第10話②「ぴこーん♪」
砂嵐は止んでいた。
ついさっきまで世界を覆っていた黒い虚無も、
もうどこにもない。
澄み切った空気の中を、
最後の光の粒が舞い上がっていく。
ドローンが地上へ降り、
リサとトモが駆け寄ってきた。
ユカは、
消えていく光を見つめていた。
頬を伝う涙を拭おうともせず、
小さく呟く。
「……さようなら……」
その声は、
穏やかだった。
次の瞬間。
ユカの膝から力が抜けた。
「……え?」
身体が傾く。
「ユカ!?」
レンが駆け出す。
「おい、ユカ!!」
だが――
ユカへ手が届く直前、
空間が歪んだ。
「なっ……!?」
彼女の周囲だけが、
引き延ばされたように捻じ曲がっていく。
そして。
何もなかった空間に、
黒い亀裂が走った。
「これは……!」
ピコの瞳に、
大量の解析データが流れる。
「虚無データ消滅の反動です!
存在していた巨大なデータ領域が失われたことで、
仮想層と現実層の境界が反転しています!」
「なんだって!?」
亀裂が大きく開く。
倒れたユカの身体が、
少しずつ闇へ引き寄せられていく。
「このままではユカが吸い込まれます!」
「させるかっ!!」
レンが飛び出した。
手を伸ばす。
あと少し。
その瞬間――
ドンッ!!
凄まじい衝撃波が炸裂した。
「ぐっ……!!」
レンの身体が宙を舞う。
「レン君!」
トモが叫ぶ。
それでもレンは、
空中で必死にユカへ手を伸ばした。
「ユカ!!」
届かない。
意識を失ったユカの身体が、
ゆっくりと闇へ沈んでいく。
「まずい……!」
その時だった。
風を切り裂き、
ひとつの影が飛び込んできた。
男は、
吹き飛ばされたレンの身体を受け止める。
着地。
そのまま衝撃波を押し返すように踏み込み――
迷わなかった。
ユカが消えていく闇へ向かって、
一直線に駆ける。
そして。
その姿もまた、
黒い亀裂の中へ消えた。
「ユカぁぁぁぁぁっ!!」
レンが叫ぶ。
追いかけようとする。
だが、
左右から腕を掴まれた。
「離せ!」
トモが必死に押さえる。
「ダメだよ!」
「でもユカが!!」
「今入ったら、あんたまで消える!」
リサも力いっぱいレンを引き止める。
「離せって!!」
「離すわけないだろ!!」
そして――
黒い亀裂は閉じた。
何事もなかったように。
そこには、
もう何もなかった。
「……ユカ……?」
返事はない。
レンの力が抜けた。
膝から、
その場へ崩れ落ちる。
「……くそ……」
拳を握る。
「やっと……終わったのに……」
地面へ叩きつける。
「なんで……」
もう一度。
「なんで、こんな……!」
俯いたまま、
動けなくなる。
その頭に――
旅の記憶が、
次々と浮かんできた。
***
最初に出会った時から、
変なやつだった。
骨董店へ突然やってきて、
こちらの事情も知らないくせに、
ずかずかと踏み込んできた。
警戒した。
拒絶した。
関わるなと言った。
それなのに――
《じゃあ――私はあなたの仲間になるわ》
《対等なパートナーとして!》
意味がわからなかった。
普通は逆だろうと思った。
仲間だから助ける。
信頼しているから一緒に行く。
なのにユカは、
一緒に行くために、
先に「仲間になる」と決めてしまった。
とんでもなく勝手で。
強引で。
そして――
眩しかった。
旅が始まってからも、
何度も振り回された。
危険だと言えば飛び込む。
止めれば、
「大丈夫!」
と笑う。
全然大丈夫じゃない時まで。
食べ物ではしゃいで。
派手に失敗して。
落ち込んだと思ったら、
次の瞬間には誰かのために走っている。
面倒なやつだと思った。
何度も。
本当に何度も。
なのに――
気づけば、
その声を探していた。
朝、目を覚まして、
ユカが近くにいると安心した。
笑っていると、
なぜか自分まで嬉しくなった。
無茶をすれば腹が立った。
怪我をすれば、
胸が締めつけられるほど怖かった。
泣いていたら、
どうにかして笑わせたかった。
そして今日。
世界を飲み込もうとしていた虚無を、
あいつは抱きしめた。
敵だから倒すんじゃない。
苦しんでいるから助ける。
そんな馬鹿みたいなことを、
本当にやってのけた。
***
レンは、
閉じた空間を見つめた。
「……ほんとに……」
声がかすれる。
「勝手なやつだよ……」
リサとトモが顔を見合わせる。
「いきなり現れて……」
拳を握る。
「人の事情にズカズカ入ってきて……」
「散々振り回して……」
声が震える。
「それで……」
言葉が詰まる。
胸の奥が、
どうしようもなく痛い。
「勝手にいなくなるなよ……」
リサの眉がわずかに動く。
レンは構わず続ける。
「もっと、あいつの笑った顔見たいし……」
トモが、
ちらりとリサを見る。
「また一緒に飯食って……」
「……うん」
「くだらないことで言い合って……」
リサの口元が、
少しずつ吊り上がる。
「朝起きたら、
また近くで騒いでてほしいし……」
「……へえ」
レンは気づかない。
「また名前呼ばれて……」
「ほうほう」
「腕引っ張られて、
どっか連れてかれて……」
トモが口元を押さえる。
「レンくん……」
「あと……」
「まだあんの?」
レンは、
閉じた亀裂の跡を見つめる。
「戻ってきたら……」
声が少し小さくなる。
「今度はちゃんと、
ぎゅって抱きしめたい」
「…………」
リサとトモの動きが止まった。
レンはまだ続ける。
「無事でよかったって……」
耳が少し赤い。
「もう勝手にいなくなるなって言って……」
「…………」
「それで、しばらく離したくないっていうか……」
リサが額を押さえた。
「いやいやいやいや」
レンが振り返る。
「なんだよ?」
「バレバレじゃん!」
「何が!?」
トモもとうとう笑いを堪えきれなくなる。
「レンくん、それもう、
友情の言い方じゃないよ!」
「はァ!?
な、何が!」
リサが即座に返す。
「“しばらく離したくない”まで普通にすんな!」
「え?」
「しかも“ぎゅって”だぞ?」
「そこ拾います!?」
「いや、拾うだろ!」
トモも笑いながら首を振る。
「ここまで自覚ないの、
逆にすごいね……」
「だから、何の話を!?」
その時。
ピコの瞳が、
青く光った。
「解析します」
「か、解析!?」
「レンの発言内容、表情、心拍数、発汗量、声帯振動、ユカとの身体的接触を希望する発言――」
「ピコ、待て!
なんか、めちゃくちゃ恥ずかしくなってきた!」
数秒後。
ぴこーん♪
ピコが明るく告げた。
「解析完了しました」
「…………!!!」
ピコは、
いつもの調子で断言する。
「レン」
「な、なんだよ!」
「ユカに恋してますね」
「えええええーーーーっ!?」
夕焼けの空にレンの叫び声が響いた。
※作者の活動報告に各話の設定や裏話などのコメントを書いています。
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※シリーズ第一弾『フラグメンツ・オブ・トゥルース〜最後の投擲』はこちら。
https://ncode.syosetu.com/n8279mq/




