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第8話⑦「どっかのじゃじゃ馬」

バルジは膝をついたまま、床を見つめていた。


肩が小刻みに震えている。

先ほどまでの威圧感は、もうどこにもない。


ユカとレンが歩み寄る。


「バルジ……」


ユカは彼の前で足を止めた。


「私の善も、あなたの善も、完璧じゃない」


バルジは動かない。


「でも――お互いの“足りないところ”を補い合えば、きっと、もっといい答えが見つかると思うの」


ゆっくりと顔が上がる。


だが、その瞳は虚ろだった。


レンが祭壇へ視線を向ける。


「約束だ。コア・データは返してもらう」


「……フッ」


バルジの口から、かすれた声が漏れた。


「フフ……フフフフ……」


笑っている。


だが、そこに喜びはない。


敗北を受け入れられない者の、

歪んだ笑みだった。


「バルジ……?」


次の瞬間。


バルジが跳ねるように立ち上がった。


「なっ――!」


レンが叫ぶより早く、祭壇へ駆け出す。


その手が、

コア・データを封じたボックスへ伸びた。


「やめて!」


間に合わない。


ロックが解除された。


――どろり。


黒い何かが、

ボックスの内部から溢れ落ちる。


液体にも見える。


だが、違う。


黒い粘体は床へ触れた瞬間、

機械も、壁も、コードも区別なく侵食し始めた。


電子的な呻きが響き渡る。


レンの顔から血の気が引く。


「あれが……虚無データ……」


黒い塊を見つめる。


「セラフィム・シティを飲み込もうとした、《絶望の虚無》……」


バルジが両腕を広げた。


「今……ここに……!」


目を見開く。


「封印は解かれたのです!」


虚無データが脈打つ。


ひとつ。


また、ひとつ。


そのたびに体積を増し、

巨大な黒いアメーバのように広がっていく。


ピコが高速で解析を始めた。


「虚無データ、急速拡張中! 増殖速度、臨界値を突破しています!」


「虚無データよ!」


バルジが叫ぶ。


「こいつらは秩序を乱す“悪”なる者たちだ!」


ユカたちを指差す。


「飲み込み――消し去るのです!」


その瞬間。


善審査システムのボードが激しく明滅した。


文字列が走る。


そして――


《排除対象:バルジ・プリンシ》


「…………え?」


バルジの顔から笑みが消えた。


「な……なぜだ……?」


ピコが即座に答える。


「当然です! あなたは善審査に敗北しています!」


さらに解析結果が表示される。


《判定:悪》


「現在、あなた自身が“悪”と認定されています!」


「そ……そんな……」


巨大化した虚無データが向きを変えた。


ユカではない。


レンでもない。


まっすぐ――バルジへ。


「い、嫌だ……!」


後ずさる。


「やめろ……!」


足がもつれる。


「私は……私はシステムの管理者だぞ!」


虚無は止まらない。


彼の肩書きも。


思想も。


理想も。


管理者という権限さえも。


すべてを、

等しく意味のない情報として飲み込んでいく。


「バルジ!」


ユカが駆け出した。


「ユカ!」


レンの制止を振り切り、

必死に手を伸ばす。


バルジも手を伸ばした。


先ほどまで神を名乗っていた男の顔が、

恐怖に歪んでいる。


指先が近づく。


あと少し。


ほんの、指一本分。


届かない。


「ぎゃああああああ――!!」


黒い虚無が、

バルジを完全に飲み込んだ。


ユカの手が宙を掴む。


「……バルジ……」


レンが目を背ける。


だが――終わらなかった。


虚無データが大きく脈動する。


「……おい」


レンが顔を上げる。


「なんか、さらにヤバくなってないか?」


ピコの警告音が鳴った。


「まずいです!」


「管理者権限を持つバルジが消滅したことで、虚無データが完全に制御不能になりました!」


黒い侵食が、

善審査システムへ到達する。


光の盤面が次々と消えていく。


仮想層と現実層の融合が崩れ、

空間そのものが歪み始めた。


「逃げよう!」


ユカの声に、

レンとピコが応じる。


三人は中央タワーから飛び出した。


その背後で――


虚無が《善審査システム》を飲み込み、

巨大な中央タワーが崩壊を始める。


***


外へ飛び出した三人を待っていたのは、

混乱に包まれたレッド・シティだった。


建物が傾き、

警報が鳴り響き、

人々が逃げ惑っている。


「どうする!?」


レンが周囲を見渡す。


その時。


上空から巨大な機影が急降下してきた。


「ユカ!」


「えっ!?」


巨大ドローン。


操縦席にはトモ。


その隣では、

リサが腕を組んでいる。


「早く乗りな!」


「リサさん!」


ドローンが高度を落とす。


ユカ、レン、ピコが飛び乗った。


「教団に入ったわけじゃなかったのね!」


「当たり前だろ!」


リサが呆れたように吐き捨てる。


「潜入してチャンスを狙ってたってのに――」


ユカを睨む。


「どっかのじゃじゃ馬が、全部ぶち壊したけどね!」


「……ごめん!」


即答だった。


「謝るの早っ!」


トモが操縦桿を握りながら叫ぶ。


「二人とも! 今それどころじゃないよ!」


レッド・シティ全体が大きく傾いた。


「このままだと、都市ごと落ちちゃう!」


レンが下方を確認する。


黒い虚無が、

都市の中枢へ食い込んでいた。


「虚無データが《高度固定フィールド》の制御系まで侵食してる……!」


表情が険しくなる。


「このまま地上へ落ちたら、他の都市まで食われるぞ!」


崩壊していくレッド・シティ。


黒い虚無が、

巨大な都市を覆い尽くしていく。


そして――


空中都市そのものが、

ゆっくりと高度を下げ始めた。


ユカは、その光景を見つめる。


逃げることはできる。


だが――


「ここで食い止める!」


全員がユカを見る。


ユカは拳を握った。


「私たちの手で!」


トモが操縦桿を強く握り直す。


リサがエネルギー砲を起動する。


ピコが解析を開始する。


そしてレンは、

広がり続ける黒い虚無を見つめた。


「……賢妃セラは、虚無データを封印した」


ユカを見る。


「今度は――俺たちがそれをやるんだ!」


崩れ落ちる空中都市。


すべてを飲み込む黒い虚無。


その前へ、

巨大ドローンが向きを変える。


――最終決戦が始まる。


《第8話・終わり》


***


次回予告


崩壊した世界に現れた、

すべてを飲み込む存在。


世界を救うため、

私たちは虚無と対峙する。


でも、待って。


封印すること。

消し去ること。


それが本当に、正しいのかな。


そして――

その奥に、小さな“声”があった。


救うって、どういうこと?


次回、

「フラグメンツ・オブ・メリオラ〜ユカの旅〜」

第9話「あなたの声を聞かせて」


その光は、闇を切り裂き、

ずっと先に届く。



※作者の活動報告に各話の設定や裏話などのコメントを書いています。

https://syosetu.com/userblog/list/


※シリーズ第一弾『フラグメンツ・オブ・トゥルース〜最後の投擲』はこちら。

https://ncode.syosetu.com/n8279mq/


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