすぐ。


自分の名前を呼ぶ声。


「……誰……?」


答えはない。


けれど。


ユカは、

必死に目を開いた。


闇の向こう。


何かがいる。


小さな影。


いや。


近づいてくる。


「……あ……」


人影だった。


ユカの呼吸が止まりそうになる。


顔は、

まだ見えない。


輪郭も曖昧。


それなのに。


なぜだろう。


わかった。


胸が、

先に気づいた。


「……見える……」


涙が、

また溢れる。


「見えるよ……」


ずっと会いたかった。


何度も探した。


何度も名前を呼んだ。


苦しい時。


迷った時。


答えが欲しい時。


いつも、

頭に浮かんだ人。


育ての親。


友達。


兄。


家族。


そして――


背中で、

生き方を教えてくれた人。


闇の向こうから、

その男が手を伸ばしている。


ユカも、

必死に腕を伸ばす。


遠い。


届かない。


それでも。


手を伸ばす。


もっと。


もっと。


涙で、

何も見えなくなっていく。


「……カイ……」


声になった瞬間。


男の姿が、

はっきり見えた。


変わらない顔。


変わらない目。


ずっと探していた人。


カイ。


「ユカ!」


その声を聞いた瞬間、

胸の奥で張りつめていたものが、

全部ほどけた。


ユカは泣きながら笑った。


「……カイ……!」


指先が触れる。


あと少し。


ユカが、

最後の力を振り絞る。


カイも、

さらに手を伸ばす。


そして――


二人の手が、

重なった。


ぎゅっと。


今度こそ、

離さないように。


その瞬間。


闇の中に、

淡い光が生まれた。


小さな光。


でも、

確かな光。


それは二人を包み込み、

少しずつ広がっていく。


どこまでも続いていた闇が、

柔らかな光へと変わっていく。


ユカは、

カイの手を握ったまま目を閉じた。


もう。


寒くなかった。


《第10話・終わり》


***


次回予告


「闇の中で出会えた――

ずっと会いたかった人。


ここは《Analog Mind Café》。


心がほどけていく、

不思議な場所。


語られる真実。


つながっていく想い。


そして――


旅の果てで見つけた、

私自身の“善”。


次回、

「フラグメンツ・オブ・メリオラ〜ユカの旅〜」


第11話「Analog Mind Café」


優しさは――

きっと、愛になる。」



※作者の活動報告に各話の設定や裏話などのコメントを書いています。

https://syosetu.com/userblog/list/


※シリーズ第一弾『フラグメンツ・オブ・トゥルース〜最後の投擲』はこちら。

https://ncode.syosetu.com/n8279mq/


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