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第7話①「祈りの届かない場所」

赤茶けた大地を引き裂くように、

巨大な渓谷が口を開けている。


その上空――

空そのものを歪ませるように浮かぶ、

巨大な空中都市。


《レッド・シティ》。


都市の外縁には赤い光が脈打ち、

まるで巨大な生き物が

呼吸しているかのようだった。


禍々しい。

それなのに、どこか神々しい。


かつて、この地の地下空洞には、

《シン統治システム》と呼ばれる

巨大なタワーが存在していた。


この世に溢れる情報を裁き、

事実か、偽りか。

何が正しく、何が間違っているのか。


そのすべてを判定するために作られた、

絶対的な装置。


だが、十年前。

システムは崩壊した。


二度と復活しないはずだった。


空を見上げながら、レンが言う。


「十年前、システムが消えたとき、

地下の空洞ごと崩れた。

そこを“聖地”として再建したのが、

シン統治教の連中さ」


ユカの肩に乗ったピコが、

空中都市を見上げる。


「つまり……

信仰の名を借りた焼き直しですね」


「しかも今回は、

空中浮遊都市って形でな」


ユカは何も言わなかった。


ただ、空を見上げる。


レッド・シティは、

恐ろしいほど美しく整えられていた。


乱れもない。

無駄もない。


だからこそ――

不気味だった。


***


教団が運営するバスが、

荒れ果てた大地を進んでいく。


車内にいるのは、

疲れ切った表情の信者たちばかりだった。


痩せた老人。

幼い子どもを抱えた母親。

擦り切れた服を着た男。


誰もが黙って座り、

窓の向こうを眺めている。


ユカは不思議そうに尋ねた。


「……空中都市に行くのに、

どうして地上をバスで走ってるの?」


レンが小さく息を吐く。


「レッド・シティに入れるのは、

教団の幹部か、

多額の寄付をした富裕層だけだ」


窓の外へ視線を向ける。


「一般の信者は、

地上から“拝む”だけさ」


ピコの声が少し低くなる。


「……なるほど。

救済にも、階級があるわけですね」


そのとき、

車内がふっと暗くなった。


巨大な影が、

バスを覆っている。


ユカが窓の外を見る。


遥か上空に浮かぶレッド・シティ。


その姿が、

かつて幼い自分が見た

《シン統治システム》のタワーと重なった。


「……また……

あんなものを……」


人が神になろうとした証。


“正しさ”を、

誰かひとりが独占しようとした傲慢。


胸の奥が、

じり、と焼けるように痛んだ。


***


しばらくして、

肩の上のピコが問いかける。


「ユカ。

本当に……これでいいんですか?」


「うん……」


答えながらも、

ユカは窓の外を見たままだった。


本当は、

自分でもわからなかった。


旅の目的は、

行方不明になったカイを探すこと。


それだけだったはずなのに。


奪われたコア・データ。


謎に包まれたシン統治教。


そこに所属するリサとトモ。


気づけば自分は、

カイを探す旅から大きく逸れて、

レッド・シティへ向かっている。


冷静に考えれば、

自分が背負うには重すぎる問題だった。


アストラ・シティへ戻って、

アランやサクラに任せるべきなのかもしれない。


それでも――

レンに協力したかった。


リサとトモに会って、

本当のことを聞きたかった。


そして何より、

この世界で何が起きているのか。


自分の目で確かめたかった。


それとは別に、

胸の奥には奇妙な確信があった。


――きっと、カイはこの一件に関わっている。


真相を追い続ければ、

その先で会える。


絶対に。


根拠なんて、

どこにもない。


ユカは自分がおかしくなって、

少しだけ笑った。


「でも……

こんな考え自体も、

“自分は間違ってない”って

思いたいだけの

認知バイアスなのかもしれないのに……」


そのとき、

手の甲に温もりが触れた。


驚いて隣を見る。


レンが何も言わず、

ユカの手に自分の手を重ねていた。


「大丈夫か?」


ユカは、

ほんの少しだけ笑った。


そうだ。


私は、一人じゃない。


レンがいる。

ピコもいる。


「うん……

ありがと」


バスは、

ゆっくりと目的地へ近づいていった。


***


バスを降り、

信者たちの流れに紛れて丘を登る。


その先に現れたのは、

巨大な紅い寺院だった。


《紅蓮寺》。


真紅の外壁が太陽の光を受け、

燃え上がる炎のように輝いている。


香の煙が空へ立ち昇り、

太鼓の低い音と、

大勢の祈りの声が境内を満たしていた。


ユカは思わず足を止めた。


「……すごい。

みんな……本気で祈ってる」


レンも、

目の前の光景を見つめる。


「信仰は、

飢えや絶望の中で一番強くなる」


跪く人々へ視線を向ける。


「彼らにとっての“善”は、

救われると信じることそのものなんだ」


ユカの胸に、

小さな違和感が生まれた。


「でも……

誰かを救うはずの“善”が、

誰かを縛ってる気がする」


レンはすぐには答えなかった。


「それでも、

祈るしかない人もいる」


そして、ぽつりと続ける。


「“正しさ”を疑える俺たちは、

まだ恵まれてるんだよ」


太鼓の音が大きくなる。


群衆が一斉に跪いた。


赤い光がステンドグラスを通り、

祈る人々の顔を染めていく。


ユカは、

そこから目を逸らせなかった。


祈ることは、

信じること。


でも――

あまりにも強く信じすぎたら、

自分で考えることを

やめてしまうんじゃないだろうか。


それでも。


本人が、

「救われた」と感じられるなら。


それを間違いだと、

自分に言えるのだろうか。


祈りの声が、

波のように押し寄せてくる。


もし――


それでも救われなかったら?


その問いだけが、

胸の奥へ沈んでいった。


「ユカ。

そろそろ行きましょう」


ピコが声をかける。


「空中都市へ行く方法を

考えないと」


「……うん」


三人は紅蓮寺を後にした。


振り返ると、

香の煙が傾きかけた陽の光に溶け、

空へ昇っていく。


あの祈りも、

同じように空へ届くのだろうか。


歩きながら、

ユカはふと立ち止まった。


なぜか急に――

誰かに抱きしめてほしくなった。


理由なんていらない。


正しいかどうかも、

どうでもいい。


ただ、

無条件に。


無制限に。


親が、我が子を抱きしめるように。



※作者の活動報告に各話の設定や裏話などのコメントを書いています。

https://syosetu.com/userblog/list/


※シリーズ第一弾『フラグメンツ・オブ・トゥルース〜最後の投擲』はこちら。

https://ncode.syosetu.com/n8279mq/


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