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第7話⑥「価値の境界線」

コア・データの反応を追い、

ユカたちはタワーの最深部へと辿り着いた。


重い扉が開く。


その瞬間――

空気が変わった。


目の前に広がっていたのは、

巨大な円形ホール。


天井は高く、

見上げても果てが見えない。


壁面には、

幾何学的な古代コードと、

淡く脈打つ光のシンボルが

幾重にも刻まれている。


まるで、

世界そのものの設計図を

剥き出しにしたような空間だった。


ユカの足が止まる。


「……えっ……?」


息が詰まった。


隣にいたレンが振り返る。


「どうした?」


答えようとして、

声が出なかった。


懐かしい。


そんな言葉では足りない。


怖い。


それでも違う。


身体の奥深くに沈んでいた記憶が、

目の前の景色によって

強引に引きずり出されていく。


ここを知っている。


忘れようとしても、

忘れられない。


幼い頃。


カイと。

セラ博士と。


人類の未来そのものを賭けて、

立っていた場所。


「……ここ……」


ユカの声がかすれる。


「シン統治システムの……

“真実審査の間”……?」


ピコのアンテナが立ち上がり、

周囲を高速で走査する。


「照合完了。

空間構造、コード配列、

エネルギーパターン……」


解析結果が次々と表示される。


「一致率、ほぼ100%です」


ユカが目を見開く。


ピコの声が、

広大なホールへ反響した。


「……全く同じです」


その直後。


ホールの中央で、

光と影の境界が歪んだ。


黒い霧のようなものが集まり、

ゆっくりと人の形を作っていく。


やがて現れたのは、一人の男だった。


年齢の読めない顔。


穏やかな微笑み。


それなのに、

目の奥には何か底知れないものがある。


「ほほほ……」


乾いた笑い声が、

円形ホールに広がった。


「お若いのに、

“真実審査”をご存知とは」


男は楽しげにユカを見る。


「実に、感心ですな」


レンがユカを庇うように前へ出た。


「……誰だ!」


男は気にした様子もなく、

優雅に胸へ手を当てる。


「私は、この教団を導く者」


わずかに頭を下げる。


「教祖、

バルジ・プリンシと申します」


レンの表情が変わった。


「……まさか……」


その名を、

確かめるように繰り返す。


「バルジ・プリンシ……」


鋭い視線を向けた。


「あなたは……

セラ一族の長老会メンバーだった

バルジ・プリンシ博士か?」


バルジは、

ほんの少し目を細める。


そして、

当然のことを答えるように頷いた。


「ええ」


口元の笑みが深くなる。


「その通りです」


ユカの背筋に、

冷たいものが走った。


セラ一族。


ユナやセラ博士と

同じ血を持つ者。


それなのに――

目の前の男から感じるものは、

あまりにも違っていた。


***


ユカは一歩前へ出た。


怖くないわけではない。


けれど、

ここまで来た理由を忘れるつもりもなかった。


「……コア・データを返して!」


まっすぐな声が、

ホールを貫く。


バルジは驚きもせず、

薄く笑った。


「ええ。

返しましょうとも」


「……本当に?」


「もちろんです」


あまりにも簡単な返事。


だからこそ、

ユカは警戒した。


バルジが両手を広げる。


「ただし――」


笑みを浮かべたまま続ける。


「あなたたちの“善”が、

我々の“善”よりも

上であると証明できたなら」


レンが眉をひそめる。


「……つまり、

勝負しろってことか?」


バルジは、

ゆっくりと首を横に振った。


「勝負?」


どこか可笑しそうに繰り返す。


「それでは、

あまりにも原始的です」


両腕を広げ、

ホール全体を見渡した。


「これは――審査ですよ」


その言葉と同時に、

円形ホールの光が反転した。


白が黒へ。


黒が白へ。


壁面に刻まれていた古代コードが、

一斉に浮かび上がる。


「なに……?」


レンが周囲を見回す。


バルジの声が響く。


「かつて、この場所には

人類が作り上げた

ひとつの傑作が存在していました」


ユカの表情が強張る。


「真実審査……」


「ええ」


バルジは嬉しそうに頷いた。


「事実か、偽りか。

何が真実で、

何が虚構なのか」


そして、両手を掲げる。


「ですが私は考えたのです」


光のコードが、

ホール全体を駆け巡る。


「真偽を知るだけでは、

人間は迷い続ける」


床が光へ溶けていく。


「ならば――」


バルジの瞳が、

狂気じみた輝きを帯びる。


「その先まで、

決めてあげればいい」


ユカの胸がざわついた。


「その先……?」


バルジが笑う。


「何が善で」


無数の光が舞い上がる。


「何が悪なのか」


空間そのものが、

巨大な鼓動を打つように震え始めた。


「かつての《真実審査》を継承し、

さらに進化させた――」


バルジの声が高らかに響く。


「《善審査システム》」


轟音。


現実層と仮想層の境界が崩れた。


床が消える。


天井が溶ける。


壁も距離も、

空間という概念さえ曖昧になっていく。


代わりに現れたのは、

無数の光と影。


怒り。


慈愛。


恐怖。


欲望。


信念。


価値観。


人間の内側にあるものが、

色と形を与えられ、

空間を漂い始める。


「警告!」


ピコが叫ぶ。


「周囲、

完全に仮想融合状態です!」


ユカは息を呑んだ。


これは、

ただの仮想空間ではない。


人の心そのものが、

剥き出しにされる場所。


思念空間。


どこからともなく、

バルジの声が響く。


「あなたの“善”は――

美しく、完璧なものですか?」


光の奔流の中央に、

バルジが立っている。


その姿はもう、

一人の人間には見えなかった。


まるで、

神の代理人。


人の価値を裁く、

絶対的な判定者。


「それとも――」


バルジの口元が歪む。


「醜く、

歪なものですか?」


ユカは拳を握った。


これまでの旅で、

何度も考えてきた。


正しさとは何か。


善とは何か。


人を助けること。


信じること。


迷うこと。


間違えること。


そのすべてを、

今から誰かに“判定”される。


バルジが両手を広げた。


「さあ――」


光が爆発する。


「始めましょう」


その声と共に、

無数の価値が境界線を引き始める。


「善の審査を」


《第7話・終わり》


***


次回予告


善って――なんだろう。


正しいこと?

みんなを守ること?

それとも、誰かに決めてもらうこと?


善と悪を決める《善審査システム》。


そして、

悪とされた人を

最初から“いなかったこと”にする力。


そんなの……絶対、おかしいよ!


でも――

バルジの言ってること、

全部が間違ってるわけじゃない。


だったら、私が探す。


誰かを消さなくてもいい、

もっと良い答えを!


次回、

「フラグメンツ・オブ・メリオラ〜ユカの旅〜」

第8話「善審査」。


完璧じゃなくていい。

一緒に、考えたい。


メリオラ――


より良いことを選ぶ道を。



※作者の活動報告に各話の設定や裏話などのコメントを書いています。

https://syosetu.com/userblog/list/


※シリーズ第一弾『フラグメンツ・オブ・トゥルース〜最後の投擲』はこちら。

https://ncode.syosetu.com/n8279mq/


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