第1話②「17歳の誕生日」
職場に戻ると、ユカは端末に向かって報告書を作成していた。
背筋を伸ばし、表情は意外なほど真剣だ。
「報告書、ちゃんと書かないと……アランさん、細かいからな〜」
横からピコが画面をのぞき込む。
「前回は、ダメ出しが108件でしたね。今回は100件以内を目指しましょう!」
「目標低くない?」
「現実的です」
「よくあれだけ見つけられるよね……」
ユカはぶつぶつ言いながらも、文章を直し、数字を確認し、なんとか報告書を書き上げた。
「よし……送信!」
画面に《送信完了》の文字が表示される。
ピコが満足そうに頷いた。
「ダメ出しの件も、ユカは新人ですから、アランさんは、ユカがまだ見えていないものを教えてくれているんですよ」
「見えてないもの……」
ユカは椅子の背にもたれた。
「そういえば昨日も言われたんだよね」
アランの言葉を思い出す。
「“本質を掴むには、俯瞰すること。ものごとの抽象度を上げることが重要だ”って」
ユカは腕を組み、首を傾げる。
「……でも、それってどういうことなのかな?」
ピコが少し考えるように浮かぶ。
「お子ちゃまのユカには、まだ少し難しいかもしれませんね」
「なによ!」
ユカがむっとする。
「人を子ども扱いして! 私だってもう大人だよ!」
胸を張る。
「辛口のカレーだって食べられるし!」
「……大人の基準が、それなんですか?」
ピコの呆れた声が返ってくる。
「大事でしょ!」
「先日、セラ博士の家で抹茶を飲んだときは、"にがーい!"と顔をしかめてましたけど」
「それとこれとは別!」
言い返したところで、端末の時計が定時を告げた。
「よーし、今日は終わり!」
ユカが立ち上がり、帰り支度を始める。
そのとき――
端末に、新しい通知が届いた。
差出人は、会計室長のサクラ・ミズハラ。
かつてカイと共に戦った仲間で、今ではユカを妹のように可愛がってくれている。
そして――アランの恋人でもある。
《仕事が終わったら、私の席まで来てくれる?》
「サクラさん……なんの用事だろ?」
「出張費の精算で、何かやらかした可能性は?」
「……ない!」
胸を張る。
すぐに視線をそらす。
「……とも、言い切れないかも」
「でしょうね」
「なんで即答なの!」
不安になったところで、もう一件メッセージが届いた。
《仕事の話じゃないから、安心して》
「……よかったぁ」
ユカは胸を撫で下ろした。
**
会計室。
忙しそうに部下へ指示を飛ばしていたサクラは、ユカの姿を見ると表情を緩めた。
「ユカ、17歳の誕生日、おめでとう。アランと私からのプレゼントよ」
「えっ!」
今日――蒼の月12日は、ユカの誕生日だった。
この世界の一年は、十二の《彩月》によって巡る。
灰の月。
白の月。
翠の月。
琥珀の月。
紅の月。
緋の月。
黄金の月。
蒼の月。
藍の月。
紫苑の月。
黒曜の月。
そして、銀の月。
季節とともに世界を彩る、十二の月。
サクラが差し出したのは、小さなペンダントだった。
透明感のある石がはめ込まれ、内側から淡い光を宿している。
「わぁ……」
ユカの顔が一気に明るくなる。
「それ、少し特別なの」
サクラがペンダントをユカの手に乗せる。
「いざというとき、あなたを守ってくれるわ」
「……素敵!」
さっそく首にかける。
サクラが手伝う。
「ねえピコ、似合う?」
胸元のペンダントを見せながら、くるりと回った。
「きらきらデータみたいで、とてもユカらしいです!」
「でしょ!」
嬉しそうに笑うユカ。
そんな姿を見ながら、サクラは目を細めた。
出会った頃は、まだ小さな女の子だった。
それが今では――17歳。
仕事をして。
笑って。
自分の足で歩き始めている。
(出会った頃は、小さな女の子だったのに……もう17歳なのね)
その胸元で――
ペンダントが一瞬だけ、強く輝いた。
***
夕暮れのアストラ・シティ。
空は淡いオレンジ色に染まり、高層ビルのガラス窓が柔らかな光を返している。
その中を、ユカはいつもより少し早足で歩いていた。
「今日はね、カイが誕生日ケーキを作ってくれるんだ〜。楽しみ!」
口にしただけで、胸の奥がくすぐったくなる。
