第6話⑦「長すぎる夜」
ホテルの部屋に入った途端、ユカは大きく息を吐いた。
「ああ〜……暑かったぁ〜!」
我慢の限界だったらしい。
ニカブをばさっと脱ぎ捨て、その勢いで上着まで外していく。
「お、おい!? ちょっと待て、ユカ!」
レンが慌てて顔を背けた。
耳まで真っ赤になっている。
「少しは周りの目を気にしろって!」
「えー? 別にいいじゃん。減るもんじゃないし」
ユカは下着姿のまま、まるで気にする様子もなく手をひらひらさせる。
「先、シャワーもらうね〜」
「おい、だから――!」
もう遅い。
浴室の扉が閉まり、ほどなくしてシャワーの音と機嫌のいい鼻歌が聞こえてきた。
レンはベッドへ腰を下ろし、頭を抱える。
「……あいつ、どういう育ち方したらああなるんだよ」
「この種の事象に関しては、“おおらか”というより“極度に鈍感”と表現した方が正確ですね」
「フォローになってねぇよ……」
ぼやきながら部屋を見回し――
レンの視線が止まった。
「……って、あれ?」
部屋の中央。
そこにあるベッドは、一台だけ。
「ベッド、ひとつしかなくないか?」
「はい」
ピコは平然と答えた。
「ツインルームよりコスト効率が高かったため、ダブルルームを予約しました」
「おまえな!?」
レンが立ち上がる。
「こういうのは効率だけじゃなくてだな! 若い男女が同じ部屋に泊まるんだぞ!? 少しは配慮ってもんが――」
「我々AIサポートロボは、感情的配慮より最適効率を優先します」
ピコがなぜか誇らしげに胸を張る。
「開き直るな!!」
浴室からは、相変わらずユカの鼻歌が聞こえていた。
レンの長い夜は、
まだ始まったばかりだった。
***
その夜。
ダブルベッドの中央では、ユカが大の字になって眠っていた。
完全に自分のベッドだと思っている寝相だ。
半分以上を占領された結果、レンに残されたのは壁際のわずかなスペースだけ。
ピコは部屋の隅で充電モードに入り、完全に機能停止している。
つまり――
助けはない。
(なんで、こんなことになってるんだ……)
レンは天井を見つめた。
横を見てはいけない。
そう思うほど、気になる。
ちらり。
ユカは無防備に眠っている。
規則正しい寝息。
力の抜けた顔。
そして――近い。
近すぎる。
(意識するな……寝ろ……寝ろ、俺……)
目を閉じる。
そのとき。
ごろん。
「……!」
何かが近づいてきた。
嫌な予感がする。
次の瞬間――
ぎゅっ。
「ユ、ユカ!?」
抱きつかれた。
完全に。
腕まで回されている。
「っ……!」
レンの身体が硬直する。
距離、ほぼゼロ。
体温がそのまま伝わってくる。
顔が一気に熱くなった。
「ユ、ユカ……!」
本人はもちろん起きない。
「う〜ん……」
「……?」
「でばっぐ君……」
「で、でばっぐ?」
ユカの手がレンの頭に伸びる。
ぽん。
ぽん。
「よしよし……」
「俺、何だと思われてんだよ……!」
どうやら夢の中では、ペットかぬいぐるみ扱いらしい。
「ユカ……ちょ、ちょっと離れろって……!」
身体を引き離そうとして――
レンの動きが止まった。
すぅ……すぅ……。
目の前にある、あまりにも無防備な寝顔。
昼間は騒がしくて。
思いつきで動いて。
腹が減ったと騒いで。
難しいことを考えていたかと思えば、次の瞬間には笑っている。
そんなユカが、今は何の警戒もなく眠っている。
(……やばい)
レンの理性が全力で警報を鳴らす。
(これは……まずい……!)
「むにゃむにゃ……」
「……?」
ユカの眉がわずかに動いた。
「うーん……悪者め……」
「は?」
嫌な予感が、別の方向へ切り替わった。
「くらえぇ……」
「お、おい?」
「ユカ……パーンチ……」
「え、ちょっ――」
ぶんっ!!
拳が飛んできた。
「うおっ!?」
レンは反射的にのけぞる。
拳が鼻先を通過した。
風圧が頬をかすめる。
「危なっ!?」
一気にベッドの端まで逃げる。
心臓が猛烈に鳴っている。
さっきまでとは、まったく別の意味で。
「こいつ……どんな夢見てんだよ……!」
当のユカは何事もなかったように寝返りを打つ。
「すぅ……すぅ……」
「……寝てるし」
レンは壁際で膝を抱えた。
ユカを見る。
ベッドを見る。
もう一度、ユカを見る。
「……もう寝れるか」
その夜――
レンが眠ることはなかった。
***
翌朝。
レッド・シティ行きのバス乗り場。
やって来たのは、最新型のホバーバスではなかった。
タイヤで走る旧型車両。
塗装もところどころ色褪せている。
「あっ、レン! バス来たよー!」
ユカは元気いっぱいだった。
よく寝た人間の顔である。
「……ああ……」
対するレンは、目の下にくっきりとクマができていた。
「バイタル低下を確認。著しい睡眠不足です」
「ほっとけ……」
「原因も推定可能です」
「言わなくていい……」
レンはふらふらとバスへ乗り込んだ。
三人が席につき、古いエンジン音とともに車両が走り出す。
「あっ、レン! 見て!」
ユカが窓の外を指さした。
「昨日の美術館だよ!」
返事はない。
「レン?」
横を見る。
「……ぐぅ」
「寝るの早っ!」
発車して、まだ数十秒だった。
「限界だったのでしょう」
ピコが淡々と答える。
窓の向こうでは、整然としたシャリーア・シティの街並みが少しずつ遠ざかっていく。
ユカは眠り込んだレンを見る。
「よっぽど疲れてたんだね」
少し首をかしげる。
「でも、なんでだろ?」
ピコがユカを見る。
「……自覚ないんですね」
「何が?」
「いえ。もういいです」
バスは街を抜け、
乾いた大地へ走り出した。
その先に待つのは――
シン統治教の本拠地。
レッド・シティ。
ユカは窓の向こうへ視線を向けた。
リサ。
トモ。
そして奪われたコア・データ。
旅は、また次の場所へ進んでいく。
《第6話・終わり》
次回予告
レッド・シティ――
そこは、“善”が選ばれ、
“正しさ”が与えられる場所だった。
祈る人たち。
救いを求める声。
そして、その上に築かれた――空の楽園。
でも……
“正しいこと”って、
本当にひとつだけなの?
誰かを助けたいという気持ち。
そこに少しでも打算が混ざったら――
それは、もう“善”じゃなくなるのかな。
迷いながら、それでも私は進む。
リサさんとトモさんの真実。
カイへとつながる、
この世界の歪み。
そして辿り着いた先で待っていたのは――
“善”そのものを問う、審査だった。
次回、
『フラグメンツ・オブ・メリオラ〜ユカの旅〜』
第7話「価値の境界線」
正しさは、
誰かに決めてもらうものじゃない。
その意味を自分で選んだとき――
きっと、
次に進む道が見えてくる。
※作者の活動報告に各話の設定や裏話などのコメントを書いています。
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※シリーズ第一弾『フラグメンツ・オブ・トゥルース〜最後の投擲』はこちら。
https://ncode.syosetu.com/n8279mq/




