第9話④「z = a + bi 」
黒い触手が、大地を叩き割る。
ドォン!!
赤茶けた岩盤が砕け、
大量の砂塵が巻き上がった。
その向こうから、
黒い光線がユカを狙う。
「っ!」
ユカは地面を蹴った。
身体をひねり、
紙一重で光線をかわす。
背後の岩が、
音もなく消滅した。
それでも――
ユカの頭の中だけは、
驚くほど冷静だった。
(再発防止をするなら……)
エクスカリバーを振るう。
迫る触手を斬り払う。
(まず、この問題がどうして起きてるのか)
もう一撃。
(“本質”を掴まないと!)
ユカは叫んだ。
「ピコ!」
「はい!」
「虚無データが、どうして“何でも”飲み込むのか解析して!」
ピコの瞳が青白く輝く。
「了解です!
アナライズモード、起動!」
無数の解析ウインドウが、
ピコの周囲に展開された。
黒い巨体の構造。
エネルギー変動。
取り込まれたデータの推移。
膨大な情報が、
猛烈な勢いで流れていく。
だが、敵は待ってくれない。
「ユカ、右!」
レンの声。
「わかってる!」
黒い触手が迫る。
ユカは低く身を沈め、
その下を滑り抜ける。
立ち上がる勢いのまま、
エクスカリバーを振り抜いた。
ザンッ!!
触手が宙を舞う。
しかし、
切断面はすぐに蠢き始めた。
再生する。
取り込む。
増殖する。
そしてまた、
すべてを飲み込もうとする。
「解析完了です!」
ピコの声が響いた。
「虚無データの正体は――
“虚数データ”の集合体です!」
レンが光弾を放ちながら聞き返す。
「虚数……?」
「はい!」
ピコが解析結果を表示する。
「取り込まれた存在は、
すべて虚数化されています!」
「さらに――」
表示された数値が、
異常な勢いで増え続ける。
「虚数化が、止まりません!」
レンが顔をしかめた。
「それ、完全にバグじゃねえか!」
「……なるほど」
ユカの目が鋭くなる。
またひとつ、
点が見えた。
「データは本来、
0と1の“実数”で構成されてる」
脳裏によみがえるのは、
セラ博士に教えてもらった知識。
実数。
虚数。
そして、その二つを合わせた複素数。
ユカは虚無データを見つめる。
「それが虚数化してるから……」
黒い巨体が、
また瓦礫を飲み込んだ。
それでも、
満たされない。
さらに大きく口を広げる。
ユカは気づく。
「どれだけ取り込んでも――」
目を見開いた。
「“存在が足りない”んだ」
「その通りです!」
ピコが答える。
「常にデータ不足!」
ホログラム上に、
警告表示が次々と浮かぶ。
「満たそうとして取り込む。
でも、取り込んだものまで虚数化する」
さらに取り込む。
さらに虚数化する。
終わらない。
「だから――永遠に満たされない」
ユカが呟く。
ピコが頷く。
「それが、虚無データが
無限に飲み込み続ける原因です!」
「じゃあ、どうやって止めるんだ!?」
レンが叫ぶ。
ユカは答えなかった。
黒い光線をかわしながら、
頭の中で考える。
虚数化が原因。
なら――
原因そのものを変えればいい。
「……虚数を」
ユカが呟く。
レンが振り返る。
「何?」
ユカは顔を上げた。
「虚数を――実数に戻す」
「実数に……?」
「うん」
ユカの思考が、
数式へ滑り込んでいく。
セラ博士が、
昔教えてくれた式。
複素数は――
(z = a + bi)
aは実部。
bは虚部の係数。
iは虚数単位。
なら。
(これが実数になる条件は……)
ユカの視線が、
虚無データから胸元へ移る。
《MELIORA》の欠片。
(虚部――bが0)
頭の中の式が変わる。
z = a + 0i。
残るのは――
a。
実数だけ。
ユカの指が、
ペンダントを強く握った。
(虚部bを、0にする)
もし。
《MELIORA》に、
それができるなら。
虚無データを破壊する必要はない。
封印する必要もない。
虚数化という、
暴走の原因そのものを変えられる。
ユカの中で、
離れていた点がつながり始める。
再発防止。
虚数化。
《MELIORA》。
実数化。
一本の線になっていく。
(……方向性は見えた)
黒い巨体を、
まっすぐ見据える。
まだ答えではない。
数式がわかっただけ。
方法がない。
(あとは――)
ユカはエクスカリバーを構え直した。
その瞳に、
確かな光が宿る。
(“やり方”を見つける!)
※作者の活動報告に各話の設定や裏話などのコメントを書いています。
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※シリーズ第一弾『フラグメンツ・オブ・トゥルース〜最後の投擲』はこちら。
https://ncode.syosetu.com/n8279mq/




