第22話④「ムシュクヤイ」
その頃――
長老アマルの屋敷。
執務室では、
アマルが大量の書類データを前に
端末を操作していた。
珍しく、すこぶるご機嫌だった。
「いやぁ〜……」
コーヒーを一口。
静かな室内を見回し、
しみじみと呟く。
「チカがおらんだけで、
なんでこんな静かなんや……」
次々と書類を処理していく。
「仕事、めっちゃはかどるやんけ」
確認。
承認。
送信。
驚くほど順調だ。
ついには鼻歌まで歌い始めた。
「毎日遺跡行っといてくれへんかな……」
そのとき。
バァン!!
執務室の扉が、
勢いよく開いた。
「ちょ、長老ォ!!」
「うおっ!?」
アマルが椅子から飛び上がる。
「なんや!?
隕石でも落ちてきたんか!?」
駆け込んできた事務員は、
息を切らしながら叫んだ。
「サーバー室で異常発生です!!」
「……は?」
「ユヤイ・ルミが暴走してます!!」
「なんやてぇぇぇ!?」
さっきまでの余裕は、
一瞬で吹き飛んだ。
アマルは椅子を蹴る勢いで立ち上がり、
事務員とともに廊下を駆け出した。
***
サーバー室。
扉を開けた瞬間――
バチバチバチッ!!
激しい火花が飛び散った。
壁一面に並ぶユヤイ・ルミが、
真っ赤に発熱している。
空中に展開されたホログラム画面は、
意味不明な文字列を吐き出しながら
狂ったように明滅していた。
「な、なんやこれ……!」
アマルの顔から血の気が引く。
「さっきまで正常やったんです!
それが急に暴走し始めて……!」
「“急に”で済ますな!!」
「す、すんません!!」
アマルは異常値の並ぶ画面を睨む。
「とにかく全部シャットダウンや!
他の系統まで巻き込まれる前に止めろ!」
「はい!」
職員たちが一斉に動き始める。
そのとき。
バァン!!
また扉が開いた。
「おっちゃん!!」
イルヤが、
息を切らして飛び込んできた。
「今度はなんや!?」
「ティンクイ・マルキの様子がおかしい!!」
アマルの動きが止まる。
「……は?」
イルヤは額の汗を拭う余裕もなく叫んだ。
「黒い煙みたいなんが
噴き出しとるんや!!」
「なんやてぇぇぇ!?」
***
二人は屋敷を飛び出し、
ティンクイ・マルキの広場へ走った。
すでに大勢の住民が集まっている。
「なんやあれ……!」
「近づいたらあかん!」
「呪いや……!」
ざわめく人々の中心。
巨大なティンクイ・マルキから、
黒いものが噴き出していた。
煙とは違う。
液体とも違う。
ドロドロと蠢く、
黒い瘴気。
ゴォォォォ……。
地面の底から響くような、
不気味な音。
「……っ!」
アマルが息を呑む。
隣でイルヤが呟いた。
「……やっぱりや」
アマルが振り向く。
「イルヤ。
なんか知っとるんか?」
イルヤの表情が曇った。
「昨日……」
拳を強く握る。
「完成したカマイ・スンクが、
急に変な光出して暴れよったんや」
「なんやて……?」
「黒いノイズみたいなんも出とった」
イルヤは歯を食いしばる。
「気味悪かったけど、
すぐ収まったから……」
視線を落とす。
「様子見してもうた」
「……」
「もっと早う言うべきやった……!」
アマルの顔色が変わった。
ユヤイ・ルミ。
ティンクイ・マルキ。
カマイ・スンク。
パチャママを支える
三つの中枢技術。
それらが、
同時に異常を起こしている。
偶然で済むはずがない。
アマルの脳裏に、
ひとつの言葉が浮かんだ。
「……まさか」
唇を強く噛む。
「《ムシュクヤイ》が、
始まったんか……!」
イルヤの顔が青ざめた。
「……っ!」
「そんな……!」
その言葉の意味を、
イルヤは知っていた。
そして次の瞬間。
「チカ……!!」
顔つきが変わった。
アマルも気づく。
「……!」
「チカら、
今、遺跡におるんやろ!?」
「せや!」
アマルが叫ぶ。
「すぐ向かうぞ!!」
だが――
言い終わったときには、
イルヤはもう走り出していた。
「はっや……!」
迷いなど、
どこにもない。
全力で。
ただひたすら、
チカのいる遺跡へ。
「待てやイルヤ!!」
アマルも慌てて追いかける。
「ワシを置いていくなぁぁぁ!!」
二人の姿が、
山道の向こうへ消えていく。
その背後では――
ティンクイ・マルキから噴き出す黒い瘴気が、
さらに大きく膨れ上がっていた。
昨日までと変わらなかった
パチャママの平和な日常が。
今――
音を立てて、
崩れ始めていた。
※作者の活動報告に各話の設定や裏話などのコメントを書いています。
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※シリーズ第一弾『フラグメンツ・オブ・トゥルース〜最後の投擲』はこちら。
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