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第9話⑥「あなたの声を聞かせて」

ドローンのレーザーが、

砂嵐を切り裂いた。


赤い光が虚無データの巨体を焼き、

黒い表面が激しく波打つ。


その上に、

ピコの解析結果が重なる。


無数のホログラム。


エネルギー分布。


再生速度。


位相変動。


複雑な数値の中から、

ひとつのポイントが赤く点滅した。


「今です!

位相ズレ、ここ!」


「行くよ、レン!」


「ああ!」


ユカとレンが、

同時に地を蹴る。


ドローンからのレーザー。


ユカの斬撃。


レンの圧縮光弾。


攻撃が、

ひとつの場所へ集中する。


ザンッ!!


ドンッ!!


黒い外殻が大きく裂けた。


「もう一発!」


ユカが踏み込む。


エクスカリバーが、

白銀の軌跡を描く。


レンの光弾が追い打ちをかけた。


黒い表面が弾け飛ぶ。


そして――


「見えました!」


ピコが叫ぶ。


黒いアメーバ状の外殻の奥。


そこに、

不規則に脈動する光があった。


コア。


虚無データの中心。


ユカは目を見開く。


「……あれが」


イヤーデバイスから、

セラ博士の声が届いた。


『ユカ、聞いて』


「うん」


『データバリアが使えるのは、

あと三回程度よ』


少し心配そうな声。


『慎重にね』


ユカは、

わずかに口角を上げた。


「それだけあれば――十分!」


エクスカリバーを構える。


コアは露出した。


あとは――


(虚部bを0にする方法)


胸元のペンダントに触れる。


(《MELIORA》と私の“心”を、

どうやって共鳴させるか……)


答えは、

まだ見つかっていない。


黒い光線が飛ぶ。


ユカは身を翻してかわす。


レンが横から光弾を撃ち込み、

再生しようとする外殻を押し戻す。


「ユカ!

コアが閉じるぞ!」


「わかってる!」


焦る。


考えなければ。


虚数を実数へ。


虚部bを0へ。


《MELIORA》。


心との共鳴。


頭の中で、

いくつもの言葉が交差する。


その時。


ユカの思考が、

ふいに止まった。


(……待って)


何かがおかしい。


自分はずっと、

どうやって倒すかを考えていた。


どうやって封じるか。


どうやって実数化するか。


どうすれば、

こちら側の問題を解決できるか。


(私……)


ユカは、

露出したコアを見つめた。


(自分たちのことと、

虚無データの“外側”のことばっかり

考えてたんじゃない?)


黒い巨体を見る。


これまで、

敵としか思っていなかった存在。


破壊するもの。


飲み込むもの。


世界を滅ぼしかねないもの。


でも――


(この子は……)


ユカの視線が、

コアのさらに奥へ向かう。


(何を思ってるんだろう?)


自分でも、

奇妙な考えだと思った。


データだ。


しかも、

世界を飲み込もうとしている

危険なデータ。


そんなものを、


「この子」


と呼んでいる。


少し前の自分だったら、

考えもしなかった。


けれど――


思い出す。


《善審査システム》。


バルジと向き合った、

あの盤面。


自分とは違う善。


間違っていると思った考え。


それでも、

すべてを否定するのではなく。


まず相手を見る。


相手の考えを知る。


分かち合う。


そして――


もっと良い答えを探す。


(……そうだ)


ユカの表情が変わる。


(それって――)


虚無データを見る。


(この子に対しても、

同じなんじゃない?)


