第9話③「再発防止策」
砂塵の向こうで、
虚無データが大きくうねる。
黒い触手が地面を叩き、
赤茶けた大地が砕け散った。
ユカはエクスカリバーを構え、
前へ出る。
「みんな!
アメーバのコアを露出させて!
そこを――狙うわ!」
すぐに声が返ってくる。
「承知しました!」
「わかった!」
『了解!』
『OK!』
迷いはない。
ピコの解析。
レンの光弾。
上空からのリサとトモの援護。
そして、ユカの剣。
それぞれの動きが、
ひとつの目的へ収束していく。
ユカは迫る触手を斬り払いながら、
頭の中でセラ博士の言葉を反芻していた。
賢妃セラは、
《MELIORA》を使って虚無データを封印した。
なら、自分たちも同じようにすればいい。
そのはずなのに――
(……封印)
ユカは地面を蹴る。
黒い触手が横薙ぎに迫る。
身体を沈めてかわし、
返す刃で切り上げる。
(でも、それって――)
距離を取る。
(本当に、一番よかったのかな?)
封印すれば、
今は止められる。
でも。
それで終わりなのか。
いつかまた、
同じものが現れたら?
その疑問が浮かんだ瞬間――
爆風の向こうに、
遠い日の光景が重なった。
***
まだユカが幼かった頃。
セラ博士の自宅。
ユカはピコと一緒に、
部屋の中ではしゃいでいた。
「待て待てー!」
「ユカ! 室内で走るのは危険です!」
「ピコが逃げるからでしょ!」
その時。
ユカの腕が棚に当たった。
ガタン。
「あ……」
棚の端に置かれていた茶器が傾く。
ユカが手を伸ばす。
間に合わない。
ガシャァン!!
茶器は床へ落ち、
細かな破片となって散らばった。
ユカの顔から血の気が引く。
「……博士……」
セラ博士がやって来る。
ユカは壊れた茶器を見つめたまま、
唇を震わせた。
「……ごめんなさい……」
涙が溢れる。
「ごめんなさい……!
私、ふざけてて……!」
大粒の涙が、
ぽたぽたと畳へ落ちる。
ピコも隣で慌てていた。
「ピ、ピコも止められませんでした!
責任の一端はピコにも――」
セラ博士は何も責めなかった。
しゃがみ込み、
砕けた茶器をひとつずつ拾っていく。
「大丈夫よ」
ユカが顔を上げる。
「それに、ユカに怪我がなくて
本当によかった」
「……でも……」
ユカは破片を見る。
「それ……大切なものだったんじゃ……」
セラ博士は、
手の中の欠片を見つめた。
「壊れてしまったものは、仕方ないわ」
そしてユカを見る。
「それより――再発防止策よ」
「……さいはつ……ぼうし?」
「そう」
セラ博士は、
いつもの穏やかな声で続けた。
「次に同じことが起きないように、
どうしたらいいか考えましょう」
「……私が?」
「ユカは、どうしたらいいと思う?」
ユカは涙を拭いながら考える。
しばらくして、
小さく手を挙げた。
「私とピコが……絶対壊さないように、
すごく気をつける」
セラ博士は微笑む。
「それも、ひとつの手ね」
「でしょ?」
「でも――」
「でも?」
「また遊ぶのに夢中になったら、
忘れちゃうかもしれない」
「あ……」
「それに、
ユカのお友達が遊びに来たら?」
ユカは考え込む。
「その子にも、
絶対気をつけてって言う!」
「じゃあ、その子が忘れたら?」
「う……」
言葉に詰まる。
「それじゃダメなんだ……」
「そうなの」
セラ博士は頷いた。
「“気をつける”は大事。
でも、それだけでは完璧じゃないの」
「じゃあ、どうするの?」
「仕組みを作るの」
「仕組み?」
「誰がここで遊んでも、
簡単には茶器が壊れない方法を考える」
ユカは、
うーん、と頭を抱えた。
「落ちても壊れないくらい
頑丈にするとか……」
「うん」
「下にクッションを敷くとか……」
セラ博士の表情が明るくなる。
「いいわね」
「あと……」
ユカは棚を見る。
「そもそも、
落ちないところに置く!」
「それもいい」
セラ博士が笑う。
「もっと考えてみましょう」
結局。
茶器は、
扉付きの棚へ移された。
遊んでいても、
簡単には触れない場所。
誰かが注意し続けなくても、
事故が起こりにくい仕組み。
誰も責められなかった。
誰も傷つかなかった。
そして――
同じ失敗は、
二度と起きなかった。
***
ドォン!!
爆発音が、
ユカを戦場へ引き戻す。
黒い触手が目の前へ迫る。
「ユカ!」
レンの声。
ユカは反射的に身を翻し、
エクスカリバーで斬り払った。
ザンッ!!
切断された触手が地面へ落ちる。
だが、すぐに再生を始める。
ユカはそれを見つめた。
(……そうだ)
幼い頃に割った茶器。
あの時、
セラ博士は言った。
もっと気をつけよう。
もう失敗しないように頑張ろう。
それだけでは足りない、と。
(壊すか)
虚無データを見る。
(封じるか)
《MELIORA》の欠片に触れる。
(消すか)
その三つだけじゃない。
どれも、
今この瞬間を止める方法だ。
でも――
それだけでは、
また同じことが起きるかもしれない。
必要なのは。
(“二度と起きないようにする”)
ユカの瞳に、
確かな光が宿る。
(それが、本当の解決なんだ)
虚無データは、
なぜ生まれたのか。
なぜ暴走したのか。
なぜ、すべてを飲み込もうとするのか。
そこを理解しなければ、
また同じものが生まれる。
ユカはエクスカリバーを握り直した。
(虚無データにも……)
正面を見据える。
(“再発防止策”はあるはず)
剣先を上げる。
敵を倒すためではない。
問題の本質を、
見つけるために。
(考えよう)
ユカは地面を蹴った。
(ここからが――本番だ)
※作者の活動報告に各話の設定や裏話などのコメントを書いています。
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※シリーズ第一弾『フラグメンツ・オブ・トゥルース〜最後の投擲』はこちら。
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