第5話④「花吹雪」
データ・ゴーレムの腕が唸りを上げる。
「ユカ、よけろ!」
レンの声と同時に、巨大な拳が振り下ろされた。
二人が左右へ飛ぶ。
直後――
ドォン!!
石床が砕けた。
衝撃が遺構全体を揺らし、無数の瓦礫が弾け飛ぶ。
「……っ!」
ユカは転がりながら体勢を立て直す。
さっきまで立っていた場所が、大きく陥没していた。
「こんなの……直撃したら……」
考えるだけで背筋が寒くなる。
「だったら――!」
レンが腕輪を掲げる。
「これでどうだ!」
腕輪が強く発光した。
複数のエネルギー弾が、連続してゴーレムへ突き刺さる。
ボンッ!
ボンッ!
ボボンッ!!
爆発。
巨体が数歩後退する。
「よし!」
しかし――。
ゴーレムはすぐに踏みとどまった。
煙の向こう。
胸部の装甲がわずかに削れているだけ。
頭部の赤い光は、何ひとつ変わらず二人を捉えている。
「ちいっ……!」
レンが歯を食いしばる。
「タフすぎる! この出力じゃ足りない!」
ゴーレムが踏み込む。
その重量だけで床に亀裂が走った。
レンがユカを見る。
「ユカ、下がれ!」
「え?」
「こいつは危険すぎる!」
レンは腕輪へエネルギーを集中させる。
「俺が引きつける! お前はピコと――」
「やだ!」
即答だった。
「は?」
「私も戦う!」
「戦うって、お前――武器もないだろ!」
「それでも!」
ユカはゴーレムを睨む。
「レン一人置いて逃げるなんて、もっとやだ!」
「ユカ……」
ピコが頭を抱えるように高度を下げる。
「ああもう……!」
「なによ」
「本当に聞き分けが悪いんだから!」
呆れた声。
それでもピコの視線は、ずっとユカを追っていた。
ゴーレムがレンへ向かう。
「こっち!」
ユカが走った。
背後へ回り込み、注意を引こうとする。
「鬼さん、こちら!手のなる方へ!」
「ユカ、鬼さんではなく、ゴーレムさんです!」
「そこ、気にするところ!?」
ゴーレムの頭部が動く。
赤い光がユカへ向いた。
「ユカ! 煽るな!」
「私が引きつけるから、その隙に……!」
巨大な腕が横薙ぎに振られる。
「やばっ!」
ユカは身を屈めてかわす。
風圧だけで髪が激しく舞った。
走りながら考える。
(どうする……?)
レンには武器がある。
ピコには支援能力がある。
でも、自分には――。
ユカは右手を見る。
(武器はない)
指輪は戻った。
けれど、どう使えばいいのかわからない。
(何か……何かできるはず)
また拳が飛んでくる。
ユカは横へ跳ぶ。
(ただ逃げるだけなんて――)
そのときだった。
声が聞こえた。
耳からではない。
もっと近い場所。
胸の奥。
記憶と心の境目から、そっと触れてくるような声。
(大丈夫……)
ユカの足が止まりかけた。
(指輪は、ユカの想いに応えるよ)
「……え?」
知っている。
忘れるはずがない。
明るくて。
優しくて。
どんな状況でも、最後には笑っていた声。
「……ユナお姉ちゃん?」
確信はなかった。
それでも、その名前が自然とこぼれた。
指輪が淡く光る。
(“リアライズ”)
ユカが息を呑む。
(仮想を、現実にする力)
遠い記憶が揺れる。
ユナが使っていた力。
カイが受け継いだ力。
ありえないものを現実へ引きずり出し、何度も道を切り拓いてきた力。
(今から伝える詠唱を、心でなぞって)
「私に……できるの?」
答えはすぐに返ってきた。
(できるよ)
迷いのない声だった。
だからユカも、もう一度指輪を見る。
怖い。
足だって震えている。
失敗したらどうなるかもわからない。
それでも。
レンを助けたい。
ユナの声を信じたい。
この指輪を信じたい。
そして何より――。
自分自身を、信じてみたい。
「……わかった」
ユカは顔を上げた。
「やってみるよ、お姉ちゃん!」
その瞬間。
