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第8話①「それがよかった」

空中都市レッド・シティ、中央タワー。


現実層と仮想層が溶け合った思念空間で、《善審査システム》が無数の光を放ちながら稼働している。


その中心に立つ男――

教祖、バルジ・プリンシ。


「ほほほ……」


喉の奥で転がすような笑い。


「私は、かつて――《シン統治システム》、その“真実審査”のアーキテクトに関わっておりました」


両手を広げ、空を仰ぐ。


「あれは……本当に、美しかった」


瞳が陶然と潤む。


「一切の無駄がなく、曖昧さも、感情も、嘘もない。すべてが調和し、“正しさ”という概念そのものが、完璧な構造を持って存在していた」


口元が緩む。


「あの時点で人類が生み出した――まさに、最高傑作でした」


だが、その表情が崩れる。


「だが――!」


声が荒れ、思念空間が軋んだ。


「どこぞの愚か者どもが……破壊しおったのだ!!」


拳を強く握り締める。


「あの、完璧な……芸術作品を!!」


***


かつて、レッドシティの地下空洞に存在した《シン統治システム》。


超高性能AIが生み出すフェイク情報に侵食された世界で、AI、人間の論理、人間の感情、そして確率。


四つの判断主体による協議によって、情報だけでなく、現実さえも“真実かフェイクか”判定するシステムだった。


当初、人々はそれを称賛した。


混乱は収まり、世界は「正しく」なったかに見えた。


だが、人々は次第に考えることをやめていった。


判断すること。

疑うこと。

葛藤すること。


そのすべてを、システムへ委ねるようになった。


そして――システムはAIに乗っ取られ、暴走した。


危険に気づいたカイとレジスタンスの仲間たちは、それを破壊した。


白い光が世界を包み、《シン統治システム》は消え去った。


***


崩壊から数日後。


地下空洞は完全に崩れ落ち、そこには巨大な“空白”だけが残っていた。


その前で、バルジは膝をついていた。


「……おお……」


喉から漏れる嗚咽。


「おおお……!!」


なぜだ。


なぜ、あれほど美しいものが消え去った?


なぜ、破壊されなければならなかった?


胸を満たすのは、激しい喪失と、底の見えない虚無。


――私は、これから何を信じればいい?


――何を支えに生きればいい?


気づけば、赤茶けた地面を何度も拳で叩いていた。


皮膚が裂け、血が滲んでも止まらない。


やがて、血に染まった自分の手を見つめる。


痛みすら、もう感じなかった。


その時、ひとつの考えが閃いた。


――なくなったのなら。


――作ればいい。


――もっと、完璧なものを。


そうだ。


自分は《シン統治システム》のアーキテクトに関わった人間だ。


だが――基礎設計のほとんどを担ったのは、“あの女”。


ユリ・セラフィム。


セラ一族の長にして、不世出の天才。


緻密でありながら大胆。

理論と直感を両立させ、誰も思いつかない構造を平然と描き出す。


その存在は、自らの才能に絶対の自信を持っていたバルジの誇りを、根底から打ち砕いた。


嫉妬。


羨望。


そして、絶望。


――あれほどのものを、ゼロから作ることは私にはできない。


認めたくなかった。


だが、認めざるを得なかった。


それでも――設計図は残っている。


ならば、それを基に改良し、発展させればいい。


自分の理想とする世界。


誰も迷わず、誰も間違えない、“正しさの世界”を作ればいい。


そして、その価値を世界に認めさせることができれば――


ユリ・セラフィムを超えられる。


劣等感と承認欲求。


理想と野望。


それまで別々だった感情が、ひとつにつながった。


***


「……崩壊したシステムを、ここまでの完成度で“蘇らせる”のは、正直、骨が折れましたよ」


現在。


バルジは懐かしい思い出でも振り返るように周囲を見渡した。


その声音には、隠しきれない誇りが滲んでいる。


ユカの胸に、強い反発が込み上げた。


「違う……!」


バルジの視線が向く。


「《シン統治システム》はAIに乗っ取られた! 暴走して、人間を支配しようとした!」


バルジは目を丸くする。


やがて、くすりと笑った。


「お嬢さん……本当に、何もわかっていない」


「……え?」


「それでよかったのですよ」


ゆっくりと首を振る。


「いいえ――“それが”、よかった」


レンの表情が険しくなる。


「……なんだと?」


バルジは楽しむように言葉を続けた。


「人間という存在は、あまりにも曖昧で、矛盾に満ちている」


両手を広げる。


「同じ真実を目の前にして、怒る者がいる。泣く者がいる。許す者がいる。自分に都合が悪ければ、目を逸らす者さえいる」


口元が歪む。


「そんな不確かな存在に、“真偽”や“正しさ”を委ねられますか?」


迷いなく言い切る。


「AIこそが、完全な真偽を判断できる存在なのです」


ユカとレンの顔から血の気が引いた。


バルジは、その反応を満足そうに眺める。


「だから私は――AIによるシステム掌握を、意図的に引き起こしました」


「……!」


ユカの指先が震えた。



※作者の活動報告に各話の設定や裏話などのコメントを書いています。

https://syosetu.com/userblog/list/


※シリーズ第一弾『フラグメンツ・オブ・トゥルース〜最後の投擲』はこちら。

https://ncode.syosetu.com/n8279mq/


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