第6話① 「蒼の月12日」
コア・データを奪ったシン統治教のヘリコプターを追い、セラフィム・シティを出たユカ、ピコ、レン。
目的地は、教団の本拠地――レッド・シティ。
空中列車は雲海の上を滑るように進んでいた。
ボックス席では、レンが端末を操作し、空中にARマップを展開している。
都市群と航路が、淡い光となって浮かび上がった。
「レッド・シティには空中列車が接続してない。直行は無理だ」
レンが指でルートをなぞる。
「えっ、じゃあどうするの?」
「まずシャリーア・シティまで行く。そこから陸路――長距離バスに乗り換えだ」
「シャリーア・シティ……」
ユカが聞き慣れない名前を繰り返すと、ピコがすぐに補足した。
「宗教都市です。シャリーア教の聖地として、多くの巡礼者が集まります」
その瞬間、ユカの目が輝いた。
「聖地!?」
勢いよく身を乗り出す。
「ってことはさ、“あのシーンと同じ構図で写真撮る”とかあるんでしょ!?」
「ありません」
即答だった。
「えっ」
ユカの勢いが止まる。
「じゃあ……名場面の再現スポットとか」
「ありません」
「限定グッズとかスタンプラリーは!?」
「ありません」
とうとうユカが両手を広げた。
「じゃあ聖地巡礼って何!?」
「祈る行為です」
ユカが固まる。
「シンプルすぎない!?」
「それが本来の聖地巡礼です」
向かいに座るレンが、吹き出しそうになるのを必死にこらえていた。
「ユカってさ、たまに核心突くのに、別の方向で盛大にズレてるよな」
「ええ。そういう仕様です」
「仕様じゃないもん!」
ユカが頬をふくらませる。
そんな三人の横を、空の航路が流れていく。
光のレールは、次の都市へまっすぐ伸びていた。
***
しばらくして。
ユカは窓の外を眺めていた。
けれど、雲も、遠くの山々も、その目にはほとんど映っていない。
脳裏に浮かんでいるのは、セラフィム・シティで見た光景だった。
飛び去る教団のヘリコプター。
そして、その中にいた――
リサ。
トモ。
(どうして……)
指先に力が入る。
(リサさんやトモさんが……シン統治教に……)
リサとトモ。
そしてジロウ。
カイと出会うより前。
孤児だったユカを引き取り、育ててくれた人たち。
忘れるはずがない。
忘れられるはずがない。
記憶が、ゆっくりとほどけていく。
***
まだ幼かった頃。
住んでいたのは、アストラ・シティ再開発地区に残された廃墟ビルだった。
その一角を無理やり住めるようにした、簡素なアジト。
金なんてなかった。
暮らしだって楽ではなかった。
それでも――
ユカは、自分が寂しかった記憶をほとんど持っていない。
リサとトモとジロウ。
当時の三人はどこか危なっかしくて、仕事だって、たぶん胸を張って「まっとう」と言えるものではなかった。
でも。
ユカのことだけは、ちゃんと見ていてくれた。
笑って。
怒って。
くだらないことで騒いで。
それだけで、毎日は十分に楽しかった。
そんな暮らしが始まって間もない頃。
ユカはトモと二人、古い大型モニターの前に座っていた。
無料配信の映画では、主人公の誕生日パーティーが始まっている。
ケーキ。
ろうそく。
プレゼント。
画面を眺めていたトモが、ふと思い出したようにユカへ顔を向けた。
「そういえばさ。ユカの誕生日って、いつ?」
ユカは画面を見たまま答えた。
「わかんない」
あまりにもあっけらかんとした答えだった。
「そっか」
トモは少し考える。
そして、にっと笑った。
「じゃあ、今日にしよっか」
「えっ、いきなり?」
「こういうのはさ、思いついたときにやるのが一番いいんだよ」
軽くウインクすると、トモは勢いよく立ち上がった。
「ちょっと待ってて!」
そのまま部屋を飛び出していく。
「え? なに?」
答えは返ってこなかった。
しばらくして――
なぜか目隠しをされたユカは、手を引かれながら別の部屋へ連れていかれていた。
「ねえ、もういい?」
返事がない。
「まだー?」
次の瞬間。
パァン!!
クラッカーの音が弾けた。
目隠しが外される。
「ユカ、誕生日おめでとう!」
目の前には、リサ、トモ、ジロウ。
そしてテーブルの上には、不格好な手作りのケーキが置かれていた。
形は少し歪んでいる。
クリームもきれいとは言えない。
それでも中央には、ちゃんと書いてあった。
――ハッピーバースデーユカ。
「……わあ」
ユカは言葉を失った。
誰かが決めてくれた、自分だけの日。
誰かが祝ってくれる、自分が生まれた日。
その意味を、幼いユカはまだうまく説明できなかった。
でも。
胸の奥が、ものすごく温かくなったことだけは覚えている。
「ありがとう!」
顔いっぱいに笑った。
その日から――
蒼の月12日が、
ユカ・セイランの誕生日になった。
***
気がつけば、ユカはまだ列車の窓を見つめていた。
流れていく景色は、やはり目に入らない。
(あの人たちが……)
拳を握る。
(あんなことするはず……ないのに……)
信じたい。
けれど、自分の目で見たことまで否定するわけにはいかない。
向かいのレンが、そんなユカへ視線を向ける。
何か言おうとして――やめた。
ただ黙って、見守っている。
そのとき、車内アナウンスが流れた。
『まもなく、シャリーア・シティに到着します』
過去から、現在へ。
ユカの意識がゆっくりと引き戻される。
窓の向こうに、次の街が見え始めていた。
ユカは小さく息を吸う。
リサとトモが、なぜ教団にいるのか。
まだ何もわからない。
だから――
自分の目で確かめるしかない。
空中列車は速度を落としながら、
シャリーア・シティへと入っていった。
※作者の活動報告に各話の設定や裏話などのコメントを書いています。
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※シリーズ第一弾『フラグメンツ・オブ・トゥルース〜最後の投擲』はこちら。
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