「ユカ! 危ない!!」
レンの叫び。
頭上が暗くなる。
ユカが見上げる。
巨大な拳。
ゴーレムが天井すれすれまで腕を振り上げ、そのまま真下へ叩きつけようとしていた。
天井の石材が砕ける。
破片が降る。
逃げる時間はない。
ピコの警告が響く。
「回避してください! ユカ!!」
それでも。
ユカは退かなかった。
一歩も。
視線も。
心も。
左手を掲げる。
指輪が輝く。
「……パラレル・アーカイブ!」
光が集まる。
空間が揺らぐ。
ユカは、胸の奥に響く言葉をそのまま口にした。
「《クサナギ・カムフローラ》!!」
指輪が応えた。
白銀の光が爆発する。
「ユカ――――ッ!!」
ピコの声。
次の瞬間。
花が舞った。
無数の光の粒子。
白。
銀。
淡い桜色。
それらが花弁となり、遺構いっぱいに吹き荒れる。
花吹雪。
その中心。
ユカの右手に、一本の剣が形を成していく。
仮想が。
現実へ。
リアライズされる。
振り下ろされる巨大な拳。
ユカは剣を握った。
そして――。
振り抜く。
ズバァァァァン!!
白銀の一閃。
空気が裂けた。
ゴーレムの腕が止まる。
遅れて――ずれた。
根元から切断された巨大な腕が、地面へ落下する。
ドゴォン!!
「オォォォォォンッ!!」
ゴーレムが初めて咆哮した。
赤い光が激しく明滅する。
切断面から黒い粒子が噴き出し、崩れた腕がデータの欠片となって消えていく。
レンは立ち尽くしていた。
「……ユカ……」
目の前の光景を理解するのに、数秒かかった。
花吹雪の中心。
一人の少女が立っている。
髪が風に舞う。
白銀の剣を握り、まっすぐゴーレムを見据えている。
その手にあるのは――。
伝説の聖剣。
《クサナギ》。
「……マジかよ」
レンの口元に、思わず笑みが浮かぶ。
その横で。
ピコだけは、何も言えなかった。
「……ああ……」
重なる。
今のユカに。
遠い昔の記憶が。
研究室。
到底成立しそうにない計算式を前にして、それでも楽しそうに笑っていた一人の女性。
誰もが無理だと言った状況で、
『まあ、なんとかなるでしょ?』
そう言って、本当になんとかしてしまった人。
「……ユリ……」
若き日のセラ博士。
ユリ・セラフィム。
そして――。
もう一人。
普段はカフェでくだらないことばかりしていた。
失敗して。
笑って。
周囲を巻き込んで。
それでも戦いになれば、
『大丈夫、大丈夫!』
と軽く笑って前に立つ。
そして、本当に大丈夫にしてきた。
「……ユナ……」
ユナ・セラフィム。
花吹雪の中に立つユカの姿が、二人と重なる。
血は繋がっていない。
生まれた時代も違う。
歩いてきた人生だって違う。
それでも――。
退かない。
逃げない。
自分で道を切り拓く。
その“在り方”だけは。
確かに受け継がれていた。
ユカが息を吐く。
「――さあ」
クサナギをくるくると回す。
自分でも信じられないほど、手に馴染んでいる。
剣先を下げ。
足を開き。
そして、もう一度構え直した。
恐怖は消えていた。
迷いもない。
口角が上がる。
にやり。
ピコの記憶にある、あの顔。
ユリが。
ユナが。
ここぞという場面で何度も見せてきた――。
あの“ドヤ顔”。
「……やっぱり似てますね。
似すぎです」
ピコが小さくつぶやく。
ユカは剣先をゴーレムへ向けた。
「反撃、開始よ!」
花吹雪の向こう。
白銀の剣先が――
確かに、未来を指していた。
※作者の活動報告に各話の設定や裏話などのコメントを書いています。
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※シリーズ第一弾『フラグメンツ・オブ・トゥルース〜最後の投擲』はこちら。
https://ncode.syosetu.com/n8279mq/




