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第5話③ 「眠る心臓」

長い通路を抜けた先で、視界が一気に開けた。


巨大な円形空間。


天井は高く、壁面には古い紋様が幾重にも刻まれている。


その中央。


何段もの石段の上に、祭壇があった。


「着いた……!」


レンが息を整えながら奥を見る。


「シン統治教のやつらは――」


ピコの視線が祭壇へ向く。


「……あれを見てください!」


ユカも目を凝らした。


祭壇の周囲に、黒装束の教団員たちがいる。


七人。


その中央には、黒い金属で作られた箱。


手のひら数個分ほどの大きさだが、表面には無数の細い光が脈打っている。


まるで呼吸しているようだった。


「……あれが」


レンの声が低くなる。


「コア・データ……」


ユカは無意識に指輪へ触れた。


わずかに熱を持っている。


「データそのものじゃないんだ」


「本体を格納したデータボックスでしょう」


ピコが解析を続ける。


「ただし、内部構造は読み取れません。外部からの走査を完全に遮断しています」


そのとき。


祭壇の前にいた教団員の一人が、焦れたように声を上げた。


「いつまでかかるんだ!」


別の男が振り返る。


「触るな。いま封印を解除してる」


「さっきから進んでいないではないか!」


「おい!」


制止を無視し、男が石段を駆け上がる。


「こんなもの――さっさと持ち帰ればいい!」


祭壇へ足を乗せた。


カチッ。


小さな音。


男の動きが止まる。


「……え?」


祭壇の紋様が青く光った。


光が足元から這い上がる。


「な、なんだ……これ……」


男の身体がぐらつく。


「おい!」


「眠……」


言い終える前に、その場へ崩れ落ちた。


ユカが目を見開く。


「眠った……?」


ピコが即座に解析する。


「強制睡眠誘導です。神経活動に直接干渉しています」


「大丈夫?死んでない?」


「生命反応は安定しています」


ユカが胸を撫で下ろしかけた、そのとき。


教団員の一人が言った。


「放っておけ」


ユカの表情が固まる。


倒れた仲間を見る者はいない。


「え……?」


黒装束の男たちは、まるで障害物でも見るように眠った仲間を避けていく。


「助けないの?」


レンが歯を食いしばる。


「目的優先ってわけか」


「でも仲間でしょ?」


誰も答えない。


教団員の一人が端末を取り出した。


「これが最後の封印解除だ」


「“あの方”の指示を確認する」


その言葉に、ユカとレンが反応する。


「……あの方?」


男が端末を読み上げる。


「第一段階。祭壇中央部へ直接侵入しない」


別の教団員が石段の脇へ回る。


「第二段階。北側壁面、第三紋章列の下部を開放」


石壁に手を当てる。


何もないように見えた場所から、薄い操作盤が浮かび上がった。


「第三段階。右から二、四、七番目を同時入力」


三人が位置につく。


「せーの」


三つの紋章が同時に押される。


ゴゴゴ……。


祭壇全体が低く震えた。


先ほどまで青く光っていた紋様が、一つずつ消えていく。


ピコが驚いたように解析結果を表示する。


「罠が解除されています」


レンの眉が寄る。


「初見でできる操作じゃないぞ」


「誰かが構造を知ってる……」


ユカがつぶやく。


「まさか、一族に裏切り者が……」


レンが拳を握る。


教団員が再び端末を見る。


「最終段階。祭壇中央部の封印解除」


最後の紋章を押す。


カシュン。


金属音。


データボックスを覆っていた透明な膜が消えた。


「解除完了」


男が慎重に祭壇へ上がる。


今度は罠が作動しない。


データボックスを持ち上げる。


その瞬間。


空間全体が低く震えた。


「取った……!」


レンが声を上げる。


「やっぱり狙いはコア・データか!」


ユカはもう走り出していた。


「――止める!」


教団員たちが振り返る。


「何者だ!」


「侵入者!」


ユカは祭壇へ向かう。


「それ、置いて!」


「構うな!」


データボックスを抱えた男が叫ぶ。


「確保は完了した!撤退する!」


