第3話③「輪廻の街でスパイス地獄!?」
サンサーラ川の衝撃が強すぎた。
ユカはしばらく、魂を半分どこかへ置いてきたような顔で街を歩いていた。
「なんかもう……この街にいるだけで、精神的にやられちゃいそう……」
「ところでユカ、ご飯を食べるのでは?」
「……はっ!」
ユカが勢いよく顔を上げる。
「そうだった! あまりの衝撃に、食欲忘れてた!」
ピコがわずかに目を見開いた。
「ユカが食欲を忘れるとは……相当ですね」
「失礼だなあ」
そう言いながらも、ユカの目にはもう元気が戻っている。
ぴっと人差し指を立てた。
「でも、サンサーラに来たなら本場のカレーでしょ!」
「立ち直りが早いですね」
「バターチキンにナンにラッシー! 楽しみだな〜」
数分前までの価値観崩壊はどこへやら。
ユカは目についた食堂へ一直線に突撃した。
「すみませーん! カレーください! あとナンとラッシーも!」
店の奥から、恰幅のいい店員が顔を出す。
「はいよ」
席に着いたユカを見て、ピコが尋ねる。
「ところで、辛いものは大丈夫なんですか?」
「えっ」
ユカの動きが止まる。
「辛すぎるのは……ちょっと苦手かも」
それを聞いた店員が軽く笑った。
「大丈夫。うちは普通だよ。ぜんぜん辛くない」
「よかったぁ……」
ユカは胸を撫で下ろした。
数分後。
運ばれてきた料理を見て、その安心は跡形もなく消えた。
「……え?」
テーブルの上に並ぶ、大小さまざまな器。
赤。
黄色。
緑。
茶色。
白。
液体、ペースト、煮込み、何かよく分からないもの。
ざっと見ただけでも十種類以上ある。
ユカはしばらく料理を見つめたあと、店員を見た。
「……どれがカレー本体?」
「これはもう……スパイスの宇宙では?」
ピコまで困惑している。
店員は平然と答えた。
「全部だよ」
「全部!?」
さらにユカの視線が横へ動く。
そして固まる。
「ナンでかっ!!」
巨大なナンが、テーブルの大半を占拠していた。
ピコが冷静に計測する。
「テーブル面積のおよそ八割を占有しています」
「これ……折りたたみ式?」
「まだ小さい方だよ」
「小さいの基準どうなってるの!?」
ユカは頭を抱えた。
ふと、卓上の案内が目に入る。
《好みで混ぜて食べてね》
「混ぜるの?」
「そうそう。好きにやって」
「好きにって言われても……」
おそるおそる、いくつかを米の上へ乗せる。
黄色。
赤。
緑。
さらに別のものも加える。
ぐるぐる。
ユカの眉間にしわが寄った。
「なんか……色が未知の茶色になったんだけど……」
「食欲を刺激する色ではありませんね」
「ピコ、それ今言わないで」
そこでユカは周囲を見回した。
近くの客が手で器用に料理を口へ運んでいる。
「あ、そうだ。私も手で食べてみよ」
見よう見まねで挑戦する。
だが。
「待って! 米が逃げる!」
指の隙間からぽろぽろ落ちる。
「カレーも逃げる! 全然まとまらない!」
店員が腕を組みながら言う。
「力じゃない。流れを感じるんだ」
「何かの修行!?」
何度か挑戦し、ようやくそれらしい形になった。
ユカは恐る恐る口へ運ぶ。
「……!!!」
動きが止まった。
目を見開く。
顔が赤くなる。
次に青ざめる。
最後には、なぜか紫がかって見えた。
ピコが首を傾げる。
「どうしました?」
「舌が今……別次元に旅立った……」
数秒後。
「か、辛いぃぃぃっ!! し、死ぬぅぅぅっ!!」
ユカが椅子の上で悶絶する。
「ユカ、ラッシーです! 早く!」
「それぇぇぇっ!!」
グラスをつかみ、一気に飲む。
ごくごくごく。
そして。
「……生き返った」
ユカの顔に光が戻る。
「回復速度が異常です。もはやポーションかエリクサーですね」
ユカはラッシーのグラスを両手で抱えた。
「ラッシー……あなた神か……!」
その後。
食べる。
「辛っ!!」
ラッシー。
「生き返るぅ……」
また食べる。
「辛ぁぁぁっ!!」
ラッシー。
「ただいま現世……」
それを何度も繰り返していく。
ところが不思議なことに、食べ進めるほどユカの手は止まらなくなった。
「え、今ココナッツ来た!」
次の一口。
「今度トマト!?」
さらにもう一口。
「んっ!? 最後なんか酸っぱい! でも……うまっ!」
食べるたびに味が変わる。
辛い。
甘い。
酸っぱい。
香ばしい。
それぞれはまったく違うのに、混ざると妙に成立している。
ユカは夢中になって食べながら首をかしげた。
「なんでこんなバラバラなのに、まとまってるの!?」
店員が深くうなずく。
「それが人生だ」
「これって哲学!?」
ピコも料理を見つめる。
「もはやカレーが“料理”ではなく“思想”になっていますね」
やがて。
大量に並んでいた皿が、きれいに空になった。
ユカは椅子の背もたれに身体を預ける。
「……なんか今日、強くなった気がする」
「ええ」
ピコが真顔でうなずいた。
「ユカが“悟り”に一歩近づいたように見えます」
満腹になったユカは、幸せそうに目を細める。
その背後へ、窓から差し込んだ光がちょうど重なった。
ピコには一瞬だけ、ユカが後光を背負っているように見えた。
「……悟っていますね」
「ん? 何が?」
「いえ、何でもありません」
ユカは何も知らないまま、満足そうにお腹をさすった。
※作者の活動報告に各話の設定や裏話などのコメントを書いています。
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※シリーズ第一弾『フラグメンツ・オブ・トゥルース〜最後の投擲』はこちら。
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