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第3話⑤「善の副作用」

ユカとピコ、ラヴィは、しばらくプージャーの様子を眺めていた。


揺れる炎。

重なっていく祈りの声。

鐘の音。

川の流れ。


さっきまで騒がしく感じていたものが、今は不思議とひとつの大きな流れに見える。


ユカはその光景を、少しだけ穏やかな表情で見つめていた。


そのとき。


どさり。


少し先で、ひとりの老人が倒れた。


「えっ……!」


ユカが駆け寄る。


老人の呼吸は浅い。

首元には、細いコードのような模様が浮かんでいる。


見覚えのある症状だった。


「データ・シンドローム……!」


ピコがすぐに老人の状態を解析する。


「症状進行を確認。早急な処置が必要です」


「治療しないと!」


ユカが左手の指輪に手をかける。


すると、隣にいたラヴィがあっさり言った。


「いいんだよ」


ユカの動きが止まる。


「……え?」


「そのままで」


「よくないでしょ!?」


思わず声を荒らげる。


ラヴィは困った様子もなく、肩をすくめた。


「その人の“流れ”だから」


「なにそれ、意味わかんない!」


老人は苦しそうに胸を押さえている。


ユカは迷わなかった。


「苦しんでる人が目の前にいるのに、放っておけるわけないじゃん!」


指輪を掲げる。


「善きことをやるんだ……!」


指輪が光を放つ。


淡い光が老人の身体を包み込み、首元のコード状の模様へ集まっていく。


まだ完全ではない。

わずかに揺らぎ、不安定さも残っている。


それでも、以前より明らかに制御できていた。


周囲の人々が足を止め、ざわめき始める。


ラヴィだけが、少し離れた場所から眺めていた。


「……あーあ」


光が収束する。


老人の首元から、異様な模様がゆっくり消えていく。


「……なんじゃ……」


老人が大きく息を吸った。


「息が……楽だ……!」


ゆっくりと身体を起こす。


ユカの顔がぱっと明るくなった。


「よしっ! もう大丈夫だよ!」


ピコも嬉しそうにユカの周囲を飛ぶ。


「やりましたね! 指輪の制御、かなり安定しています。サザン・シティで学んだことが活かされています!」


「えへへ」


ユカは少し照れながら笑った。


老人はユカの手を両手で包み込む。


「ありがとう、嬢ちゃん! 本当にありがとう!」


「いえ、そんな……」


困ったように笑うユカ。


ちゃんと助けられた。


今回は倒れもしなかった。

指輪も制御できた。


少しずつだけど、前に進めている。


そう思った、その直後だった。


老人が勢いよく立ち上がる。


「アベイ!」


「え?」


老人は近くの屋台へ向かって大声を張り上げた。


「聞け! 病気が治ったぞ!」


屋台の中から、一人の青年が顔を出す。


「親父!?」


老人は胸を張った。


「もうわしは元気じゃ! 店はわしがやる!」


「は?」


「おまえは前の仕事に戻れ!」


ユカが固まる。


「……え?」


青年――アベイの顔が引きつった。


「はァ!? 前の仕事なんて、とっくに辞めたよ!」


「なにぃ!?」


「親父が倒れたから店を継いだんだろ!」


奥から女性が飛び出してくる。


「ちょっと待って! また仕事変えるの!? 収入どうするのよ!」


「いや、だから俺だって――」


そこへ、屋台の常連らしい客たちまで口を挟み始める。


「俺たちはアベイの味が好きなんだ!」


「そうだそうだ!」


「今さら親父さんに戻られても困るぞ!」


「なんじゃと!?」


老人がむっとする。


「この店はもともと、わしの店じゃ!」


「でも今はアベイの店だ!」


「そうだ!」


「新しい味の方が好きだ!」


「なんじゃとぉ!?」


さっきまで祝福ムードだった場所が、一気に言い争いの場へ変わっていく。


ユカは右を見て、左を見る。


「え……?」


老人。

息子。

妻。

常連客。


全員が怒っている。


「えええええっ!?」


頭を抱えた。


「なにこれ!? 治したのに、なんで揉めてるの!?」


その横で、ラヴィが落ち着いた声を出す。


「これが“善の副作用”だよ」


「善の副作用!?」


ユカが勢いよく振り返る。


「そんなのアリ!?」


「あるよ」


ラヴィは騒いでいる家族たちを見たまま答えた。


「ここではね――苦しみも“役割”なんだ」


「役割……?」


ユカの眉が寄る。


ラヴィは老人を指さす。


「あの人が病気になったから、息子がお店を継いだ」


次にアベイを見る。


「息子がお店を継いだから、奥さんも生活をそれに合わせた」


さらに常連客たちへ目を向ける。


「お客さんも、新しい味に慣れた」


ユカの表情から、少しずつ笑顔が消えていく。


ラヴィは続ける。


「ひとつの出来事が起きると、それを前提に周りが動き始める」


「……」


「その人が弱っていたから、周りが変わった」


そしてユカを見る。


「でもユカは、その原因だけを消した」


「……原因だけ……」


「うん」


ラヴィは騒ぎ続ける人たちへ目を向ける。


「周りはもう、とっくに別の形になってたのにね」


ユカは何も言えなくなった。


老人を治すことは、絶対にいいことだと思っていた。


苦しんでいるなら助ける。


それで全部、よくなると思っていた。


けれど現実は違った。


助かった人がいる。


同時に、困る人も出た。


ユカはぎゅっと手を握る。



※作者の活動報告に各話の設定や裏話などのコメントを書いています。

https://syosetu.com/userblog/list/


※シリーズ第一弾『フラグメンツ・オブ・トゥルース〜最後の投擲』はこちら。

https://ncode.syosetu.com/n8279mq/


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