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第3話①「空中の車窓から」

サザン・シティ駅。


ユカとピコはここから空中列車で、セラフィム・シティを目指す。


ガラスと金属で構成された多層構造の駅舎は、上へ行くほど細くなり、最後はそのまま空へ溶けていくように設計されていた。


「空中列車に乗るの、小さい頃にセラ博士と旅行に行って以来だから楽しみ♪」


ユカが弾んだ声を上げる。


「あの時は温泉でしたね」


「うん、楽しかったよね」


「湯船で突然泳ぎ出しましたよね。覚えたてのバタフライをやりたいと」


「うっ……」


ユカの顔が固まる。


「その後、旅館の方に――」


「やめてやめてやめて!!」


ユカは両手で顔を覆い、激しく首を振った。


「黒歴史は封印済みだから……」


「記録データには残っていますが」


「消して!」


「拒否します」


「なんで!?」


ピコは答えず、そのまま前を向いた。


ユカは深く息を吐いてから、広いコンコースの先へ目を向ける。


高い天井の向こうに、空が見えた。

その中を、細い光の帯がいくつも走っている。


「……あれが、空中列車の線路?」


「正確には線路ではありません。正式名称はHLC航路です」


「HLC?」


「High Level Connector。都市間空域輸送網です」


「……急に難しくなってきた」


ピコはユカにも分かるよう、言い換える。


「簡単に言うと、“空を道路として使う仕組み”です」


「空を道路にすなっ!」


「現在は標準インフラです」


ユカはもう一度、空を見上げた。


雲の上を走る光の帯。

直線でもなければ、何かに支えられているわけでもない。


空そのものが、いくつもの層に区切られているように見える。


「なんかそれ、すごいっていうか……感覚が追いつかないんだけど」


「地上は土地が足りず、災害の影響も受けます。通常空域はコストと天候の問題があります。地下は掘るのに限界があります」


「全部詰んでるじゃん」


「だから、空の“使い方”を変えました」


「使い方?」


「高度ごとに区切り、専用の通り道を作ったんです」


「……ほんとに空が道路になってるんだ」


「はい。しかもレールはありません」


「え?」


「見えないトンネルのような空間を走っています。風も音も、ほとんど外へ漏れません」


ユカは少し引きつった笑いを浮かべる。


「ひゃー……やっぱりバグってるよ、それ」


「では、そのバグを体験しましょう」


そのとき、駅舎上部のガラスがわずかに色を変えた。


空の一部だけ、質感が変わる。


歪んだわけでもない。

消えたわけでもない。


ただ、そこだけ世界の“密度”が変わったように見えた。


そして――


音もなく、列車が現れた。


白い流線形の車体。

窓は光の膜のように揺らぎ、内と外の境界を曖昧にしている。


「……今、突然出てきたよね?」


「予定通りです」


「予定通りでそれなの!?」


扉が開く。


風はない。

駆動音もない。


ただ、何もなかった空間に入口だけが生まれたようだった。


ユカとピコは車内へ乗り込む。


発車したはずなのに、揺れない。

加速している感覚もない。


それなのに、窓の外の景色だけが滑るように変わっていく。


「……これ、本当に動いてる?」


「大丈夫です。かなりの速度で動いています」


「変な感じ……落ち着くのに、現実感ない」


窓の外を、別の列車がすれ違った。


音も衝撃もない。

二本の光が重なり、すぐに離れていく。


ユカは窓に顔を近づけた。


いくつもの航路が、空の中を静かに流れている。


速さも距離も感じさせないまま、それらはただそこに存在していた。


まるで昔から、空とはこういうものだったかのように。


「これなら、あっという間にセラフィム・シティに着きそうだね」


「到着までは約二時間です」


「二時間かぁ……」


ユカはしばらく窓の外を眺めていた。


やがて、ふと思い出したように口を開く。


「あー、サザン・シティ駅で駅弁買っておけばよかったなあ」


ピコがユカを見る。


「朝食で大きなパンを三つも食べていましたよね?」


「あはは。もうお腹空いてきちゃった」


ピコの視線が、ユカのお腹へ向かう。


(この子の燃費、どうなっているのでしょうか……)


そのときだった。


『車両を急停止します。ご注意ください』


「え?」


ユカが顔を上げる。


次の瞬間。


ガンッ――!!


車体が大きく揺れた。


「きゃっ!?」


ユカの身体が座席から浮きかける。


続けて、鈍い衝撃。


これまで一度も存在しなかった“揺れ”が、車内を大きく震わせた。


「ちょっと待って、これ――」


ピコの表情から、いつもの余裕が消える。


「……どうしたのでしょう?」


完全に制御されていたはずの空間に、初めて明確な“乱れ”が生まれていた。


窓の外を走っていた光の帯が、わずかに明滅する。


そして、車内アナウンスが流れた。


『HLC航路に重大な不具合が発生しました。安全確保のため、最寄りのサンサーラ・シティ駅に緊急停車します』


ユカとピコは顔を見合わせる。


「ええっ!?」



※作者の活動報告に各話の設定や裏話などのコメントを書いています。

https://syosetu.com/userblog/list/


※シリーズ第一弾『フラグメンツ・オブ・トゥルース〜最後の投擲』はこちら。

https://ncode.syosetu.com/n8279mq/


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