第6話③「それでも腹が減る」
服装問題が解決すると、ピコはすぐに周辺の宿泊施設を検索し始めた。
数秒後。
「予約、完了しました」
「相変わらず仕事早いな……」
レンが感心すると、ピコは当然のように答える。
「効率を最優先していますので」
「じゃあ、ホテル行く前にどっかでメシでも食うか」
その言葉に、ユカの右手が勢いよく上がった。
「さんせーいっ!!」
さっきまでとは明らかに目の輝きが違う。
「もうお腹ぺこぺこ!」
「それは通常運転では?」
「人を常時エネルギー不足みたいに言わないで!」
ユカが頬をふくらませる。
レンは苦笑した。
「でも、否定しきれてないんだよな……」
「してるよ!?」
そこへ、ピコが淡々と続ける。
「ですが、残念なお知らせがあります」
ユカの表情が固まった。
「なに、そのイヤな前フリ」
「現在、公共空間での飲食は禁止されています」
「……え?」
レンも思い出したように顔をしかめる。
「あっ、そっか。断食期間中か」
「断食?」
「シャリーア教の重要な戒律期間です。この期間の日中は、人前での飲食が制限されます」
「え、待って待って待って!」
ユカが指を折りながら確認する。
「肌の露出ダメ、ご飯もダメって……」
顔が引きつった。
「ルール多すぎない!?」
「信仰体系としては標準的です」
「標準の基準が重すぎるって!!」
ユカは今にも崩れ落ちそうになる。
「じゃあ何……? お昼ごはん抜き……?」
遠い目をする。
「いや、完全に食えないわけじゃ――」
レンが言いかけたところで、ピコが補足した。
「安心してください。例外は存在します」
「例外……!」
ユカが勢いよく顔を上げる。
「ホテルのレストランなど、一部施設では利用可能です」
レンも端末を確認する。
「駅構内と、一部のモールも大丈夫みたいだな」
「神……!!」
ユカが両手を天へ掲げた。
「レストラン、ありがとう……!」
「信仰より先にレストランを崇め始めましたね」
「だって今は、お腹が信仰してるの!!」
「意味わからん……」
レンが呆れる横で、ユカはもう歩き出していた。
「行こ行こ行こ! 早く! 今すぐ!」
「移動速度、通常の三倍です」
「分かりやすいな……」
規律正しい街の流れの中を、
ひとりだけ明らかに違う速度でユカが突き進んでいった。
***
近くのモールにあるレストラン。
外の静けさとは打って変わり、店内にはほどよいざわめきが満ちていた。
炭火で焼ける肉。
香辛料。
焼きたてのパン。
香ばしい匂いが、ユカの食欲を容赦なく刺激する。
「せっかくだし、ローカル料理いってみるか」
レンがメニューを開く。
「じゃあ、このケバブとフムス。あとピタとミントティー!」
ユカは即決した。
「……早いな」
「え?」
「こっちの料理、詳しいのかと思って」
「ううん。ぜんぜん」
「じゃあ、そのチョイスはなんだよ」
「勘だよ、勘!」
得意げに胸を張る。
すかさずピコが口を挟んだ。
「《超高性能・超高精度・自己学習型多次元未来予測統合直感演算システム・ユカスペシャル・マークセブン改》ですね」
「今はマークエイトかな」
「何だよ、それ……」
レンが完全に置いていかれている。
「選んだのは、なんか“それっぽい”から。人間のファースト・インプレッションをバカにしちゃダメなんだよ」
「口に合わない可能性とか考えないのか?」
「だって、こっちの人が普通に食べてるんでしょ?」
ユカはあっけらかんと笑った。
「なら、おいしいに決まってるじゃん」
「……たくましいな」
「ユカはすでに、サンサーラ・シティで“味覚の極限”を経験済みですので」
「あれは……もう戦いだった……」
ユカの目から光が消える。
「お前、何食ってきたんだよ……」
やがて料理が運ばれてきた。
まずはケバブ。
炭火で焼かれた肉の表面から、脂がじゅわっとにじんでいる。
「うわっ……これ絶対おいしいやつ!」
ナイフを入れる。
肉汁があふれ出した。
「ん〜〜っ! 外カリッ、中じゅわっ……!」
「非常に分かりやすい食レポです」
「ほんと、幸せそうに食うな……」
次はフムス。
ユカはピタをちぎり、淡い色のペーストをたっぷりすくって口へ運ぶ。
「……あ、これ好き」
少し驚いたように目を丸くする。
「なんか……やさしい味」
「味覚適合率、非常に高いです」
レンも、ケバブとフムスをピタに乗せて食べてみる。
「ほんとだ。適当に選んだ割に当たりだな」
「だから適当じゃないって!」
ユカが即座に反論する。
「《超高性能・超高精度・自己学習型多次元未来予測統合直感演算システム・ユカスペシャル・マークテン》だから!」
「マークナインを飛ばしています!」
「人は一段飛ばしで進化するんだよ!」
「中身ゼロの会話だな……」
レンが呆れた、そのとき。
ユカの手が止まった。
「……ん?」
手に持ったピタをじっと見つめる。
「どうした?」
「……おいしいんだけどさ」
ユカは真剣な顔で言った。
「これ、ちょっと小さくない?」
「え?」
レンも自分のピタを見る。
「いや、普通だろ」
「サンサーラ・シティのナンを基準に比較しているため、サイズ感覚が崩壊しています」
ピコの指摘に、ユカが愕然とする。
「あれが標準じゃなかったの……?」
レンが吹き出した。
「それ基準にしたら、世界中のパンが全部ミニサイズになるぞ」
「えぇーっ……」
本気でショックを受けている。
「足りないなら追加で頼めばいいだろ」
「……いいの?」
ぱっと顔が明るくなった。
「いいよ」
「やったーっ!」
ユカは即座に店員へ振り向く。
「すみませーん! ピタ、三皿追加で!」
「……さんっ!?」
レンが思わず身を乗り出す。
「うん!」
満面の笑みだった。
「予測通りのオーダー量です」
「予測できてたのかよ……」
ピコは、驚愕するレンを見て思う。
(レン、ユカの食欲を過小評価していますね……)
テーブルの上には、次々と料理が並んでいく。
整いすぎた街の外とは違い、
ここには笑い声も、食器の音も、炭火の匂いもあった。
少し雑然としていて、
少し騒がしくて、
それでもどこか温かい。
そんな“人間らしい熱”の真ん中で――
ユカは今日も、
全力で食べていた。
※作者の活動報告に各話の設定や裏話などのコメントを書いています。
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※シリーズ第一弾『フラグメンツ・オブ・トゥルース〜最後の投擲』はこちら。
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