第4話①「セラフィム・シティ」
セラフィム・シティ行きの空中列車は、柔らかな振動を伝えながら、雲海の上を滑るように進んでいた。
窓際に座るユカは、ガラスに額を近づけ、流れていく雲をぼんやりと眺めている。
その隣にはピコ。
(セラフィム・シティ……セラ博士と、ユナお姉ちゃんの故郷)
指先に、かすかな熱を感じた。
薬指にはめた指輪が、淡く脈打つように光っている。
(この指輪は、ユナお姉ちゃんからカイへ。そして……今は私のところにある)
けれど、その光は以前よりも弱い。
明滅も不安定だった。
ユカは指輪をそっと撫でる。
(力が落ちてる理由も……きっと、この街でわかる)
やがて車内にアナウンスが流れた。
『まもなく、セラフィム・シティ駅に到着いたします』
「……!」
ユカが顔を上げる。
窓の向こうで雲が割れた。
その下から現れたのは――巨大なクレーター都市。
「うわ……」
ユカの瞳が、大きく見開かれた。
***
セラフィム・シティ。
駅を出た瞬間、ユカは足を止めた。
眼下には、円形の巨大な窪地に沿って築かれた都市が広がっている。
何層にも連なる段々状の街並み。
古代建築を思わせる石造りの建物。
その合間を、光の軌道と空中交通網が縫うように走っていた。
そして街の中心には――。
「……すごい」
空へ向かって伸びる、巨大な螺旋塔。
都市そのものを貫くように、天高くそびえている。
ピコがユカの隣に浮かぶ。
「ここがセラフィム・シティ。セラ一族の聖地にして、本拠地です」
「カイが言ってた」
ユカは塔を見上げたまま答える。
「セラ博士の一族は、隕石に乗ってこの星にやってきたって」
「ええ。その“隕石”の一部が、今もこの都市の地下深くに眠っていると言われています」
「へえ……」
返事は軽い。
けれど、ユカの視線は街の奥へ引き寄せられていた。
螺旋塔。
石造りの街並み。
地下に眠るという隕石。
知らないはずなのに、なぜか懐かしい。
そんな表情にも見えた。
その横顔を見つめながら、ピコは考える。
(どうしましょう……)
ピコは、この街について多くの情報を持っている。
セラ一族の歴史。
この都市の成り立ち。
地下に眠るもの。
そして――ユカがまだ知らないことも。
(でも、それを全部、今のユカに話してしまっていいのでしょうか)
そのとき、記憶領域の奥から懐かしい声が蘇った。
***
ユカの相棒になる前日の夜。
研究室の片隅で、セラ博士がピコに向き直っていた。
「いい、ピコ。明日からあなたはユカの相棒になるんだけど……ひとつ、お願いがあるの」
「何でしょう、ユリ?」
セラ博士の眉がぴくりと動いた。
「……ユリじゃなくて、セラって呼んで。族長の名前を受け継いだんだから」
「失礼しました、セラ博士。それで、お願いというのは?」
「ユカのこと、何でもかんでも助けないでほしいの」
ピコは首を傾げた。
「……と、言いますと?」
セラ博士は少しだけ目を細める。
「あの子自身が考えて、迷って、間違えて、それでも前に進むために」
ピコは黙って聞いている。
「答えを先に教えちゃったら、ユカが自分で答えを見つける機会を奪うことになるでしょ?」
「なるほど」
「だから、本当に困ったときだけ、手を差し伸べてあげて」
「承知しました」
「ふふ。お願いね」
穏やかに微笑むセラ博士を見て、ピコは不思議な気持ちになった。
かつての相棒。
本名――ユリ・セラフィム。
天才すぎて誰も追いつけず、思いついたことを即実行しては世界を引っかき回し、最後にはトレードマークのドヤ顔で笑っていた少女。
そんな彼女が今では、誰かの成長を見守る側にいる。
(……人って、変わるものですね)
***
記憶から戻ったピコは、改めてユカを見る。
ユカは今も、目の前に広がる街を食い入るように眺めていた。
(そうですね)
答えを教えるのは簡単だ。
けれど、それでは意味がない。
(まずは、ユカの思うようにさせてみましょう)
迷って。
考えて。
それでも進めなくなったとき。
そのときに、ほんの少しだけ背中を押す。
ピコは心の中で、かつての相棒へ語りかけた。
(それでいいですよね、ユリ……)
セラフィム・シティの風が、二人の間を吹き抜けていく。
ユカはまだ知らない。
この街で、自分が何を知り、何を選ぶことになるのかを。
※作者の活動報告に各話の設定や裏話などのコメントを書いています。
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※シリーズ第一弾『フラグメンツ・オブ・トゥルース〜最後の投擲』はこちら。
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