第1話④「ユカの日常」
ユカの部屋は、十七歳の女の子らしい可愛さと、データ修復士らしい無機質さが、妙な具合に同居している。
白を基調にした壁。
窓際には、小さな観葉植物が三つ。
さらに、丸めたヨガマットが立て掛けられている。
机の上にはデータ修復用のツールや解析端末。
その隅には、お気に入りのマグカップと、食べ終わったお菓子の袋。
ベッドには淡いブルーのカバー。
枕元には、いつの間に増えたのか分からないクッションがいくつも並んでいる。
そして、その中央。
ひときわ存在感を放つぬいぐるみが鎮座していた。
ハダカデバネズミのゆるキャラ――《でばっぐ》。
職業はプログラマー。
担当は、その名の通りデバッグ。
前足だけでなく、大きく伸びた前歯でもキーボードを打つ。
ただし勢いが強すぎて、よくキーボードを壊すらしい。
丸っこい身体。
短すぎる手足。
何を考えているのか分からない、ゆるーい目。
にゅっと伸びた前歯。
口元には、微妙に笑っているような線が一本。
どこか得意げな顔にも見える。
世間では「かわいい」と評判らしい。
しかしカイには、その魅力がまったく理解できない。
「……これ、本当にかわいいのか?」
見るたびに言われる。
そのたびにユカは、
「むちゃくちゃかわいいじゃん!」
と本気で反論する。
長年抱きしめられてきたせいで、最初より少し形が崩れている。
それでもユカにとっては、一番のお気に入りだった。
壁には服やバッグ。
その下にはスニーカーが何足か無造作に並んでいる。
動きやすい服が多いが、色や組み合わせにはちゃんとこだわっている。
棚には、データ修復士の専門書。
付箋だらけの資格受験の参考書。
情報工学。
哲学。
都市データ史。
その間に、料理本やスイーツの本が混ざっている。
そして一番目立つ場所には、一枚の写真。
まだ幼かったユカを真ん中に、カイ、セラ博士、ピコが並んで笑っている。
その隣には――ユナの写真。
過去に何度か声を聞いたことはある。
けれど、ユカが知っているユナの姿は、写真の中だけだ。
それでも、小さい頃から何度も話を聞いてきたせいか、不思議と知らない人には思えなかった。
部屋の片隅には、小さな収納ケース。
昔カイにもらった小物。
セラ博士から贈られた古い端末。
ピコが壊れて交換した部品。
子どもの頃に描いた、自分でも何を描いたのか分からない絵。
さらには、前に使っていた携帯端末の箱や説明書まで残っている。
物を大切にする。
と言えば聞こえはいい。
要するに――ユカは、なかなか物を捨てられないタイプだった。
世界中に散らばったデータの欠片を集めるのが、今のユカの仕事。
けれど、この部屋にもまた――
ユカ自身を作ってきた、小さな《欠片》がたくさん残されていた。
***
ユカはスーツを脱いでクローゼットへ掛けると、私服に着替えた。
白のショート丈パーカー。
ゆったりしたカーゴパンツ。
足元は厚手のソックス。
動きやすさ重視の格好だが、アクセサリーの合わせ方には十七歳なりのこだわりがある。
着替えを済ませると、そのままキッチンへ向かった。
***
エプロンをつけ、パーカーの袖をまくる。
調理台には、バスマティライス、鶏肉、ヨーグルト、玉ねぎ、ミント。
そして――《ビリヤニマサラ》。
「よーし! ビリヤニ作るかー!」
まずは玉ねぎを炒める。
「ねえピコ。ビリヤニマサラって、何が入ってるの?」
「クミン、コリアンダー、カルダモン、クローブなど、複数の香辛料を合わせたものです。配合は製品によって違いますけどね」
「つまり、これ一つで楽できる!」
瓶を傾ける。
「入れすぎないでください」
「えっ、たくさん入れた方がおいしいんじゃないの?」
「その発想で過去に何度失敗したか、記録を読み上げましょうか?」
「黒歴史を披露するのはやめて!」
鶏肉にヨーグルトとビリヤニマサラを揉み込む。
「ヨーグルトって味付けだけ?」
「肉を柔らかくする役目もあります。料理は化学なんですよ」
「じゃあ今、実験中?」
「その言い方をすると不安になります」
「いきなり爆発したりして」
「ユカならやりかねません」
「ちょっと、言い方っ!」
ぷくっと頬を膨らませた。
***
下茹でしたバスマティライスと鶏肉、玉ねぎ、ミントを鍋に重ねていく。
「お米、まだ硬いけど大丈夫?」
「最後に蒸すので、今はそれくらいでいいんです」
「なるほど。途中で完成させすぎない!」
ユカが大きくうなずく。
「伸びしろを残す! 今の私と同じだね」
「コメントは差し控えます」
「なんでよ!」
ふたを閉め、弱火で蒸す。
その直後。
ユカは鍋へ顔を近づけた。
「まだ?」
「まだです」
「ちょっと開けて――」
「ダメです」
「ほんのちょっと! 〇・五秒だけ!」
「レシピがそうなっているのですから、ピコと交渉しても無駄です」
「ちぇっ〜」
***
しばらくして、ふたを開ける。
ふわっ。
スパイスと肉の香りが、キッチンいっぱいに広がった。
「できたーっ!」
皿へ盛りつけ、テーブルにつく。
「いっただきまーす!」
「いただきます」
「……えっ、ピコ食べないじゃん」
「なんとなく雰囲気に乗ってみました」
「それ、意味あるのかな?」
首を傾げながら、ビリヤニを一口。
「うまっ! 辛っ! 香りすごっ!」
「急に語彙力が低下しましたね」
「こんな簡単に本格的な味になるんだ」
「ビリヤニマサラ様々ですね」
もりもりと口の中にかきこむ。
「そういえば、ビリヤニってサンサーラ・シティの料理なんだよね」
サンサーラ・シティ。
アストラシティから海を越えた大陸にあり、空中列車で数時間かかる。
「サンサーラはスパイス料理の本場です。ビリヤニのほかにカレーも有名ですね」
「いいなあ。本場のビリヤニもカレーも食べてみたい!」
嬉しそうに笑ってから、ユカは鍋を見る。
「……カイにも、食べてもらいたかったな」
表情が少しだけ曇る。
けれど、すぐに顔を上げた。
「帰ってきたら食べてもらおう」
「では、ちゃんと残してくださいね」
「もちろん!」
そう答えながら、鍋をじっと見つめる。
「……」
「ダメです」
「まだ何も言ってないじゃん!」
「おかわりしようと思ったでしょう」
「うぐっ……! なぜ、それを……」
「十年間の学習成果です」
「わかったよ」
残ったビリヤニをガラス容器へ移し、ふたを閉める。
ユカはそれを冷蔵庫へ入れた。
「カイ、早く帰ってくるといいんだけど」
そのときはまだ――
本気では心配していなかった。
※作者の活動報告に各話の設定や裏話などのコメントを書いています。
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※シリーズ第一弾『フラグメンツ・オブ・トゥルース〜最後の投擲』はこちら。
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