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第8話⑤「善審査」

バルジが手をかざす。


次の瞬間、空中に巨大なボードが展開された。


無数のマス目が、幾何学的に並んでいく。


レンが眉をひそめた。


「おい、これって……」


ユカにも見覚えがあった。


「ブロックス……?」


セラフィム・シティで、

レンと勝負したボードゲーム。


「ほう。ご存じですか。なら、話が早い」


バルジが指を鳴らす。


《正義》

《慈愛》

《赦し》

《秩序》

《効率》

《犠牲》


人類が“善”と呼んできた概念が、

光の文字となって浮かび上がる。


そして、それぞれが異なる形のブロックへと変化した。


「これは……」


「あなたと私。それぞれが善だと思う概念を宣言すれば、それがブロックになります」


バルジはボードを示した。


「それを配置し、領域を奪い合う」


ピコが即座に反応する。


「ブロックスそのまんまです!」


「ほほほ。もちろん、それだけではありません」


「えっ?」


「提示した善そのものにも評価点がつく。さらに、審査中の対話も解析される」


バルジが指を滑らせると、

ボード上のマスが波打つように変形した。


「そして、対話の内容によって盤面そのものも変化する」


レンが目を細める。


「つまり、ゲームだけじゃない」


「その通り」


バルジは嬉しそうに頷いた。


「占拠率。提示された善。対話の内容。そのすべてを数値化し、《秩序維持率》《世界安定指数》として最終判定する」


「そんなもので、善が測れるっていうのか?」


「測れるのですよ」


喉の奥で笑う。


「ユリ・セラフィムが作ったアルゴリズムを――私が改良したことによって」


「そんな……」


ユカの表情が曇る。


「そして、言うまでもありませんが――」


バルジの笑みが深くなる。


「敗者は“悪”と認定され、虚無データによって消滅する」


「そんなの、一方的すぎます!」


ピコが声を上げる。


「黙りなさい」


バルジは冷たく言い放った。


「神である私に楯突いた。その時点で、あなたたちはすでに“悪”なのです」


「なんて身勝手な……!」


ユカが拳を握る。


「さあ――始めましょう」


バルジとユカの思念が、

善審査ボードへ接続された。


***


青――バルジ。


赤――ユカ。


二人が善を提示し、

その思想をぶつけ合う。


AIが即座に解析し、

どちらが“より正しい善”かを判定する。


ボードゲームの形をした、

冷酷な思想戦。


バルジが先に動いた。


「あなたの善は、あまりにも小さい」


《秩序》


巨大な青いブロックが置かれる。


《全体最適》


さらに青。


《犠牲》


次々と領域を広げていく。


「仲間だけを救おうとする善など、世界全体の均衡を壊すだけです」


「……あなたの善は、冷たすぎる」


ユカの側にも光が灯る。


《慈愛》


《思いやり》


《命の尊重》


赤いブロックが盤面へ広がる。


「犠牲を前提にした救いなんて、誰も本当には幸せになれない!」


赤と青の光が激突する。


ユカが示すのは、

一人ひとりから積み上げていく善。


バルジが示すのは、

世界全体を上から統制する善。


だが――


《判定:秩序維持率・バルジ優勢》


《判定:世界安定指数・バルジ優勢》


青の領域が広がっていく。


――ダメだ。


ユカは必死に考える。


確かに、バルジの善は歪んでいる。


でも――

世界“全体”を見ている。


対して、自分が示しているのは、

目の前の人を救う善。


それだけを並べれば、

個別最適。


ただの理想論に見えてしまう。


――どうしたらいいの……?


バルジは余裕の笑みを浮かべている。


「ユカ! 目先に囚われるな!」


レンの声が飛んだ。


「そうです!」


ピコも続く。


「ゲームの構造を見てください! そこから勝ち筋を探すのです!」


「ゲームの構造……勝ち筋……」


ユカは盤面を見る。


そうだ。


自分は、目の前のブロックばかり見ていた。


「……本質を捉えるんだ」


その言葉とともに、

古い記憶がよみがえる。


***


ユカが初めて、

カイとチェスをした頃。


「ナイトはL字! ビショップは斜め! ルークはまっすぐ!」


得意げに駒を動かす。


「ちゃんと覚えたもん!」


「動かし方はな」


十五分後。


「……なんでぇ?」


盤面は、完全にカイ優勢だった。


取れそうな駒を取る。


攻められれば逃げる。


それを繰り返すうちに、

ユカの駒は身動きが取れなくなっていた。


「もう、わかんない! チェスって何すればいいゲームなの!?」


カイが盤面を指さす。


「チェスってさ。初心者には“相手の駒を取るゲーム”に見える」


「違うの?」


「ああ」


カイは盤面全体を示した。


「このゲームの本質は――自分の選択肢を増やして、相手の選択肢を減らすことだ」


「選択肢……」


ユカは、もう一度盤面を見る。


さっきまで駒しか見えていなかった。


でも今度は――

その周囲のマスが見えた。


ここにナイト。


ビショップを動かせば、

その先が開く。


「……あ」


ユカの目が変わる。


「ここ!」


数手後。


「チェック!」


「……!」


カイの眉が動いた。


「危な……」


「今、焦った!?」


「焦ってない」


「絶対焦った!」


結局、勝ったのはカイだった。


それでもユカは嬉しそうに、

もう一度駒を並べ始める。


「もう一回! 今度はもっと、カイの選択肢なくすから!」


「やれやれ……教えなきゃよかったな」


***


現在。


ユカは、善審査ボード全体を見渡した。


「本質を掴むには……俯瞰すること」


以前、職場でアランに言われた言葉を思い出す。


「ものごとの抽象度を上げる……」


そしてもうひとつ。


カイが何度も口にしていた言葉。


「認知の更新……」


当たり前を、

当たり前だと思わない。


それが成立している前提を見る。


制約を見る。


もし、その前提が崩れたらどうなるのかを考える。


ユカの視界から、

目の前の勝ち負けが消えていく。


代わりに見えてきた。


善審査そのもの。


自分の善。


バルジの善。


――なぜ、私の善は小さく見える?


――何が足りない?


――どうすれば、小さくなくなる?


そして――


バルジの善。


正しい。


合理的。


全体を見ている。


でも、本当にそれだけなのか。


何かが抜けている。


大事な何かが。


ユカは顔を上げる。


改めて、

バルジの示した善を見る。


《秩序》


《全体最適》


《効率》


《犠牲》


どれも間違いではない。


むしろ――正しい。


合理的だ。


なのに。


――そこには……


ユカの瞳が大きく開いた。


――人が、いない。


バルジの善には、

寄り添う気持ちが存在しなかった。



※作者の活動報告に各話の設定や裏話などのコメントを書いています。

https://syosetu.com/userblog/list/


※シリーズ第一弾『フラグメンツ・オブ・トゥルース〜最後の投擲』はこちら。

https://ncode.syosetu.com/n8279mq/


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