第3話⑥「足りてなかった」
ラヴィの言葉が、ユカの頭の中に残っていた。
人を助けることで、周りの動きを消してしまった。
言っていることは、なんとなくわかる。
けれど、どうしても納得しきれない。
ユカはぎゅっと手を握り、顔を上げた。
「……でもさ。苦しいのを、そのままでいいってのも、なんか違くない?」
ラヴィはすぐにうなずいた。
「うん、違うよ」
「えっ」
予想外の答えに、ユカが目を丸くする。
ラヴィは少しだけ笑った。
「でも、“全部よくする”のも違う」
「……なにそれ……」
「そこが複雑なところなんだよ」
ラヴィはそう言うと、軽く指を鳴らした。
ぱちん。
ほんのわずかに、空気が揺れる。
次の瞬間。
「……おお?」
さっきまで元気いっぱいだった老人が、肩を回しながら首をかしげた。
「楽にはなったが……無理すると、ちょっと疲れるのう」
息子のアベイも、不思議そうに自分の屋台を見回す。
「……あれ? 親父が少し手伝ってくれるなら、このまま店やりながら、別の仕事もできるかも……」
妻の表情も少し和らぐ。
「それなら……なんとかなるかもね」
常連客たちも、顔を見合わせた。
「親父さんの味も残るなら悪くないな」
「新メニューとか増えるなら、それはそれでアリだろ」
さっきまで怒鳴り合っていた場が、少しずつ落ち着いていく。
ユカは呆然とその様子を見ていた。
「……え?」
ピコがすぐに老人たちをスキャンする。
「状態が……調整されています」
「調整?」
ユカは勢いよくラヴィを見る。
「今のなに!?」
「ちょっとだけ、流れを戻したんだ」
「そんな簡単に言う!?」
ラヴィは首を横に振る。
「簡単じゃないよ」
いつもの軽い表情のまま、まっすぐユカを見る。
「ユカがやったことも、間違いじゃない」
「えっ……そうなの?」
さっきまで自分のしたことを責めかけていたユカは、思わず聞き返した。
「うん」
ラヴィは老人と、その家族たちへ目を向ける。
「苦しんでる人を助けたかった。それ自体は悪くない」
それから、再びユカを見る。
「ただ――」
少しだけ声をやわらげる。
「正しかったけど、足りてなかったんだよ」
「……足りてなかった……」
ユカは、その言葉をゆっくり繰り返した。
治すことだけを見ていた。
その人の身体だけを見ていた。
その人の周りにいる家族や、仕事や、暮らしがどう変わっていたのか。
そこまでは見ていなかった。
「……そっか」
ユカは少しだけ視線を落とした。
「私、助けることしか考えてなかったんだ」
「まあ、最初はそんなもんだよ」
ラヴィがくすっと笑う。
「リアクション芸人さん」
「だから違うってば!!」
ユカが反射的にツッコむ。
そして。
「あれ?」
ユカは目を瞬いた。
さっきまで目の前にいたはずのラヴィが、いない。
「……ラヴィ?」
周囲を見回す。
人々。
屋台。
炎。
祈り。
どこにも、あの少年の姿はなかった。
ピコもきょろきょろと周囲を確認する。
「いませんね……」
「え、ちょっと待って。いつ消えたの?」
「記録にも明確な移動経路が残っていません」
「それ怖いやつじゃない!?」
少し離れた場所では、プージャーが変わらず続いている。
炎を掲げた僧侶たちの声が、川辺へ響いていた。
その詠唱の中に、ひとつの名が混ざる。
「――最高神、ラヴィよ――」
ユカの動きが止まった。
ピコも固まる。
二人はゆっくり顔を見合わせる。
「……えっ?」
次の瞬間。
「えええええっ!?」
※作者の活動報告に各話の設定や裏話などのコメントを書いています。
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※シリーズ第一弾『フラグメンツ・オブ・トゥルース〜最後の投擲』はこちら。
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