第4話⑤「もうひとつの答え」
翌日。
骨董店のシャッターは、半分ほど開いていた。
薄暗い店内。
古びた時計やランプ、用途の分からない機械部品が並ぶその中央で、ユカとレンがテーブルを挟んで向かい合っている。
ユカは腕を組み、わずかに顎を上げた。
口角をきゅっと持ち上げる。
どう見ても、自信満々の顔だ。
その表情を見た瞬間、ピコの中で何かが引っかかった。
(……あっ)
記憶メモリが反応する。
(今のユカは“ドヤ顔ユリ”……セラ博士の若い頃とそっくりです。血は繋がっていないのに。育て親の影響って、出るものなんでしょうか……)
本人はまったく気づいていない。
レンはそんなユカを見ながら、修復を終えた指輪を指先でつまみ上げた。
店内の薄明かりを受けて、指輪が小さく輝く。
「さあ。答えを聞こうか」
ユカは迷わなかった。
「協力はしない」
即答だった。
レンの眉がわずかに動く。
「……」
「でも、指輪は返してもらう。その代わり――」
ユカは人差し指を立てた。
「勝負よ!」
「……勝負?」
レンの思考が止まった。
交渉でもない。
交換条件でもない。
ましてや戦闘でもない。
ユカは足元に置いていた袋をごそごそと探り――勢いよく箱を取り出した。
「ボードゲーム、このブロックスで!」
「……はァ?」
レンの顔から、完全に理解が消える。
ユカは箱を胸の前に掲げた。
「あなたの“善”と、私の“善”。どっちが“いい未来”を作れるか、勝負するの!」
ピコが小さく首を振る。
「……展開が急すぎます」
***
こうして。
世界のあり方を巡る思想対決は、なぜかボードゲームで決着をつけることになった。
テーブルの上に広げられたのは、正方形のマスが並んだ盤面。
その周囲に、色とりどりの多角形ピースが並ぶ。
ピコが説明役を引き受けた。
「ブロックスは、自分の色のピースをできるだけ多く盤面に置いた人の勝ちです。ピースは“角と角”でしか接してはいけません。辺でつなぐのは禁止。相手のピースを奪うこともできませんが、配置次第で進路を塞ぐことは可能です」
レンは盤面を見つめた。
「……奪えない、のか」
「うん。広げるしかないの」
ユカは椅子へ座る。
ユカは青。
レンは赤。
二人は、それぞれ盤面の対角に最初のピースを置いた。
カチ。
小さな音。
ゲームが始まる。
序盤は互いに、自分の領域を広げていく。
青と赤。
二つの色が、盤面の中央へ向かって伸びていく。
ユカは小さなL字型のピースを手に取った。
「……今までの私はね、“lose-win”、自分が我慢すれば丸く収まる、それがいちばん正しい“善”だと思ってた」
ピースを置く。
角と角だけをつなぎ、自分の陣地を少しずつ広げていく。
「でも、それってどこかで必ず歪むんだって」
レンは何も答えない。
盤面を見つめ、自分の次の一手を読む。
そして。
ユカが進もうとしていた方向へ、大きな赤いピースを置いた。
青の進路が、一気に狭くなる。
「……俺の両親は、コード・ハンターだった」
ユカの手が止まる。
「コード・ハンター……?」
「“創生のコード”。この世界の“理”が物質化したものを回収する仕事だ」
ピコが補足する。
「創生のコードは禁忌技術です。現在はセラ一族が管理しています」
レンは次の赤いピースを手に取った。
視線は盤面から離れない。
「シン統治システムが崩壊して……世界は変わった」
カチ。
赤いピースが、青の拡張ラインを塞ぐ。
「これまでと仕事のやり方が変わり、両親は職を失った」
声が低くなる。
「俺は弱者になった。守られる側じゃなく、踏みつけられる側に」
その言葉には、長い時間をかけて固まったものが滲んでいた。
怒り。
悔しさ。
そして、自分ではどうすることもできなかった幼い頃の無力感。
ユカはレンを見た。
「……そっか」
否定しない。
同意もしない。
ただ、その言葉を受け取る。
「教えてくれて、ありがとう」
レンが顔を上げた。
わずかに目を見開く。
責められると思っていたのかもしれない。
あるいは、正論で否定されると。
けれどユカは、もう盤面へ視線を戻していた。
青の進路は塞がれている。
だが。
完全ではない。
まだ、角が残っている。
ユカは細長いピースを選んだ。
狭い隙間へ滑り込ませる。
カチ。
青が、赤の脇をすり抜けるように伸びた。
「奪われないためには、奪う側に回るしかない……そう思ったんだよね」
レンは迷わず答える。
「そうだ。win-lose。それが俺の“善”だ」
盤面の中央では、青と赤が複雑に入り組んでいた。
レンの赤は、ユカの青を何度も塞いでいる。
一見すると、有利に見える。
だが。
塞ぐために置かれた赤いピースは、そのたびに自分自身の進路も削っていた。
ユカは盤面を眺めながら言った。
「……ある人に言われたの」
手にしたのは、残っている中でも大きなピース。
「全部塞ごうとすると、自分の置き場所もなくなるって」
レンの視線が動く。
ユカは大きな青いピースを置いた。
しかし――
レンの進路を完全には潰さない。
わずかに、角を残した。
レンが目を細める。
ユカは盤面を見ながら続けた。
「もし――どっちも負けない置き方があるとしたら?」
「……そんな都合のいい話があるか」
「あるよ」
ユカは笑った。
「相手のスペースをゼロにしないこと」
レンは黙る。
盤面には、まだ赤が進める場所が残っている。
そして青にも。
互いの色が入り混じりながら、それでも完全には潰し合っていない。
「それが、win-winの未来なんだよ」
ユカは最後に残った小さな青いピースを手に取った。
盤面の隅。
ほんのわずかに残された空間へ――
カチ。
ぴたりと収まる。
二人で残ったピースを数える。
結果は――
ユカの勝ち。
ほんの僅差だった。
「…………」
レンは盤面から目を離さない。
自分が何度もユカの進路を塞いだ跡。
その結果として、自分自身も置けなくなったピース。
そして。
ユカがあえて残した余白。
それが最後まで、赤と青の両方を盤面に生かしていた。
やがて、レンが口を開く。
「……負けた」
もう一度、盤面を見る。
そして。
ほんの少しだけ、口元を緩めた。
「でも……悪くない負けだ」
胸の奥で、長いあいだ固まっていた何かが、少しずつほどけていく。
テーブルの上に残ったのは。
奪われたものでも。
踏みつけられた跡でもない。
互いの隙間を縫いながら広がり、最後まで共存した――
赤と青の軌跡だった。
※作者の活動報告に各話の設定や裏話などのコメントを書いています。
https://syosetu.com/userblog/list/
※シリーズ第一弾『フラグメンツ・オブ・トゥルース〜最後の投擲』はこちら。
https://ncode.syosetu.com/n8279mq/




