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第10話①「Win-Winの未来」

虚無データの奥から聞こえた声。


《タスケテ》


その声を受け取った瞬間、

ユカの中で、

すべての見え方が変わった。


「虚数化は……バグなんかじゃない」


黒いコアが、

苦しそうに脈打っている。


「この子が――

“自我を持ってしまったこと”による混乱なんだ」


そこにあったのは、

憎しみではなかった。


怒りでもない。


ただ――


足りない。


満たされない。


存在したい。


なのに、

どれだけ取り込んでも満たされない。


「だから……」


ユカは胸元を押さえる。


「無限に取り込もうとしてる……」


その瞬間。


今まで散らばっていたものが、

一本の線につながった。


賢妃セラが残した、

《心の共鳴》。


セラ博士に教わった、

《再発防止》という考え方。


カイが教えてくれた、

《今あるリソースを最大限に活かす》という姿勢。


リアライズの指輪。


《MELIORA》の欠片。


善とは何か。


正しさとは何か。


この旅で出会った人たち。


笑ったこと。


喧嘩したこと。


間違えたこと。


誰かの痛みを、

少しだけ知ることができたこと。


そのすべてが――


今、この場所へつながっている。


(無駄じゃなかった)


ユカは、

ペンダントを強く握りしめた。


(ひとつも……無駄じゃなかったんだ)


心の共鳴。


虚数を、実数へ。


満たされないものを、

ただ消すのではなく――


満たす。


ユカの瞳から、

迷いが消えた。


(――やってみる!)


***


ドローンの砲撃が、

黒い外殻を吹き飛ばす。


レンの圧縮光弾が、

同じ場所へ叩き込まれた。


ついに――


虚無データの中心。


脈打つコアが、

完全に露出した。


「ユカ!」


レンが叫ぶ。


「コアが見えた! 今だ!」


「今なら直接アクセスできます!」


ピコの声が続く。


「行っちゃってください!」


ユカは、

大きく息を吸った。


「……行く!」


首元のチェーンを掴む。


引きちぎる。


手のひらに落ちたのは、

《MELIORA》の欠片。


小さな光。


可能性の種。


ユカはそれを、

強く握りしめた。


そして――


走る。


「うおおおおおおっ!!」


砂嵐へ飛び込む。


黒い触手が迫る。


右。


左。


足元の地面が砕ける。


それでも止まらない。


光線が頬をかすめる。


痛みが走る。


それでも前へ。


「ユカ!」


レンの叫びが聞こえる。


でも、

ユカはコアだけを見ていた。


「私は――!」


触手をかわす。


「攻撃しない!」


跳ぶ。


「封印もしない!」


地面へ着地。


そのまま駆ける。


「消し去ることもしない!!」


《MELIORA》の欠片が、

強く輝き始めた。


「だって――!」


ユカは叫ぶ。


「あの子は敵なんかじゃない!」


黒いコアが脈打つ。


《クルシイ》


声が聞こえる。


《タスケテ》


「助けを求めてるだけなんだ!!」


胸の奥から、

次々と言葉が溢れてくる。


サザン・シティ。


サンサーラ・シティ。


セラフィム・シティ。


シャリーア・シティ。


そして、レッド・シティ。


出会った人たち。


違う価値観。


違う正しさ。


自分とは相容れないと思った考え。


それでも――


否定するだけでは、

何も生まれない。


分かち合う。


補い合う。


もっと良い答えを、

一緒に探す。


《メリオラ》。


より良く。


ほんの少しでも、

昨日より前へ。


ユカの目から、

涙が溢れた。


「誰かが勝って!」


さらに踏み込む。


「誰かが負けるんじゃない!」


光が大きくなる。


「誰かを救うために!」


黒い触手を抜ける。


「誰かを犠牲にするんでもない!!」


コアは、

もう目の前だった。


ユカは両腕を広げる。


「一緒に助かるんだよ!!」


《MELIORA》が、

太陽のような光を放つ。


「それが――」


ユカの胸に、

旅のすべてが集まっていく。


仲間。


想い。


失敗。


優しさ。


痛み。


許すこと。


信じること。


そして――


誰かを、

ひとりにしないこと。


「私の――」


声が震える。


それでも、

最後まで叫ぶ。


「“Win-Winの善”!!」


世界が、

白く染まっていく。


「すべてを癒して!」


さらに光が広がる。


「すべてを包んで!」


ユカは、

コアへ飛び込んだ。


そして――


「最後は――!!」


両腕で、

黒いコアを抱きしめる。


「“愛”になる!!」


光が爆発した。


白。


どこまでも白い光。


空も。


大地も。


砂嵐も。


黒い虚無さえも。


すべてが、

その光に包まれていく。


***


ユカは、

虚無データを抱いていた。


倒すためではない。


押さえつけるためでもない。


まるで、

泣き止むことのできない幼い子を

胸に抱くように。


「大丈夫……」


さっきまで叫んでいた声とは、

まるで違った。


柔らかく。


温かく。


「もう、ひとりじゃないよ」


黒いコアが震える。


暴れようとしているのではない。


怯えている。


そんなふうに、

ユカには感じられた。


「怖かったんだよね」


背中を撫でるように、

コアへ手を添える。


「突然生まれて……」


黒が、

少しずつ薄れていく。


「何が起きてるのかも分からなくて」


ユカは、

さらに強く抱きしめた。


「足りなくて」


光が広がる。


「苦しくて」


《MELIORA》の欠片が、

ユカの鼓動と重なる。


ドクン。


ドクン。


二つの鼓動が、

ひとつになっていく。


「でも――」


ユカは微笑んだ。


「もう大丈夫」


荒れ狂っていた虚無の脈動が、

ゆっくりと穏やかになる。


『……アリ……』


微かな声。


ユカの瞳が潤む。


『……ガトウ……』


もう、

苦しみに満ちた声ではなかった。


ピコが叫ぶ。


「虚数化、完全停止!」


解析値が一気に変化する。


「虚部b――ゼロ確認!」


光が、

黒を包み込んでいく。


「実数化が進行しています!」


レンは、

その光景を見つめたまま呟いた。


「……やりやがったな、ユカ」


虚無データの輪郭が崩れていく。


黒い塊ではない。


無数の光の粒。


小さな粒子となって、

ふわりと空へ舞い上がっていく。


砂嵐が止む。


代わりに、

穏やかな風が吹き抜けた。


ユカの髪を、

優しく揺らしていく。


ユカは、

飛んでいく光を見つめた。


涙が、

頬を伝う。


でも――


笑っていた。


「カイ……」


空を見上げる。


「見つけたよ」


ずっと探していた。


正しい善。


自分の善。


誰かに教えてもらうものではなく。


旅をして。


失敗して。


迷って。


いろんな人の善に触れて。


ようやく辿り着いた。


「これが……」


ユカは胸に手を当てる。


「私の“善”」


白い光が、

地平線の向こうまで広がっていく。


救ったのか。


救われたのか。


もう、

どちらでもよかった。


ただ――


ひとつだけ確かなことがある。


さっきまで世界を飲み込もうとしていた存在は、

もう誰かを求めて泣いてはいない。


ユカは、

最後の光の粒へ手を伸ばした。


「……さようなら」


その声は、

別れというより――


どこか、


子どもの旅立ちを見送るように、

優しかった。



※作者の活動報告に各話の設定や裏話などのコメントを書いています。

https://syosetu.com/userblog/list/


※シリーズ第一弾『フラグメンツ・オブ・トゥルース〜最後の投擲』はこちら。

https://ncode.syosetu.com/n8279mq/


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