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第5話② 「迷宮のふたり」

遺構の中は、完全な闇だった。


石門を抜けて数歩進んだだけで、外から差し込んでいた月明かりも消える。


「何にも見えないよ」


ユカが両手を前に出しながら歩く。


「ユカ、そのまま進まないでください。照明は使えません。教団に位置を知られる可能性があります」


ピコの目が淡く光る。


「暗視ゴーグルを起動します」


ユカとレンの視界が切り替わった。


闇の中に、壁や床の輪郭が緑色の線で浮かび上がる。


同時に、空中へARマップが展開された。


何本にも枝分かれする通路。

上下へ入り組んだ階段。

行き止まり。

崩落箇所。


そして、ずっと奥で赤く点滅している地点。


ユカが目を丸くした。


「うわ……完全に迷路だね」


「古代遺構だからな」


レンが壁に刻まれた模様を確認する。


「しかも、ただの迷路じゃない。侵入者対策の罠が残ってる可能性が高い」


「罠?」


「床、壁、天井。何が動くかわからない。慎重に――」


「特にユカは、ドジっ子指数が異常に高いので」


ピコが付け足した。


「ちょっと待って」


ユカが眉を寄せる。


「ドジっ子指数って何よ」


「これまでの行動履歴から算出した統計的――」


カチリ。


ユカの足元から、嫌な音がした。


三人の動きが止まる。


ユカがゆっくり下を見る。


「……なんか踏んだ」


「まだ説明が終わってません!」


次の瞬間。


床が消えた。


「なっ――!」


「きゃああああっ!」


ユカとレンの身体が真下へ落ちる。


だが――。


ふわり。


二人の落下が止まった。


「……あれ?」


ユカの髪が宙に浮いている。


レンも空中で手足をばたつかせた。


「浮いてる……?」


上からドローンモードのピコが降りてくる。


「浮遊フィールドを展開しました」


「ピコぉぉ……!」


「まったく。気をつけてください、ドジっ子さん」


「だからその呼び方やめてってば!」


ピコは二人をゆっくり通路へ戻した。


レンが床へ降りると、口元を押さえる。


「……ふっ」


ユカが振り返る。


「レン、今、笑ったでしょ?」


「笑ってない」


「絶対笑った!」


「だから、笑ってないって。

さ、先行くぞ、ドジっ子」


「ひどいーっ!」


***


しばらく進むと、通路が大きく開けた。


レンが先に足を踏み入れ――。


「……うわっ!」


勢いよく後ずさった。


床一面。


無数の黒い影が蠢いている。


蜘蛛。


数十どころではない。

何百匹もの蜘蛛が、石床を這い回っていた。


「お、おい……」


レンの顔が引きつる。


しかしユカは、何のためらいもなく歩き出した。


「え?」


「おい! 待て!」


ユカは蜘蛛の間をひょいひょい進む。


「毒蜘蛛かもしれないだろ!」


振り返り、にかっと笑った。


「平気平気。アシダカグモに近い種類だよ」


「……わかるのか?」


「脚の形と動き方が似てるもん」


ユカはしゃがみ込み、蜘蛛を眺める。


「子どものころ、カイとよく虫取りしてたから、こういうの得意なんだ♪」


「虫取り……」


「うん。カブトムシとか、クワガタとか、カマキリとか。カイ、変な虫見つけるとすぐ追いかけるんだよ」


ユカは蜘蛛たちへ声をかける。


「ちょっと通るねー。踏んじゃったらごめんねー」


蜘蛛を避けながら歩いていく。


レンは呆然と見送った。


「……すげぇな」


ピコが隣に浮かぶ。


「……そういう子なんです」


感心と呆れが、半々だった。


***


さらに奥へ進む。


今度は細長い石造りの通路。


左右の壁には、不自然な穴が無数に並んでいる。


レンが手を上げた。


「止まれ」


端末をかざす。


「赤外線センサー……いや、古い機械式だな。床の圧力板と連動してる」


ユカが壁の穴を見る。


「ここから矢とか飛んでくる?」


「たぶんな」


「うわー。冒険映画あるある」


「楽しそうに言うな」


レンがコード解析を始める。


数秒後。


「解除した。行くぞ」


三人は通路を抜ける。


次の角。


その先には、長い下り坂が続いていた。


ユカが立ち止まる。


「……ねえ」


「なんだ?」


「こういう場所ってさ」


ユカが坂の上を見る。


巨大な円形の溝。


天井付近には、不自然な石の留め具。


ユカの目が細くなる。


「絶対、でっかい岩が転がってくるやつじゃない?」


レンが見上げる。


「まさか」


「いやいやいや。こういうの、絶対そうだよ」


