第3話④「神さまがいる場所」
夕暮れのサンサーラ川。
空は橙から紫へとゆっくり色を変え、川面は鈍い光を返していた。
その川辺を、ユカはゆっくり歩いている。
少し後ろを、ドローンモードのピコがついていく。
「あれ、なんだろ……?」
ユカが足を止めた。
視線の先。
大勢の人が集まり、その中心で炎が揺れている。
僧侶たちが火を掲げ、低い声で詠唱を続けていた。
鐘の音が幾重にも重なり、楽器が一定のリズムを刻む。
マントラが波のように広がっていく。
祈る人々の声。
揺れる炎。
鐘の響き。
川の流れ。
それぞれ別のものだったはずなのに、次第にひとつの大きなうねりになっていく。
そこだけ、街とは違う世界のようだった。
「……すごい……」
ユカは目を見開いたまま、炎を見つめる。
「川は……正直、きれいとは言えないけど……」
どう表現すればいいのか迷うように、少し首を傾げた。
「でも、ここだけ……全然違う」
燃え上がる炎が、ユカの瞳に映る。
「なんか……ちゃんと“神さまがいる場所”って感じがする」
「そうですね〜」
ピコも珍しく、冗談を挟まなかった。
ユカはそのまま見入っていた。
昼間は、理解できないものばかりだった。
濁った川。
牛。
沐浴。
洗濯。
火葬。
自分の常識から見れば、何もかもが混ざりすぎていた。
けれど今、その同じ場所で人々が祈っている。
音も、光も、人の気配も。
すべてが混ざり合って、この場所にしかない何かを作っていた。
昼間に感じた戸惑いが、少しずつ別の感覚へ変わっていく。
そのとき。
「あれは、プージャーだよ」
背後から声がした。
ユカが振り返る。
そこに立っていたのは、十歳くらいの少年だった。
黒い髪。
日に焼けた肌。
人懐っこそうな大きな目。
少年はにこっと笑った。
「プージャー?」
「うん。尊い存在に、敬意と感謝をささげる儀礼」
「あ、そうなんだ。ありがとう」
ユカは少年と目線を合わせるように、少し身体をかがめた。
「あなたは?」
少年は胸を張る。
「僕、ラヴィ」
「ラヴィかぁ。私はユカ。アストラ・シティから来たの」
ピコもふわりと高度を下げる。
「ユカの相棒のピコです。ラヴィ、よろしくお願いします」
「うん、よろしく!」
ラヴィは元気よく答えた。
それから、ユカの顔をじっと見る。
「……なに?」
「さっき、食堂で見てたよ」
「え?」
ラヴィの口元がにやりと上がる。
「ユカ、カレー食べてたでしょ」
ユカの表情が固まった。
「まさか……」
「リアクションが面白すぎて、着いてきちゃった」
「ええっ!?」
ユカの顔が一気に赤くなる。
「面白いって! こっちは必死だったんだけど!?」
横からピコが淡々と告げる。
「サンサーラで、リアクション芸人として覚醒しましたね」
「してない!」
ラヴィの目が輝く。
「ユカって、お笑い芸人だったんだ」
「違うから!」
「じゃあ、リアクション専門?」
「だから違うってば!」
ラヴィが楽しそうに笑う。
ユカは頬を膨らませたが、すぐに自分もつられて笑った。
その間にも、祈りは続いている。
詠唱の声がさらに大きくなる。
僧侶たちが掲げた炎が高く揺れ、鐘の音が重なる。
空気そのものが震えているようだった。
ユカは再び川へ目を向けた。
「……さっきまでさ」
声が少しだけ落ち着く。
「この街に来てから、びっくりしてばっかりだったんだ」
濁った川面に、炎が映って揺れている。
「なんでこんなことするんだろ、とか。なんでこれが普通なんだろ、とか」
昼間見た光景が、頭の中によみがえる。
それでも今は、少し違って見えた。
「ここ、ちゃんと“意味のある場所”なんだね」
ラヴィは、炎を見つめながらうなずいた。
「うん」
それから、当たり前のことを話すように言う。
「ここは、生きてる人も、死んだ人も、みんなつながってる場所だから」
「生きてる人も……死んだ人も……」
ユカはその言葉を繰り返した。
昼間は、全部がごちゃごちゃに混ざっているように見えた。
けれど、ここにいる人たちにとっては。
きっと、それこそが自然なのだ。
生きること。
死ぬこと。
祈ること。
暮らすこと。
全部を別々に切り離さない。
ユカは、もう一度炎を見る。
今度は、昼間とは少し違う目で。
「……そっか」
小さくつぶやく。
隣でラヴィが笑う。
ピコは何も言わず、その様子を静かに見守っていた。
※作者の活動報告に各話の設定や裏話などのコメントを書いています。
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※シリーズ第一弾『フラグメンツ・オブ・トゥルース〜最後の投擲』はこちら。
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