第9話②「可能性の種」
ユカは虚無データとの距離を保ちながら、
セラ博士との通信を続けていた。
黒い触手が地面を薙ぐ。
ユカは大きく跳び、
着地と同時にエクスカリバーを構え直す。
『いい、ユカ。聞いて』
「うん」
セラ博士の声が、
イヤーデバイス越しに届く。
『虚無データは、セラ一族の現実化技術が制御不能になったもの』
黒い巨体が脈動する。
『言うなら――ネガティブ・リアライズね』
「制御不能……」
ユカは迫る触手を斬り払う。
「そんなもの、どうしたら……!」
『でも、対抗手段がまったくないわけじゃない』
「えっ?」
『だからこそ、あなたのペンダントには――』
セラ博士の声が、
少しだけ柔らかくなる。
『ポジティブ・リアライズの技術。
《MELIORA》の欠片を仕込んでおいたわ』
「……メリオラ?」
ユカは胸元を見る。
脳裏に浮かんだのは、
シャリーア・シティの美術館で見た絵画。
《メリオラ》。
乾いた大地で、
井戸を掘り続ける聖人。
「絵と同じ……名前」
『そう』
セラ博士が続ける。
『Mind-Emotion Linked Imagery-Operated Reality Actualizer』
「え?」
『《思考・感情連動型イメージ駆動現実化機構》』
「長っ!」
『略して、M.E.L.I.O.R.A.』
「先にそっち言ってよ!」
ユカが叫びながら、
黒い光線を横へ飛んでかわす。
『これを使えば、《虚無データ》に対抗できる』
「それって、どんなものなの?」
わずかに間を置いて、
セラ博士が答えた。
『ユカは、どんなものだと思う?』
「ズコーッ!!」
ユカは思わず前のめりになる。
「もうっ! こんな状況で問い返さないでよ!
こっちは今、それどころじゃないんだから!」
『あら? ごめんなさい』
イヤーデバイスの向こうで、
くすくすと笑う声が聞こえる。
質問に質問で返す。
簡単には答えを教えない。
まず、自分で考えさせる。
それが昔から変わらない、
セラ博士の教え方だった。
(ただ、時と場合を選ばず問い返すのが、
悪いクセなんだよね……)
ユカは苦笑する。
だが、次に聞こえた声は真剣だった。
『でもね、ユカ』
「うん?」
『その問いこそが、答えなの』
「……え?」
『《MELIORA》は、
《虚無データ》を打ち消すための
完成された兵器じゃない』
「じゃあ……何なの?」
『《虚無データ》が、
存在をゼロへ還す力なら――』
セラ博士は静かに続ける。
『《MELIORA》は、
ゼロになりかけた場所に、
“その先”を生み出すためのもの』
ユカは胸元のペンダントを見つめた。
「その先……?」
『ええ』
『元通りにするとは限らない。
正しい答えを与えるわけでもない』
そして――
『いわば、《可能性の種》よ』
「可能性の……種」
『Melioraという言葉の意味は、
“より良いもの”。
“より良い方向へ”』
その言葉が、
ユカの胸にすっと入ってくる。
『何になるのかは、
まだ誰にも分からない』
セラ博士の声が優しくなる。
『だから――あなたが育てるの』
「私が……?」
『種は、置いてあるだけでは花にならない』
『誰が育てるのか。
どんな未来を思い描くのか』
『その意志によって、
初めて形を持つ技術なの』
ユカはペンダントを強く握った。
『だから、どう使うかは――』
セラ博士の声が、
はっきりと届く。
『あなた次第なのよ、ユカ』
ユカは一度だけ目を閉じた。
怖くないわけじゃない。
不安だってある。
自分にできるのかも、
まだわからない。
それでも。
ゆっくりと目を開く。
「……わかった!」
ユカはエクスカリバーを握り直した。
「やってみる!」
最悪の状況。
相手は、
街ひとつを飲み込むほどの虚無。
それでも――
(託されてる)
ユカは前を見る。
(私は、一人じゃない)
ピコがいる。
レンがいる。
上空には、
リサとトモがいる。
(……考えようによっては)
口元が少し上がる。
(最高じゃん……!)
ユカはエクスカリバーを構え、
再び虚無データを見据えた。
***
戦闘は続いていた。
通信には激しいノイズが混じり、
セラ博士の声が途切れそうになる。
『いい? 虚無データは、
中心にコアを持っている』
黒い触手が襲いかかる。
ユカは身を翻し、
エクスカリバーで斬り払った。
『まずアメーバ状の外殻を崩して、
コアを露出させて』
爆音が響く。
砂煙が舞い上がる。
『そこに――
《MELIORA》の欠片をぶつけるの』
「それで倒せるの?」
『古文書によれば、
賢妃セラはそれで虚無データを封印したらしいわ』
レンが目を見開く。
「賢妃セラ……伝説の王妃は、
やっぱり実在してたってことか」
ピコが答える。
「はい!
“族長セラ”という称号の由来になった人物です!」
通信にノイズが走った。
『ただし……』
セラ博士の声が低くなる。
『その時、彼女は
“メリオラと自分の心を共鳴させた”
とだけ記されているの』
「心を……共鳴?」
『でも、“どうやって”共鳴させたのかは、
どこにも残っていない』
レンが顔をしかめる。
「……マニュアルなし、ってわけか」
『ええ』
ユカは虚無データを見据えたまま、
静かに答える。
「……わかった」
『こればかりは、ユカ。
あなた自身が見つけるしかない』
「うん」
再び触手が迫る。
ユカは地面を蹴った。
その時。
『ごめんなさい』
「え?」
『あなたにばかり、
重荷を背負わせてしまって』
ユカは空中で身体をひねり、
着地する。
そして――
にっと笑った。
「大丈夫!」
そのまま再び飛び上がる。
「借りはぜーんぶ――」
エクスカリバーを振り上げた。
「カイが払ってくれるから!」
「……はァ?」
レンが素っ頓狂な声を上げる。
ユカの剣が閃いた。
ザンッ!!
迫る黒い触手が、
真っ二つに切り裂かれる。
「……ホールケーキ、10個で!」
「えええっ!?
増えてませんか!?」
ピコが叫ぶ。
イヤーデバイスの向こうから、
小さな笑い声が聞こえた。
『……ふふ』
「博士?」
『本当に……強い子に育ったわね』
その言葉を最後に、
通信が途切れた。
ユカは大きく息を吸う。
胸元の《MELIORA》の欠片に触れる。
可能性の種。
何になるかは、
まだ誰にも分からない。
なら――
これから見つければいい。
ユカはエクスカリバーを握り直した。
「よし」
黒い虚無を見据える。
「じゃあ――共鳴のやり方、探そっか」
戦場に、
ユカの軽やかな声が響いた。
※作者の活動報告に各話の設定や裏話などのコメントを書いています。
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※シリーズ第一弾『フラグメンツ・オブ・トゥルース〜最後の投擲』はこちら。
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