「待て!」


ユカが加速する。


だが。


別の教団員が端末を掲げた。


「追撃に備えろ」


画面へ指を走らせる。


「防衛コード解放」


レンの顔色が変わる。


「何する気だ!?」


端末に赤い文字が浮かぶ。


《REALIZE》


空間が歪んだ。


「……え?」


ユカが足を止める。


空中に、黒いノイズが集まり始めた。


小さな粒子だったものが、腕になり、脚になり、巨大な胴体へ変わっていく。


床が震える。


壁から砂埃が落ちる。


ゴゴゴゴゴゴ……。


「で……」


ユカが見上げる。


「でかすぎでしょ……!」


現れたのは、巨大な人型。


頭部は兜のような装甲で覆われ、顔はない。


肩幅だけで通路一本分。


両腕は岩の塊のように太く、全身を黒いデータラインが走っている。


ピコの警告音が鋭く響く。


「高密度仮想構造体を確認! 仮想層から強制的に実体化されています!」


ユカは、目の前で形を成していく巨体を見上げた。


「これ……何なの?」


ピコの視界に解析データが高速で流れる。


「識別しました。プロパティ上の名称は――」


赤い文字が浮かび上がる。


《DATA GOLEM》


「《データ・ゴーレム》です!」


「……データ・ゴーレム?」


ユカがその名を繰り返す。


黒い巨体の全身を走るデータラインが、次々と赤へ染まっていく。


教団員が端末を掲げた。


「データ・ゴーレム」


命令コードが送信される。


「侵入者を排除しろ」


――ヴォン。


ゴーレムの頭部。


顔のない装甲の奥で、二つの赤い光が灯った。


ユカの身体を正確に捉える。


「……こっち見た」


次の瞬間。


巨体からは想像もできない速度で、ゴーレムの腕が薙ぎ払われた。


「伏せろ!!」


レンがユカを引き倒す。


巨大な拳が頭上を通過した。


轟音。


背後の石柱が、根元から砕け飛ぶ。


「うそ……」


ユカが振り返る。


さっきまで立っていた巨大な柱が、半分消えている。


ピコの警告音が響く。


「推定出力、先ほどの遺構トラップとは比較になりません!」


ゴーレムが一歩踏み出す。


ドンッ!


床が陥没する。


二歩目。


石畳に亀裂が走る。


レンが腕輪を構えた。


「これなら!」


エネルギー弾を放つ。


ドンッ!


胸部へ直撃。


爆煙が広がる。


「やった?」


煙が晴れる。


ゴーレムは立ったままだった。


装甲表面がわずかに欠けているだけ。


レンの顔が引きつる。


「……マジかよ」


ゴーレムが首をこちらへ向けた。


腕を振り上げる。


ユカの背筋に冷たいものが走った。


「レン!」


「走れ!」


二人が飛び退く。


拳が床へ叩き込まれた。


ドォォォン!!


床が波打った。


衝撃でユカとレンの身体が吹き飛ばされる。


「きゃっ!」


「ぐっ!」


何度も転がり、ようやく止まる。


耳鳴り。


視界が揺れる。


それでもゴーレムは止まらない。


一歩。


また一歩。


確実に近づいてくる。


その背後では、教団員たちが撤退を始めていた。


眠った仲間は、祭壇の横に倒れたまま。


誰一人、振り返らない。


「待て……!」


ユカが立ち上がろうとする。


だが、ゴーレムがその前に立ちはだかった。


見上げるほどの巨体。


データラインが不気味に明滅する。


レンも立ち上がり、歯を食いしばった。


「くそっ……!」


教団員たちは、データボックスを抱えたまま奥の通路へ消えていく。


「先にこいつを倒さないと……追えない!」


ゴーレムの赤い光が、ユカたちを捉えた。


祭壇の奥。


街の“心臓”は奪われた。


そして、その前には――


あまりにも巨大な壁が立っていた。


※作者の活動報告に各話の設定や裏話などのコメントを書いています。

https://syosetu.com/userblog/list/


※シリーズ第一弾『フラグメンツ・オブ・トゥルース〜最後の投擲』はこちら。

https://ncode.syosetu.com/n8279mq/


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