第4話②「彼に似た少年」
市街へ足を踏み入れた瞬間、空気が変わった。
石造りの壁。
街灯の柱。
建物の窓。
いたるところに、同じポスターが貼られている。
――《シン統治教》
――《真なる秩序は統治から生まれる》
街角では、人々が声を荒らげていた。
「統治こそが秩序だ! 自由は混乱を生む!」
「それは支配だ! “善”の名を借りた暴力だ!」
怒号が飛び交う。
互いに睨み合い、誰も引こうとしない。
ユカは足を止めた。
「……ここも、教団の影響下なの?」
隣を飛ぶピコが答える。
「宗教と秩序は、常に表裏一体です。“善”という言葉ほど、人を支配するのに便利なものはありません」
「善……」
ユカは無意識に胸元のペンダントを押さえた。
正しいことをしている。
きっと、ここにいる誰もがそう思っている。
なのに、どうしてこんなに息苦しいのだろう。
***
喧騒を抜け、細い路地へ入る。
湿った石畳の先に、一軒の店があった。
骨董店。
古びた看板が風に揺れ、かすかな金属音を立てている。
「……ここなら、指輪のこと、何かわかるかも」
ユカは重い扉に手をかけた。
押し開ける。
油と金属、それに古い紙が混ざったような匂いが流れてきた。
店内には、年代も用途もわからない機械が積み上げられている。
分解されたデバイス。
錆びた歯車。
修復途中の遺物。
壊れたものと、直されようとしているものが、区別なく同じ場所に並んでいた。
その奥に、ひとりの少年がいた。
年齢はユカと同じくらい。
工具を握り、何かの機械を修理している。
背筋はまっすぐで、動きに無駄がない。
冷たいほどに集中した横顔。
ユカの足が止まった。
(……ソウタ?)
胸の奥から、記憶が一気に蘇る。
幼い頃、いつも隣にいた人。
そして、シン統治システムとの戦いの中で命を落とした人。
もう、どこにもいないはずの人。
(違う。わかってる……別人だって)
それでも。
(……似すぎてる)
少年が顔を上げた。
目が合う。
「……俺の顔になんかついてるか?」
乾いた声だった。
「あ、いや……知ってる人に似てたから、つい……」
「じろじろ見やがって。失礼なやつだな」
「……ご、ごめん」
ユカは目を伏せた。
(違う……やっぱり違う)
ソウタの声は、もっと柔らかかった。
言葉の端には、いつも少しだけ迷いがあった。
怒っているときでさえ、どこか優しかった。
目の前の少年には、それがない。
(ソウタじゃないんだから、当たり前だよね……)
わかっている。
勝手に重ねて、勝手に落胆しているのは自分だ。
ユカは気持ちを切り替えるように、薬指から指輪を外した。
「これ……調べてほしいの」
少年の手が止まった。
さっきまで無関心だった目が、指輪に釘付けになる。
「……これを、どこで手に入れた?」
声の温度が変わった。
「大切な人から、受け継いだの」
「族長の知り合いか?」
「族長……? セラ博士のこと?」
少年が眉をひそめる。
「“セラ”は代々、この街の族長が継ぐ名だ」
「そうなの?」
「そんなことも知らずに、よく触れたな」
「むっ……」
ユカの頬が膨らむ。
(なによ、この人……)
ソウタに似ている。
なのに、全然優しくない。
(……いや、だからソウタじゃないってば!)
自分で自分に突っ込みを入れながらも、胸の奥が少しだけ痛んだ。
***
指輪の修復が始まった。
少年は指輪を精密装置に固定すると、空中に仮想コードを展開した。
幾重にも重なる光の構造。
その一部が歪み、ところどころ欠損している。
「コードが破損してるな」
少年の指が光の中を走る。
「……雑に使いやがって」
「ちょっと! それ、言い方ってもんがあるでしょ!」
「事実を言っただけだ」
「言い方の話をしてるの!」
「まあまあ、落ち着いてください」
ピコが二人の間に入る。
「技術者は言葉より手が先に出るものです」
「ピコ、フォローになってない!」
少年は二人を無視して作業を続ける。
態度は最悪。
けれど、その手つきは驚くほど正確だった。
やがて、乱れていたコードが一本ずつつながっていく。
光が収束した。
その瞬間。
淡い光の中に、ひとりの女性の輪郭が浮かんだ。
「……!」
ユカの目が見開かれる。
柔らかな表情。
かすかな微笑み。
――ユナ。
「ユナお姉ちゃん……!」
手を伸ばす。
けれど、指先が届くより早く、その姿は消えた。
装置の光も落ちる。
少年は指輪を取り外した。
「……お前、名前は?」
「ユカ。ユカ・セイラン」
「俺はレン・ヴァリス」
「レン……」
レンは指輪をユカに返さない。
そのまま手の中に握り、ユカを見据えた。
「代金はいらない」
「ほんと?」
「その代わり――俺に協力しろ」
ユカの表情が変わる。
「……協力?」
「俺の“善”を成すために、この指輪の力が必要なんだ」
また、その言葉。
善。
街角でも聞いた言葉だった。
「あなたの“善”って、何?」
レンは迷わなかった。
「強い者は、弱い者から力を奪う権利がある」
ユカの目が見開かれる。
「……え?」
「だが、その力を役立てる義務もある」
レンの声に迷いはない。
「win-lose。それが俺の“善”であり、正義だ」
「……それは違う」
ユカは即座に答えた。
頭で考えるより先に、言葉が出ていた。
レンが冷たい目を向ける。
「お前の“善”には興味がない」
「でも――」
「協力するか、指輪を置いていくか」
レンは指輪を握ったまま背を向けた。
「明日までに決めろ」
「ちょっと待って! それ私の――」
レンは振り返らない。
そのまま店の奥へ消えていった。
「……」
取り残されたユカは、何も言えずに立ち尽くす。
壁に掛けられた古い時計だけが、時を刻み続けていた。
カチ、カチ、カチ。
ユカはレンが消えた奥の扉を見つめる。
ソウタと同じ顔。
けれど、まったく違う人。
そして――ユカとまったく違う「善」。
ユカは胸元をぎゅっと握った。
「……善って、なんなんだろう」
その問いに答える者は、まだ誰もいなかった。
※作者の活動報告に各話の設定や裏話などのコメントを書いています。
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※シリーズ第一弾『フラグメンツ・オブ・トゥルース〜最後の投擲』はこちら。
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