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第3話⑦「違っていてもいい」

突如、姿を消したラヴィ。


ユカとピコは、その場で呆然としていた。


「そ、そういえば……」


ピコが、何かを思い出したように声を上げる。


「サンサーラ教の最高神は、少年の姿をしていると伝えられています」


ユカの目がゆっくり見開かれる。


「……まさか……」


遠くで鐘の音が響く。


炎は変わらず燃え続け、プージャーの祈りが川辺に流れていた。


***


夜。


サンサーラ川のほとり。


炎がゆらゆらと揺れ、低い祈りの声が幾重にも重なっている。


ユカはその光景を、黙って見つめていた。


昼間は、ただ理解できないものばかりだった。


濁った川。

沐浴。

火葬。

洗濯。

そして、病に倒れた老人。


けれど今は、その全部が頭の中でつながり始めている。


「助けても……善が不幸を生むことってあるんだね……」


ユカがぽつりとこぼす。


ピコは少し考えてから答えた。


「サンサーラ教では、輪廻――つまり、流れが終わらず続いていくことを大切にする教えがあるようです」


「輪廻……か」


ユカは川を見つめたまま、つぶやく。


水は絶えず流れている。


同じ場所にあるようで、同じ水は二度と戻ってこない。


「助けて、誰かが困るなら……」


言葉が止まる。


「助けるって……本当に“いいこと”なのかな……」


ピコは答えられなかった。


人々の祈りも、炎の揺らぎも、川の流れも止まらない。


その中で、ユカだけが立ち止まっているようだった。


「……私、間違ってたのかも」


そのとき。


頭の奥に、聞き覚えのある声が響いた。


《ううん。ユカは間違ってないよ》


「……ラヴィ?」


ユカの目がわずかに見開かれる。


周囲を見回す。


誰もいない。


けれど、声は確かに聞こえた。


《でも、“全部正しい”わけでもない》


川面が炎の光を映し、揺れている。


《ここはね、そういう場所なんだ》


その声は、遠くへ溶けるように消えていった。


ユカはゆっくり息を吐く。


「……そっか」


肩から少し力が抜ける。


「何が正しいかなんて、きっと誰にもわからないよね」


炎を見つめながら、言葉を続ける。


「だったら、自分が“正しいと思ったこと”をやるしかない」


顔を上げる。


「でも、それで終わりじゃなくて……」


老人と、その家族たちの姿を思い出す。


「そのあとどうなるかも、ちゃんと見ないといけないんだね」


ピコがすぐに反応する。


「なるほど。プロジェクトマネジメント的に言えば、実行後の監視・コントロールを怠るな、ということですね」


ユカがじとっとした目を向ける。


「もう……こういう時に、いきなりビジネス用語持ち出すのやめてよ」


「しかし、概念としてはかなり近いです」


「そうだけどさぁ……」


呆れながらも、ユカは小さく笑った。


それから、もう一度川へ向き直る。


「でも……そういうことなんだよね、ラヴィ」


返事はない。


それでも、どこかでくすっと笑う声が聞こえたような気がした。


ユカの口元も、自然に緩んだ。


そのとき。


端末が小さく振動する。


「あっ」


画面を開いたユカの表情が明るくなる。


「空中列車、明日から運行再開だって!」


「それは良かったです。これでセラフィム・シティへ向かえますね」


「うん。早く、指輪の修理もしないと」


ユカは左手の指輪を見つめる。


まだ完全ではない。

けれど、この指輪のおかげで今日も誰かを助けられた。


その一方で、助けるだけでは足りないことも知った。


「でも……」


ユカは川へ目を戻す。


「今回の寄り道、悪くなかったかも」


「そうですね」


ピコも川を見つめる。


「価値観は、かなり壊れましたが」


「かなりじゃないよ。もう木っ端微塵だよ」


二人で笑う。


しばらくして、ユカが夜空を見上げた。


満天の星が広がっている。


「なんかさ」


「はい?」


「これで、世界中どこに行っても大丈夫な気がしてきた」


ピコが首を傾げる。


「それは、なぜでしょう?」


「うーん……」


ユカは少し考える。


けれど、すぐに答えは出なかった。


それでも、自分の中に生まれた感覚だけは分かる。


「たぶん……」


ゆっくり笑う。


「“違っていてもいい”って、思えたからかな」


ピコは、わずかに目を細めた。


「……なるほど」


川は流れ続ける。


祈りも、炎も、絶えない。


同じ場所に、生も死も、喜びも苦しみも、理解できるものも理解できないものもある。


それでも世界は、ちゃんと続いている。


その中で、ユカとピコの小さな笑い声が夜へ溶けていった。


星々は、何も言わずにそれを見下ろしていた。


《第3話・終わり》



次回予告


セラフィムシティ――

そこは、“善”がぶつかり合う街だった。


指輪に隠された真実。

そして出会ったのは、

私とはまったく違う“正しさ”を持つ少年。


奪うことで守る善か。

分かち合うことで進む善か。


ぶつかる価値観の中で、

私たちはひとつの答えにたどり着く。


それは――

誰も失わないための選択。


次回、

「フラグメンツ・オブ・メリオラ〜ユカの旅〜」


第4話「もうひとつの答え」


“正しさ”は、ひとつじゃない。

だからこそ――選ばなきゃいけない。



※作者の活動報告に各話の設定や裏話などのコメントを書いています。

https://syosetu.com/userblog/list/


※シリーズ第一弾『フラグメンツ・オブ・トゥルース〜最後の投擲』はこちら。

https://ncode.syosetu.com/n8279mq/


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