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第7話④「治療所のカートとコートニー」

――そして、幹部が地上へ降りてくる日が来た。


朝方。

まだ街が眠りの名残を引きずっている時間。


ドンドン、と重い音が宿に響いた。


ユカとレンが顔を見合わせる。


もう一度、扉が叩かれた。


レンが立ち上がり、慎重に扉を開ける。


そこに立っていたのは、黒と紅を基調とした法衣をまとった教団員だった。

その背後には、同じ装束の随行者たちが無言で控えている。


「カート・コバーン。

コートニー・ラブ」


その名を聞いた瞬間、ユカは反応しそうになるのを必死に堪えた。


――本当に、その名前で来た。


隣を見ると、レンもわずかに口元を引きつらせている。


だが、今は笑っている場合ではない。


二人はすぐに床へ膝をつき、深く頭を垂れた。


「おまえたちの日頃の善行は、すでに教団の知るところとなっている」


教団員の声が、宿の中に重く響く。


「病に苦しむ信徒たちを、見返りも求めず救い続けた。その行いを教祖様も高く評価された」


ユカは俯いたまま、唇を結ぶ。


見返りがない。


その言葉が、胸の奥に小さく刺さった。


完全な善意ではないことを、自分だけは知っている。


「よってこの度、特別に教祖様より祝福を授けられることが決定した」


教団員が二人を見下ろす。


「今すぐ準備をせよ」


ユカとレンは声を揃えた。


「……ありがたき幸せにございます」


恭しく頭を下げながら、ユカの鼓動はどんどん速くなっていく。


ついに来た。


三日間、待ち続けた機会。


空中都市《レッド・シティ》へ入るための扉が、今、開いた。


***


二人は教団員に案内され、ドローンの発着所へ向かった。


巡礼者用の長いローブを羽織り、フードを目深に被る。


レンが小声で確認する。


「顔、見えないよな?」


「たぶん大丈夫」


ユカもフードの端を少し引き下げる。


目的はひとつ。


レッド・シティに潜入し、奪われたコア・データを取り戻す。


だが、そのためには――


リサとトモ。


あの二人と接触しなければならない。


発着所へ近づくにつれ、祈りの声が大きくなっていく。


広場には、祝福を受けるために選ばれた信者たちが集められていた。


誰もが緊張した面持ちで空を見上げている。


その先には、雲の向こうに浮かぶ巨大なレッド・シティ。


そして発着所の中央には、教団の幹部たちが並んでいた。


ユカの足が止まる。


いた。


見間違えるはずがない。


リサ。


そして、その隣に立つトモ。


胸の奥が強く締めつけられる。


本当に、教団の中にいる。


二人とも黒と紅の法衣をまとい、周囲の幹部たちと何ら変わらない顔をしていた。


レンが小さく囁く。


「……どうする?」


「話す」


迷いはなかった。


「今?」


「今しかない」


ユカは信者たちの間へ紛れ込んだ。


祈りの声。

飛び交う指示。

ドローンのエンジン音。


そのすべてを利用して、少しずつリサへ近づいていく。


あと三歩。


二歩。


一歩。


手を伸ばせば届く距離まで来たところで、ユカは声を落とした。


「……リサさん」


リサの肩が跳ねた。


ゆっくりと振り返る。


フードの奥から、ユカが顔を覗かせた。


「私よ。ユカ」


「……っ!」


リサの目が大きく見開かれる。


「ユカ……!?

なんで……どうして、ここに……」


声を上げかけたリサに、ユカが人差し指を立てる。


「声、大きい」


「くっ……!」


リサの視線が慌ただしく周囲を走る。


幸い、誰もこちらを気にしていない。


ユカは真正面からリサを見つめた。


「悪いことは言わない」


いつもの柔らかな声とは違う。


低く、真剣な声。


「この件を、アランさんやサクラさんに知られたくなければ――」


リサの顔が強張った。


ユカはさらに近づき、囁く。


「空中都市に着いたら、私たちを“コア・データ”の場所に案内して」


「……っ」


リサの指が、ローブを強く握りしめる。


恐怖。


迷い。


後悔。


いくつもの感情が、その表情を通り過ぎていく。


ユカは待った。


説得もしない。


責めもしない。


ただ、リサの答えを待つ。


やがて――


「……わかったよ」


かすかな声。


リサが、ゆっくりと頷いた。


ユカの肩から力が抜ける。


「ありがとう」


その一言に、リサは苦しそうに目を伏せた。


それから何事もなかったように表情を整え、幹部たちの方へ戻っていく。


そして、ユカとレンを指し示した。


「この二人は、“特別な信者”なんだ」


周囲の教団員たちが、二人へ視線を向ける。


リサは平然と続ける。


「私が責任を持って、連れていく」


レンがフードの下で小さく息を吐いた。


どうやら――第一関門は越えた。


大型ドローンのローターが回り始める。


低い唸りが、次第に轟音へ変わっていく。


信者たちが次々と搭乗していく中、ユカは空を見上げた。


雲の向こう。


巨大なレッド・シティが、彼女たちを待っている。


カート・コバーン。


コートニー・ラブ。


借り物の名前をまとったまま、

二人は空へ上がる。


その先にあるのは――

シン統治教の中枢。


そして、まだ誰も知らない真実。


もう、後戻りはできなかった。



※作者の活動報告に各話の設定や裏話などのコメントを書いています。

https://syosetu.com/userblog/list/


※シリーズ第一弾『フラグメンツ・オブ・トゥルース〜最後の投擲』はこちら。

https://ncode.syosetu.com/n8279mq/


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