「ユナのカフェのレシピを参考にしているそうですね」
「そう! アナログ・ティラミス! 私の大好物!」
ユナ・セラフィム。
今はもう、この世にはいないカイの恋人。
そして、ユカのもう一人の育ての親であるセラ博士の娘。
小さなカフェを営み、ケーキやコーヒーを作るのが得意だった。
その一方で、情報工学や哲学にも精通していたという。
優しさと知性。
その両方を持っていた人。
ユカは、直接会ったことがない。
知っているのは、写真の中の顔と、カイやピコ、セラ博士から聞いた話だけ。
「ユナお姉ちゃん……写真でしか知らないけど、ほんと、すごい人だったんだろうな」
「そうですね」
ピコの声が少しだけ柔らかくなる。
「きっとカイも、アナログ・ティラミスも含めて、ユナとの思い出を大事にしているんでしょうね」
そして、すぐにいつもの口調へ戻った。
「ですからユカ。ちゃんと味わって食べるんですよ」
「もちろんだよ〜」
「一瞬で食べ終わらないでくださいね」
「そこまで早食いじゃないって!」
口を尖らせながらも、ユカは少し笑った。
でも――ピコの言う通りだと思う。
ケーキには、きっと味だけじゃなくて。
想いも混ざっている。
「よし!」
ユカが急に声を上げた。
「ケーキはカイに任せるとして、夕飯は自分で作らないと!」
「何にしましょうか?」
「うーん……」
腕を組み、本気で考える。
「ケーキに合う夕飯だな……」
「夕飯のあとにケーキを食べるのだから、ペアリングまで考える必要はないのでは?」
至極真っ当な意見。
しかし――
「異議あり!」
ユカがびしっと指を突きつけた。
「はあ……」
「最高にケーキをおいしく感じられる夕飯を、バックキャストで考えるんだよ!」
自分で言いながら、うんうんとうなずく。
ピコはユカを見る。
こういう、もっともらしい言葉を使っているのに、よく聞くと意味が分からない発言。
妙にユナに似てきた。
血はつながっていないはずなのに。
なぜだろう。
ため息のような電子音が漏れる。
「よし!」
ユカが顔を上げる。
「カレーだな!」
「その心は?」
「辛いものを食べたあとなら、ケーキの甘さがもっと引き立つ!」
「辛味が強すぎると、逆に味を感じにくくなる可能性もありますよ」
「うっさい!」
ユカが頬を膨らませる。
「もう口の中がカレーを求めてるから変更不能!」
「はいはい」
そんな会話をしているうちに、いつも利用しているスーパーマーケットが見えてきた。
***
店に入る。
ユカはカゴを手に取ると、数歩歩いたところで立ち止まった。
「……やっぱ、カレーじゃなくてビリヤニにするか」
「ええっ!?」
ピコが即座に反応する。
「“変更不能”と言った直後に、あっさり方針変更しましたね!?」
「違う!」
ユカが振り返る。
「カレーもビリヤニも、大まかな方向性は変わってない!」
「方向性?」
「これは段階的詳細化!」
さらに人差し指を立てる。
「ローリング・ウェーブ法だよ!」
「勢いとプロマネ用語で誤魔化しましたね?」
「おっ、玉ねぎ安っ! 助かる〜」
「聞いてます?」
ピコのツッコミを華麗に無視し、ユカは玉ねぎをカゴへ入れる。
「あと何が必要?」
「そうですね。にんにく、しょうが、ヨーグルトは家にありますから――」
ピコがホログラムスクリーンを展開する。
「バスマティライス、鶏肉、ミント。それからビリヤニマサラがあれば大丈夫かと」
「了解!」
ピコの指示を聞きながら、ユカは店内を回る。
必要なものを迷うことなくカゴへ入れていく。
なんだかんだ言いながらも、二人の息はぴったりだった。
十年一緒にいるだけのことはある。
買い物を終えたユカは、袋を片手に店を出た。
胸元では、サクラからもらったペンダントが夕暮れの光を受けて、小さく輝いていた。
※作者の活動報告に各話の設定や裏話などのコメントを書いています。
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※シリーズ第一弾『フラグメンツ・オブ・トゥルース〜最後の投擲』はこちら。
https://ncode.syosetu.com/n8279mq/