倒す前に。


封じる前に。


消す前に。


まだ――


やっていないことがある。


ユカはエクスカリバーを下げた。


「ユカ?」


レンが驚く。


「何してる!?」


「ちょっとだけ……試したいことがある」


右手を、

ゆっくりと前へ伸ばす。


指輪が淡く輝き始めた。


攻撃のための光ではない。


柔らかな光。


相手の奥へ、

触れようとする光。


「リアライズ――」


ユカはコアを見つめる。


「《ミラー・インテンション》」


指輪から放たれた光が、

虚無データへ伸びていく。


触れた瞬間。


周囲の音が遠ざかった。


爆発音も。


砂嵐も。


レンの声も。


何もかもが、

遠い場所へ消えていく。


代わりに――


何かが流れ込んできた。


言葉ではない。


映像でもない。


もっと曖昧で。


もっと直接的なもの。


恐怖。


混乱。


孤独。


満たされない感覚。


ユカの胸が締めつけられる。


「……これ……」


息を呑む。


「感情……?」


黒いコアが、

弱々しく脈打つ。


ユカは目を閉じた。


そして、

そっと問いかける。


「……聞かせて」


声は小さい。


けれど、

まっすぐ届くように。


「あなたの声を」


何も返ってこない。


それでも、

ユカは待った。


やがて――


微かな声が聞こえた。


『……タス……ケ……』


ユカの瞳が開く。


「……!」


さらに。


今度は、

さっきよりはっきりと。


『クル……シイ……』


ノイズ混じりの声。


『タスケテ……』


ユカは息を呑んだ。


「……これが……」


コアを見つめる。


「虚無データの“声”……」


ただのデータではない。


そこには、

確かに何かがいる。


憎しみじゃない。


破壊したいわけでもない。


支配したいわけでもない。


流れ込んできたのは――


混乱。


恐怖。


そして、

満たされない苦しさ。


「……違う」


ユカが呟く。


「この子……怒ってるんじゃない」


虚無データが脈打つ。


「突然、この世界に放り出されて……」


またひとつ、

感情が流れ込む。


「どうしていいかわからなくなってるんだ」


胸の奥が、

きゅっと痛んだ。


そして――


ひとつの答えが、

ユカの中で形になる。


「……そうか」


虚数化。


無限に取り込む性質。


満たされない存在。


それらを、

ユカはひとつにつなげる。


「虚数化は……」


コアを見つめる。


「バグなんかじゃない」


レンが振り返る。


「何?」


ユカは、

確信を持って言った。


「この子が――」


黒いコアが脈打つ。


「“自我を持ってしまったこと”による、

混乱なんだ」


今まで見えなかったものが、

はっきりと見える。


なぜ取り込むのか。


なぜ止まれないのか。


なぜ世界を飲み込もうとするのか。


「足りない……」


ユカは呟く。


「満たされない」


そして――


「だから、

無限に取り込もうとしてる……」


これまで。


虚無データは、

倒すべき敵だった。


世界を守るために、

封じなければならない存在だった。


でも今。


ユカの目に映っているものは違う。


助けを求めている。


苦しんでいる。


どうすればいいのか、

わからなくなっている。


ひとつの存在。


未知の敵が――


救うべき相手へと変わった。


ユカは、

ゆっくりと顔を上げる。


もう考えるべきことは、


「どう倒すか」


ではない。


「どう救うか」。


次の一手を、

ユカは考え始めた。


《第9話・終わり》


***


次回予告


「虚無は、悪なんかじゃない。


ただ怖くて、

足りなくて、

どうしていいかわからなかっただけ。


だったら――

消すんじゃない。

封じるんでもない。


私が選んだ“善”は……


すべてを受け入れて、

一緒に、もっと良くなること!


旅で出会った想いが、

ひとつにつながる。


その光は、

闇さえも優しく包んでいく。


でも――


世界を救ったその瞬間、

私を待っていたのは、

あまりにも大きな代償だった。


そして、

閉じていく闇へ飛び込む――

ひとつの影。


次回、

「フラグメンツ・オブ・メリオラ〜ユカの旅〜」

第10話「Win-Winの未来」


その手は、届くと信じて。」



※作者の活動報告に各話の設定や裏話などのコメントを書いています。

https://syosetu.com/userblog/list/


※シリーズ第一弾『フラグメンツ・オブ・トゥルース〜最後の投擲』はこちら。

https://ncode.syosetu.com/n8279mq/


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