第4話④「自分との対話」
宿の一室。
灯りは落とされ、部屋はほの暗い。
ユカはベッドに横たわり、天井を見つめていた。
ピコがカーテンを少しだけ開ける。
窓の外には、セラフィム・シティの螺旋塔。
遠くに浮かぶその光は、一定のリズムで明滅し、まるで街そのものが呼吸しているようだった。
「……レンは、間違ってる」
ユカが小さくつぶやく。
けれど、すぐに眉を寄せた。
「いや……違うな」
ピコが振り返る。
「違う、とは?」
ユカは天井を見たまま答える。
「レンが全部間違ってるって言いたいんじゃないの」
きっと彼なりにwin-loseの“善”にたどり着いた然るべき理由があったのだろう。
ユカはそこまで否定したいわけではなかった。
「もっといい方法があるかもしれないのに……レンは、そこに目を向けようとしてない」
「なるほど」
「でも……」
ユカは枕に顔を半分埋める。
「それを、どう伝えたらいいのかわかんない」
頭の中には、何かがある。
でも形にならない。
“なんとなく違う”。
“もっと別のやり方がある”。
そこまではわかる。
けれど、それを言葉にしようとすると、途端にぼやけてしまう。
ピコはしばらくユカを見つめていた。
やがて、穏やかに言う。
「答えは、もうユカの中にあるんじゃないですか?」
ユカが顔を上げる。
「……私の中に?」
「はい」
ピコはうなずく。
「新しい答えを探す必要はありません。これまでユカが経験してきたことを思い返してみてください」
「経験……」
「そして、それを“言語化”すればいいんです」
ユカは目を瞬かせる。
「言語化……」
その言葉を、口の中で転がす。
言葉にする。
自分が何を感じているのか。
なぜそう思うのか。
何を大切にしたいのか。
今までのユカなら、たぶんこう言っていた。
――なんとなく、こっち!
あるいは。
――《超高性能・超高精度・自己学習型多次元未来予測統合直感演算システム・ユカスペシャル・マークセブン改》がそう言ってる!
要するに、勘である。
けれど今回は、それでは届かない。
レンに伝えるには、自分の中にある感覚を、言葉にしなければならない。
ユカは目を閉じた。
(私が大事だと思ってること……)
そのとき。
「あっ……」
ひとつの記憶が浮かび上がった。
***
あの日。
些細なことで、カイと大喧嘩した夜。
何が原因だったのか、今となってはよく覚えていない。
ただ、ものすごく腹が立っていたことだけは覚えている。
ユカは部屋の隅で腕を組み、カイに背を向けていた。
「……なあ」
返事はしない。
「ボードゲーム、やらないか?」
ユカが勢いよく振り返った。
「……今、それ言う?」
「今だから言ってる」
「意味わかんない」
本当は断るつもりだった。
けれど結局、ユカは渋々テーブルについた。
最初は目も合わせない。
コマを置く音だけが続く。
ところが――。
「あっ! それズル!」
「ズルじゃない。ルール読め」
「絶対いま適当に言った!」
「説明書ここにあるだろ!」
「うわっ、ほんとだ!」
気づけば、ゲームに夢中になっていた。
思わぬ逆転に笑い。
負けそうになって本気で悔しがり。
相手の一手に頭を抱える。
さっきまで何に怒っていたのかさえ、だんだんどうでもよくなっていった。
ゲームが終わる頃には、二人とも普通に話していた。
ユカは盤面を見ながら、ぽつりと言った。
「……ボードゲームって、すごいんだね」
カイが少しだけ笑った。
「ユナが言ってたんだ」
「ユナお姉ちゃんが?」
「ああ」
カイはどこか懐かしそうな顔をする。
「“対立したら、ボードゲームをすればいい。そうすれば、みんなハッピーになれる”って」
ユカは思わず顔をしかめた。
「えー、なにそれ。お気楽すぎじゃない?」
「俺もそう思ったよ」
カイが苦笑する。
「でもな、ユナは本気だった」
「本気?」
「勝ち負けだけじゃない。同じルールの中で向き合うこと」
カイは盤面のコマを指で転がした。
「相手が何を考えてるのか見る。自分の考えも見せる。そうやって、同じ場所で向き合う」
ユカは黙って聞いていた。
「それが、いちばん“争わない方法”だって」
***
ユカは目を開けた。
胸の奥にあった、形のない感覚。
それが少しずつ輪郭を持ちはじめる。
「……そうか」
ベッドから身を起こす。
ピコは何も言わない。
「カイ。ユナお姉ちゃん」
ユカは小さく笑った。
「今なら、わかるよ」
レンを言葉で言い負かす必要なんてない。
自分の“善”を押しつける必要もない。
まず、同じ場所に立つ。
同じルールの中で向き合う。
そこで、自分の答えを見せればいい。
「ピコ」
「はい」
ユカの目には、もうさっきまでの迷いはなかった。
「明日、レンと勝負する」
「勝負、ですか?」
「うん」
口元に、少しだけいたずらっぽい笑みが浮かぶ。
「どういう勝負ですか?」
「ふふーん、内緒!」
ピコの目がわずかに細くなる。
「……なるほど
何か考えがあるんですね」
ユカは窓の外を見る。
螺旋塔の光が、夜の中で瞬いていた。
答えは、どこか遠くにあったわけじゃない。
これまで笑って。
怒って。
失敗して。
誰かと向き合ってきた。
その全部が、ずっと自分の中に残っていた。
必要だったのは、それを見つけて、言葉にすることだった。
ピコはユカの背中を見つめながら、心の中でかつての相棒に語りかける。
(ユリ……)
(ユカは、ちゃんと自分で考えて、迷って、自分の答えにたどり着きましたよ)
窓の向こうで、街の灯りが静かに瞬いていた。
※作者の活動報告に各話の設定や裏話などのコメントを書いています。
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※シリーズ第一弾『フラグメンツ・オブ・トゥルース〜最後の投擲』はこちら。
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