「映画の見すぎだ」


「現実でもよく起こることだから、映画でも使われているんじゃないの?」


「何の根拠にもなってない」


ユカは床を慎重に見る。


数歩先。


わずかに色の違う石板。


「……怪しいな」


レンは顎に手を当てて考え込む。


「確認してみよっか」


ユカは地面に落ちている小石を拾う。


そして、石板に向かって投げた。


コツン。


何も起きない。


「大丈夫みたい」


しかし、跳ね返った石が別の壁にぶつかる。


するとーー


カチリ。


「えっ?」


三人が上を見る。


ゴゴゴゴゴゴ……。


レンの顔が引きつった。


「……マジかよ」


坂の上。


壁の一部が開く。


そこから巨大な球形の岩が姿を現した。


「来たぁぁぁぁ!!」


ユカがなぜか嬉しそうに叫ぶ。


「喜んでる場合か!」


大岩がゆっくり動き始める。


だがユカは逃げない。


むしろ坂の脇を指さした。


「レン! あそこ!」


「何だ?」


「大岩を支えてるレール!」


レンが見る。


岩は完全な自然石ではない。

左右のガイド溝に沿って転がる構造になっている。


「片側だけ壊せば?」


レンの目が変わった。


「……軌道から外せる」


「でしょ!」


レンが腕輪を掲げる。


狙いを定める。


「下がれ!」


エネルギー弾。


閃光が走り、右側の石製ガイドを吹き飛ばした。


ゴゴンッ!!


転がり始めた大岩が大きく傾く。


そのまま壁へ激突。


ドォォォン!!


岩は通路を塞ぐことなく、横のくぼみへ転がり込んだ。


何事もなかったかのように停止する。


ユカは胸を張った。


「ふふん」


「……何だ、その顔」


「冒険映画最大級の死亡フラグを、発動前に潰しました」


ピコが淡々と言う。


「フラグブレーカーですね」


「そう! それ!」


ユカが指を鳴らす。


「つまり要約するとーー」


すうっと息を吸い込む。


「『美女の卵のユカちゃんが古代遺跡に入ったら案の定でっかい岩が転がってきそうだったので映画のお約束に付き合う前に罠の構造を見抜いて対等のパートナーのレンと一緒に死亡フラグをへし折った件』!!」


「要約になってないだろ!」


「クールベの絵画やラノベのタイトル並に長くなってます!」


「そもそもな」


レンが壊れたレールを見る。


「ん?」


「最初に罠を起動したの、お前だろ」


「……」


「しかも石投げて」


「……結果オーライ!」


「ドジっ子指数、さらに上昇しました」


「なんでよ!」


三人の声が、古い遺構の奥へ響いていった。


***


その後も罠は続いた。


崩れる階段。


偽装された壁。


触れると閉じる石扉。


レンが構造とコードを解析し、罠を解除する。


ユカは細かな違和感を見つける。


「こっち」


「根拠は?」


「なんとなく」


「また勘かよ」


「私の勘、けっこう当たるんだから」


半信半疑で進む。


数分後、別ルートが崩落していることが判明した。


レンがユカを見る。


「……マジで当たるな」


「でしょ?」


レンが論理で道を読む。


ユカが直感で違和感を拾う。


片方が見落としたものを、もう片方が補う。


いつの間にか、「待て」「行くぞ」と確認する必要すら減っていた。


曲がり角では自然と背中を預ける。


レンが端末を見る間、ユカが周囲を警戒する。


ユカが先へ進むときは、レンが罠を確認する。


ピコが二人の動きを観察していた。


レンがぽつりと言う。


「……いい連携だな」


「でしょ?」


ユカは胸を張る。


「だって私たち――」


満面の笑顔。


「“対等のパートナー”だもん」


レンの動きが止まる。


「……」


そして、わずかに視線を逸らした。


ユカが首を傾げる。


「……?」


ピコは二人を見比べる。


(この鈍感さ……)


レンの表情。


何も気づいていないユカ。


(どこかでフォローした方がいいかもしれませんね)


ただし。


今ではない。


二人の前には、まだ迷宮が続いている。


そして、そのずっと先。


ARマップの中心で点滅する赤い光が、少しずつ近づいていた。



※作者の活動報告に各話の設定や裏話などのコメントを書いています。

https://syosetu.com/userblog/list/


※シリーズ第一弾『フラグメンツ・オブ・トゥルース〜最後の投擲』はこちら。

https://ncode.syosetu.com/n8279mq/


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